10周年のSPコンテンツ!
4
橡の花 @totinohana
流石だなぁ、『坂道のアポロン』。坂道(傾き)をつくる光と影、ふたつが拮抗するノクターン、割れんばかりにその領域の半々をかき乱すドラム(音は中立する)、下り坂に接がれる太陽(アポロ)までの、狭む影がつくる坂道。/演出が出合小都美さん!!『ましろ色』で担当回がないと思ったらココか。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』第3話を視聴。今回のモチーフ「いつか王子様が」は元々1937年のディズニー映画『白雪姫』の主題歌として制作されたものだが、しかし、この挿話の中心的イメージは「ステップ(踊り場)」であるように思われる。今は傾斜する森深いところで踏まれる、ステップ(鍵盤)。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』4話、「バットノットフォーミー(でも僕のためじゃない)」を視聴。アバン、薫と律子の間に挟まる告白の「出来事性」が引く、「打音(弾く音)」のモチーフが薫と千太郎の近衡(並存)的な調性であるのに対し、ムーディーな淳一の音楽が導線のように関係を“引く”。
橡の花 @totinohana
くそぅ、もう少し音楽用語や理論をおさえていればもっとマシなのを 書けたものを…。『坂道のアポロン』放送期間だけでも。良い機会だから『音楽の科学』を積読から崩すか。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』第5話。ちょうど格子状に枝を編み上げて皿を作る鳥の巣のように、失敗した関係を取り次ごうとするムーヴマン(左廻り)と、どうしても沸きあがる正直な感情のムーヴマン(右)が外延へ組みあがる―その中心(底)には、「とても言葉にならない」ものがあるだろう(表題作参照)。
橡の花 @totinohana
松尾衝×出合小都美、これほどのものか…。今までの総ざらえじゃないか(敬称略失礼)>アポロン7話に打ちのめされる
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』第7話を視聴。即興の真髄を知ることができるといわれるチャーリー・パーカーの表題作になぞらえるなら―本話の“リック(フレーズ)”は1話のラストショット、千太郎の影と薫が走り出す坂道の下降線の(ふたつの坂の蝶番のような)「継ぎ目」のモチーフであるだろう。(続
橡の花 @totinohana
続)あの場面の振り向き様とは対照的なものを見ることになる千、見上げることになる薫。1話の冒頭が繰り返されるが、光と影は傾斜して、もはや彼を床へ転げ落ちさせるようには機能しない。ぼうっと教室に浮かぶ薫はすでに別の頂に、自信を得、“もうひとつの坂道の先”にいるのである。(続
橡の花 @totinohana
続)受付の場面、まるで平坦なふたりの間には歩をすすませるもの(傾斜的なもの)は何もない。新しい学校で不安だった薫の遠くで恩寵のように響いた千のドラムスティックは別の頂で“足踏んでいた”。そして文化祭、展開の符丁はふたつである。ひとつは照明とザ・オリンパスの位置関係。(続
橡の花 @totinohana
続)舞台下手先の照明からドラム以外の演奏者は上手奥へ向かう軸線上にある。これを1話ラストショットの「千の坂道」と仮定する。底部で分断された坂道の一極である。これがカーテン越しの場面で千(坂道)-カーテン(継ぎ目)-薫(の坂道)へと変奏される。そして照明の場所に薫が入れ代わる。(続
橡の花 @totinohana
続)照明-エレキがピアノ-即興に。そこは新しい継ぎ目-坂道の底部である。舞台上の千太郎-舞台下の薫(は絆であるジャズを象徴する)-流れるように集まる生徒たちは1話の下り坂を走ったあの日の薫であり、三者の位置関係が1話ラストショットの図像を反復する。そして右手に継ぎ目が顕わとなる。
橡の花 @totinohana
演奏の最後には鍵盤上をはしる薫の右手が華麗に、あの日の千(の疾走)を代演する。
橡の花 @totinohana
やっぱり概念図を提示しないと駄目だなこりゃ…。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』9話。灯台は、その回転灯の円弧に照らされた者から“見つめ返される”ものだ。軌道の同心円の層毎に誰かがいる。淳一の円は有田、室井と内/下(影)へ絞られ百合子を見つけ、千の円はついに彼女を経て、輪の外に律子を発見する。気付けば“こんな馬鹿なことが”、あるのである。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』9話。昇降口で百合子に背を向ける淳一が、向かいのドアの窓に映る彼女の涙に反応する瞬間には二つの中心がある。糸球のように巻かれた過去の堆積層と編み物のような夢想の影像の間には、「愛してくれないなら」なんて声はおき去った、ウールを縒った青い線路が架けられている。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』第10話を視聴。今回の表題作には「くちづけの翼ひとつひとつに」という歌詞があるのだが、それを「(ひとりひとりの)片翼」と換えると構図モチーフが見えるかと思う。百合香の残した絵の前に佇む千太郎のもとに螺旋を描いて下降する、守護天使のような薫の大きな「片翼」(続
橡の花 @totinohana
続)きっと弱りきった千の翼を補おうとして絵と彼の間に―小さな翼の小円の外側に―降り立つ薫―“に被さるようようにして”、千は薫を制する。そこからは一気に屋上まで、彼が外縁の大きな「片翼」になって上昇する。もともと彼らが導いてくれたのだった。「心素直な気持ちに身を任せる」場所に。
橡の花 @totinohana
『坂道のアポロン』第11話を視聴。千が“ひとりきりで行こうとする”(坂)道は、例えばあの病院の屋上のように“左(下)手”に切立った崖を望んでいる(同時にそこは“天使”以外手をとるもののない今生の頂である)。アバンからそちらへと傾いてゆく彼の前に柵のように手を廻らす薫と律子。(続
橡の花 @totinohana
続)例えばカメラフレームの“こちら側”を奈落とするなら、千が彼らの世界から“さ迷い出さずにすむ場所”を守ろうとして、滑落しないよう二人は左手からつないでゆく(横の構図を参照)。私たちが第四の壁と呼んでいる、その世界(帯)の箍といえるものが気を緩めれば解けてしまうかのように。(続
橡の花 @totinohana
続)題名曲「レフトアローン」にはこんな歌詞がある。ひとり残される彼女へ―「“探したらいいじゃない”、と誰もがいう」と。そしてこう続く―「でも、そんな方法はなかった」。彼らのついできた円弧が途切れ、千を不幸が襲った。病院で彼を探す薫には螺旋階段のイメージという“方法”があった。(続
橡の花 @totinohana
続)彼を屋上まで運ぶ作品世界内存在としての階段は、同時に私たちの視線の収束面である第4の壁を外壁にして成り立ってもいる。骨組みだけの階段を想像されるとよいだろう。カットごとに薫を(左面から)追う私たちの視線が、彼を階段から“落とさない”のだ。私たちはあの左手たちと共犯する。(続
橡の花 @totinohana
続)それはお互いに―薫と私たちには―無意識のこと、そうしたエモーションを与える(作品)世界への信頼である。当然といってもよいはずの―それが、千には、坂の頂の寄る“辺”なきアポロンにはないのだと気付かせる、下手に広がる世界の切れ目。そこでさし伸ばされた彼の“左手”をとるものを、(続
橡の花 @totinohana
続)「天使」といわずして何というだろうか?しかし彼をして留めることが出来ずに、螺旋の坂道はまだ天上へ続いていると告げる(そこはまだ踊り場のひとつだ)、アバンで放たれた翼である。>坂道のアポロン11話
橡の花 @totinohana
【TVアニメ挿話単位ベスト・2012春期】 ①『坂道のアポロン』より、第7話「ナウズ・ザ・タイム」(脚本:加藤綾子/絵コンテ:松尾衝/演出:出合小都美)/次点は、(字数を食うため話数のみ)第2話、4話、10話、11話。
残りを読む(2)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする