【現代アート】 カオスラウンジとはなんだったのか? 

未だに解決の目処が立たないこの騒動ですが、騒動を追い続けてきた方々が語る貴重な御意見を纏めさせて頂きました。 前回作った纏め http://togetter.com/li/416030 と重複するツイートがありますがご了承ください。
アート 梅沢和木 藤城嘘 黒瀬陽平 梅ラボ カオスラウンジ
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Q:カオスラウンジとはなんだったのか A:割と何者にもなれなかったモノ
紅蓮の猫さんと大村k.nの語るカオス*ラウンジ
紅蓮の猫 @lotusredcat
それこそカオスラウンジが、インターネット上のミームの一つでしか無かったら、きっとおもしろさがあったはずなんだよ 
紅蓮の猫 @lotusredcat
そこにある主体や意識が明確に存在していなければ、問題や歪みが、それ自体社会の遺物として顕在化することなく存在し続けることができたとするなら、それはまさにネットというものの再現だっただろうと思ってる
紅蓮の猫 @lotusredcat
以前無断転載に対する批評で、「虚構性」というのを中心に語ったのも、その辺に由来する認識
紅蓮の猫 @lotusredcat
カオスラウンジの言葉を借りるなら「システムの冷酷さ」というのがつまるところ、本来ローカルだったはずの存在が、ネット上ではローカルでいられず、かつそれがどのような形であれ、パブリックであることで傷つけられていくことなのだとすれば、カオスラウンジ自体がその体現だったとも言える。
大村k.n @ohmura_keru
まるでネットに自生するミームであるかのように装うことには必死で、そこもまた作家性を揮発するというカオスラウンジ宣言(黒瀬陽平)とも矛盾していた。結果、詰まらないまがい物の塊にしかならなかった
大村k.n @ohmura_keru
失敗作として、反面教師未満の体現として、有るはずだったものという夢想をかき立てる存在としてであるのならば
tgt @doniakatu
@ohmura_keru ですよね。ネットのミームやシステムとは無関係で、ただネットの画像をパクるだけになりましたしね。
大村k.n @ohmura_keru
@doniakatu 彼らが再現を欲望したものは結局高望みでしかなく、必要な計画を立てずに潰えている。しなくてもいいや、というままにアート界、東浩紀、その他いろいろと相互に利用しあっている構図を見てるだけで閉塞感()を覚えます
紅蓮の猫 @lotusredcat
パブリックであるということが、明確な主体や意識付けを行うのだとすれば、ローカルな存在はまさしくカオスの中にしか存在できない―そこにはアート性が宿ると考えられるのではないか?
紅蓮の猫 @lotusredcat
カオスラウンジ―特に梅ラボさんはそのアート性を再現したかったに違いないと思ってる。
紅蓮の猫 @lotusredcat
その意味で、カオスラウンジが、ローカル上に実在する作品を使ってしまったのは、悪手と言わざるを得ない。何故なら、そういったネットミームや、前述のローカル/パブリックの区分けによる意味性の変化の、もしその再現を行うのであれば、行為主体は存在してはいけなかったからだ。
紅蓮の猫 @lotusredcat
行為主体がより広域の、例えばネットという総体でしかないからこそ成立するものであるならば、明確な主体を現わした時点で、その再現は崩壊していたように思う。
大村k.n @ohmura_keru
@lotusredcat ごく普通に考えればそうなんですよね。幾度もカオスラウンジに対して指摘されたカオスラウンジ宣言との矛盾箇所でもあります。かの宣言でその問題を認識しているフリをし過去の時代を否定し新しい価値を偽装し空手形を乱発し、それが今も「歪み」に効く湿布のような扱いです
紅蓮の猫 @lotusredcat
@ohmura_keru 一番の問題は、カオスラウンジ自体が、理論武装出来てるとしていながらも、それが出来てない点ですね。もし理論武装出来ないなら出来ないで、無理やりにでも是とされるだけの勢いが無いといけません。
大村k.n @ohmura_keru
@lotusredcat まったくもってその通りだと思います。彼らに欠けていたものはむしろ批判していた側が正確に認識してきたと思います。今は見かけることも稀な擁護派の方々はカオスラウンジ(旧)の有用になりうる部分、使い物にならない部分を全く仕分けられぬまま批判批判に終始してました
大村k.n @ohmura_keru
@lotusredcat 閉塞感ってこう醸成されるのだなとリアルタイムで観察できたことは有用な体験でした。
大村k.n @ohmura_keru
クラウディな閉塞状況をここぞとばかりに利用する村上隆さんでしたね
紅蓮の猫 @lotusredcat
@ohmura_keru そうですね。カオスラウンジ自体の評価は一般的には最低でしょうけど、カオスラウンジによってもたらされた、認識というか、確認とでも言うべきものは価値があったと言えるかもしれません。でもそれすら新しく突然出てきた概念ではないですけどね。
紅蓮の猫 @lotusredcat
アートはズレ って評してる人はよく目にするけど、それでいくなら、カオスラウンジのやった再現は確かにアートってことになっちゃうんだよね。
紅蓮の猫 @lotusredcat
仮に、その再現が完璧だった時に、何らかの、例えばここまでの大きな影響を与えられたか?という点については疑念を持たざるを得ない。
大村k.n @ohmura_keru
@lotusredcat ごく普通の認識を再認識する程度のものですね。攻め手のほうにはライブで珍しいものが有ったとは思いますがそれすら別に「新しい」ものではなく、ただ表に出てきてしまっただけでしたしね
紅蓮の猫 @lotusredcat
@ohmura_keru 広義的にとらえるなら、システムの冷酷さの表出といえるでしょうね。単なるミクロ的再現のつもりだった作品が、実は作家をも巻き込んだ、ネット独特の雰囲気の再現だった、とか。
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