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日伊メンタルヘルスセミナー「なぜ我々は精神病院を捨てたのか」

〜バザーリアの愛弟子トッマーゾ・ロザーヴィオ氏からの熱いメッセージ!〜 12月4日に行われた講演会のまとめです。 こちらも参考にイベントレポをブログ記事にしました: http://kosmoceras.com/blog/event-why-we-discard-mental-hospital/
講演会 メンタルヘルス
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Ken Udagawa @wittgenein
http://t.co/5UzV5Yo2 日伊メンタルヘルスセミナー『なぜ我々は精神病院を捨てたのか〜バザーリアの愛弟子トッマーゾ・ロザーヴィオ氏からの熱いメッセージ!〜』 12月4日(火)18:00〜21:00 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール (東京都葛飾区)
SKishi @mkp4xb7
日伊メンタルヘルスセミナー『なぜ我々は精神病院を捨てたのか』の会場内なう。 一番前の席に陣取ったけれど、いいのかな? 「関係者席」と貼り紙がしていないから多分いいのだろう。
アスカ@マージナルウーマン @AsukaQuiet
葛飾区文化会館、光のツリーが素敵です。 http://t.co/XaJhME20
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SKishi @mkp4xb7
日伊メンタルヘルスセミナー『なぜ我々は精神病院を捨てたのか』会場内なう。 椅子に机が付いていないからノートを取るのが大変そうだ。
SKishi @mkp4xb7
日伊メンタルヘルスセミナーが始まった。 会場は広いが、それほど人は入っていない。
竹端寛 @takebata
トッマーゾ・ロザーヴィオさんの講演、なう。大熊さんの本に描かれたジュゼッピーナさんの逸話から始まる。重度の『施設病』状態におかれた彼女が、薬を使うことなく、情動を持つ人間性をどう取り戻していったのか。どうそれを支えてきたか。 http://t.co/GWiLdUtI
竹端寛 @takebata
続 当時、手の付けられない患者を『雌ライオン』と看護師は呼んでいた。食べ物も手掴みだった。だが、地域に出て、隔離拘束もない暮らしの中で、レストランでナイフとフォークを使って食事をしている彼女がいた。最も重度とラベルを張られた彼女を地域に戻すのが最大の目標だった。
竹端寛 @takebata
続2 精神病は、精神病院の中では隠蔽されていた。地域に戻ることで、精神病の問題は、地域の問題として理解されるようになった。『私たちは精神病院をなくして勝利したいのではない。人々を納得させたいのだ』とバザーリアはよく言っていた。革新的実践は文化や政治、社会的文脈とも繋がっている。
竹端寛 @takebata
続3 精神病院での長期入院は、治療ではなく症状を悪化させ、新たな病いを併発させる。緊張にいたる自閉、無為自閉、情動性など、クレペリンは早発性痴呆と言っていたが、実は施設神経症だった。治療の場を変え、支援の方法論を変えることで、『症状』は治まっていった。
竹端寛 @takebata
続4 精神病は、その人の置かれた社会的状況、人間関係、病気に至る時間的・歴史的文脈とも強く結びついている。だが、そのような社会関係的な問題を、全て個人の『病状』に矮小化して捉える傾向を持つ医師もいる。また、精神病院の投資コストを維持する為に、支援でなく監視をする悪循環もある。
竹端寛 @takebata
続5 イタリア1978年の改革の要点。1点目は精神病院の閉鎖、および10万人の入院患者の地域移行。これは大変だった。1999年に最後の患者が退院した。法の完全履行に20年かかった。2点目は、強制治療の厳格化。
竹端寛 @takebata
続6 治療の自由は憲法で保障されている。なので、強制治療は例外的。二人の医師の診断書に基づき、市長が7日間の強制治療を命令できる。継続の際は、後見判事が延長手続きを判断する。3点目は、総合病院で15床以内での治療の原則。4点目は精神保健局を地域ごとにつくること。
竹端寛 @takebata
続7 1978年、180号法を独立して通す。自傷他害の恐れの強制入院がなくなった。治安維持の責務を医療から取り払った。この法改正をしたのちに、833号法という医療法の中に吸収された。また、イタリアを154区画に区割りして、平等な地域精神医療をした事が、脱施設化を進めた。
竹端寛 @takebata
続8 精神病院の閉鎖は、単なる脱病院ではない。長期入院患者を他の場所に移す、だけではダメだ。なぜか? 新たな場でも、施設的なやり方・支配・薬漬け、が再発する可能性が常にある。病院という場を亡くすだけでなく、施設的な支援を脱する必要がある。患者と医療者に染み付いた文化の解体だ。
竹端寛 @takebata
続9 診断体系、病状の判断、治療方法など、全てのやり方を再検討した。バザーリアは『否定された施設』の中で、精神病院だけでなく、精神医学の科学と制度を否定した。これは反・精神医学ではない。入れ物は否定したが、病で苦しむ人の苦しみは否定してはいない。
竹端寛 @takebata
続10 バザーリアは病気にカッコで括り、今までの人生の中での苦しみなどを表出させ、病から距離を置いた。病院という施設的なものと距離を取ることで、病との新たな関わり方を模索した。反・精神医学の考え方と違い、病もケアも否定しない。ここは大切な違い。
竹端寛 @takebata
続12 地域での支援ネットワーク作りは必要不可欠。多職種チームで一つの圏域を支える精神保健センターは無料でアクセス可能。15万人口で一つあり、最低12時間オープン。ここは外来だけでなく、プログラムや緊急対応もし、在宅支援の要にもなる。早期発見や社会的排除と闘う拠点でもある。
竹端寛 @takebata
続13 総合病院の精神科は長くても10〜15日の入院。また、病院の変わりに治療共同体的な性質を持つ居住施設も役立っている。最初に話したジョゼッピーナも、そのような治療共同体に住んでいた。看護や介護の専門職が生活を支え、インターネットラジオや新聞を読むプログラムもある。
竹端寛 @takebata
続14 社会的協同組合は連帯して労働する組織。精神病の人だけでなく、他障害の人も一緒に働く。税制優遇や自治体の優先発注も受けている。ケータリング、荷物運搬、清掃など。これは、デイセンターの活動と密接に結びついている。
竹端寛 @takebata
続15 精神病院の閉鎖には、国と地方の政策が噛み合い、具体的な変革が求められる。ケアの焦点を病院か地域へ移し、精神保健センターを増やし、ケアの新たな文化を作る必要がある。cure からcareへ。症状だけでなく、個人が持った病に向き合うという変化。
竹端寛 @takebata
続16 病いを個人の人生、家族、友人、人間関係、社会関係の中に位置づけること。精神医学的介入から、精神の健康に向けた支援へ。治療や改良の枠組みから抜け、不調を訴える本人や家族と向き合う。貴重な資源としての家族という視点。本来持つ希望や力をもたらす支援の大切さ。
竹端寛 @takebata
続17 師匠の解説。張子の青い馬マルコは、トリエステの解放の象徴。入院者達が貧しい格好をして、病院を出て、何百人も街を出歩いた。私たちも街で暮らしたい、というメッセージを込めて。あと、病気をカッコで括る、というのは本人の苦悩に焦点を当て、支援をしようという支援の核心。
竹端寛 @takebata
続18 バザーリアは常に『クソで手を汚せ』と言っていた。誰もが見捨てた患者と向き合う必要がある。肥溜めと言われ、蔑まれた場所に光を当て、一番難しいことに挑み続けることをバザーリアは求めた。『ダイヤモンドから何も産まれないが、糞からは花は産まれる』と。
竹端寛 @takebata
続19 そこにいる人がクソだというのではない。肥溜めのような酷い病棟・施設病に置かれた人への支援こそ、根本的に必要不可欠だ、と。(バザーリアの表現はいつも過激だったようです)
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