発達障害のあるフォロワーさんが「障害を受け入れるってなんだ」って考えてくれたよ!その2

発達障害のあるフォロワーさんが「障害を受け入れるってなんだ」って考えてくれたよ! http://togetter.com/li/429677 の続きです。あえて強調なし。 続きを読む
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※発達障害といってもオーダーメイドの障害と言われる程に色々違いがあるわけでして、誰もがこのような経験を通るわけでも、また、彼女の感覚が誰にでもあるわけではないことにご留意いただければ幸いです。

クスノキ @chai_lama

昨晩の連ツイへの反応を見てて思ったのだけど、自己受容・自己肯定ができるかどうか・しやすいかどうかって、やっぱり育った環境に左右されるよね。つまり、ニアリーイコール、保護者の態度に左右される。

2012-12-28 21:26:39
クスノキ @chai_lama

保護者から「無理しなくていい」「60点ぐらいでいい」「好きなようにすればいい」って言われて育った人と、「限界まで努力しろ」「そんなんじゃ将来路頭に迷うぞ」「お前なら100点がとれるだろう」「負けるな」と言われて育った人だと、何かが「できなかった」ときの精神的反応が違うよね。

2012-12-28 21:31:07
クスノキ @chai_lama

私はむろん後者だったのね。特に父親がこういう、「なんでも闘い」みたいな思考をする人だった。「勝つ」ことで世界への恨みを晴らそうとするタイプというか。今でいえば某ハシ◯トさんにそっくりなキャラクター。

2012-12-28 21:32:52
クスノキ @chai_lama

私は、1.父が「ありのままの私」を許してくれる人じゃなかった 2.私は(当初誰も知らなかったが)発達障害児であった ということによって、自己受容にとてもとてもとても時間がかかった。

2012-12-28 21:34:19
クスノキ @chai_lama

2の中身はいくつかの要素に分かれるので、それを分析していきたいと思う。 a. 障害特性上、勉強ができすぎた→神童扱いされた→父の期待を煽りすぎた b. 障害特性上、素直すぎた→父の言葉を鵜呑みにしすぎた c. 障害特性上、「育て辛い」子だった→否定的な反応を受けることが多かった

2012-12-28 21:40:03
クスノキ @chai_lama

そして、 d. 25年ぐらい前当時、これらの背景を知るものは家族の中で誰一人としていなかった。

2012-12-28 21:40:52
クスノキ @chai_lama

私の両親は、この子はなんなんだろう? どうして勉強しかできないんだろう? トップレベルの有名私大まで出たのにどうしてこんなに世間知らずで人との関わり方を知らないんだろう? われわれの教育が悪かったんだろうか? それともそれを解さないこの子が悪いんだろうか? と困り続けた。

2012-12-28 21:42:58
クスノキ @chai_lama

私は、私はなんなんだろう? 私は誰よりも「頭がよく」て、お父様の言うとおり血尿血便まで出して勉強して、今まで何もかも真面目に誠実にやってきたのに、どうしてどんな仕事も続かないんだろう? お父様の言うとおり、私の努力が足りないんだろうか? 私は騙されたんだろうか? と困り続けた。

2012-12-28 21:45:15
クスノキ @chai_lama

時代と組み合わせの不幸だったと思う。発達障害児は保護者にとっては「育てづらい」。定形児よりも叱らなければいけない場面は多くなるし、それが虐待に発展することもあるだろう。いずれにしろ発達障害児本人は本人で、「私はどうしてこんなに怒られるんだろう、私が悪いんだろうか」と困っている。

2012-12-28 21:48:15
クスノキ @chai_lama

本人はその困り感のただ中で、さらにその特性上、周囲の人間の言葉を字面通りに受け取りがちなので、マイナスの言葉を投げかけられればそれを簡単に信じこんで内面化してしまう。「私は世間知らずでわがままなんだ」「優しさのかけらもない冷酷な人間なんだ」「頭の良さを鼻にかけたいやなやつなんだ」

2012-12-28 21:49:51
クスノキ @chai_lama

ともかく切実に思うのは、私が子どもだった当時に、現在と同じ程度に発達障害の概念が普及していれば良かったのに、ということ。

2012-12-28 21:53:08
クスノキ @chai_lama

私は、自分が望みもしないのに勉強ばかりできて、知識的なことばかり頭にどんどん入ってきて、そのシャットアウトの方法がわからなくて、人間関係は不得手で、そのことについて毎度毎度毎度毎度、「常識」という私にはよくわからないものによって弾劾される、そういう少女時代を過ごした。

2012-12-28 21:54:25
クスノキ @chai_lama

「私は好きで勉強ができるわけではない」、何度、そう叫びたかったことか。これは私の切実な叫びだった。でも、当時はだれ一人として真面目にとりあってもらえなかった。嫌味だととられるのが関の山だった。嫉妬もあったのだと思う。でも、私は好きで勉強ができたのではないのだ。本当に。

2012-12-28 21:55:56
クスノキ @chai_lama

そんなに欲しいんだったらこの勉強のできる頭をあなたにあげるから、どうかその、世の中のことをスルッと理解できるその頭をちょうだいよって思った。

2012-12-28 21:56:51
クスノキ @chai_lama

もしも当時の私が、いまのような発達障害についての知識を持っていたら、ずっとずっとずっと苦しまなくて済んだだろう。孤独を感じなくて済んだし、人間を恨まなくても済んだだろう。私は正直言って、切実に、いま子供時代を送ることのできる発達障害児が羨ましい。もしできることなら代わって欲しい。

2012-12-28 21:58:59
クスノキ @chai_lama

人間は知識や経験ならいつからでも身につけることができる。でも、時間を二度生きることはできないのだ。いまの私がどれだけ、自分の子供時代について知っても、私の中を過ぎていった子供時代に、私は手を触れることができない。

2012-12-28 22:00:20
Дора @tamamadora

@chai_lama 自分の中の小さい女の子を抱きしめてよしよしすることはできると思うの…。的外れだったらごめんね。

2012-12-28 22:02:37
クスノキ @chai_lama

@tamamadora 的外れじゃないですよー。ありがとうございます。いま、一生懸命そうしているところです。オットもそうしてくれるし、友人も増えてきてそうしてくれることがあるし。だんだんに救われていっています。

2012-12-28 22:07:52
クスノキ @chai_lama

要素1と2のうち、どちらかでもなければ私はずっと楽だったし、2があったにしてもdがなければ、やっぱりずっと楽だったろう。両親は私をあれほど責めたり叱咤激励したりしないで済んだし、私はあれほど「努力しなければ」と自分を追い込まないでも済んだのだ。

2012-12-28 22:04:09
クスノキ @chai_lama

「この子はこういう子なんだ」「努力とか性格の問題ではないんだ」「じゃあできないことをしろと強いるのはやめよう」と、あのとき、周囲のだれか一人でもいいから、思ってくれる人がいたら良かったのにな。

2012-12-28 22:06:55
クスノキ @chai_lama

私はいま、「◯◯ができない」→「◯◯ができない私は大人として失格だ」とまっすぐにつながりそうになる思考回路を、一生懸命「できないもんはできないんだからしかたない、それが私なんだし、そんな私を許して愛してくれる人がいる」というふうに書き換えようとしている。

2012-12-28 22:09:46
クスノキ @chai_lama

最近それはずいぶんうまくいくようになったけれど、いくら外国語を勉強してもネイティブスピーカーには勝てないように、運良くネイティブな自己受容を与えられて育った人たちの「これが私だからまあいっか」のナチュラルさにはきっと到達できないんだと思う。

2012-12-28 22:11:22
クスノキ @chai_lama

でもともかく、一生懸命練習して(ここがまた真面目すぎるんだけど)少しでもネイティブに近い自己受容を発揮(こういう言い回しするのか?笑)できるようになっていきたいと思っている。オットや友人たちは、そのためのとても大事な助け手になってくれている。

2012-12-28 22:12:48
クスノキ @chai_lama

どうしても、どうしても、どうしても、「できる」「できない」の単なる事実に、価値判断を差し挟んでしまうのが、受容されずに育った人間の癖なんだね。

2012-12-28 22:14:08