あざらしさん( @azarashidayou )による叙述トリック犯罪学教程
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moritapodesu
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これは目撃者が容疑者を脅そうとして、殺されるパターンのやつや! 第二被害者はスミース! とここまで素直に考えてくれた方は心が白い。しかしここは叙述トリック犯罪学教程、当然トリックがあります。例題の分量の関係上、手掛かりがないのは申し訳ないですが。
2013-01-04 23:26:18
そもそもモーフ警部はオッターマンが殺したとは一言も言ってないのです。「もしかして夫人はゴツアーンを…」と言っただけです。では本当は「…」の部分で何を言いたかったのか? と言うと、
2013-01-04 23:27:15
「…」で省略された部分の方が、ちゃんと文章化された部分より多いわけですね。オッターマンは容疑者ではなく目撃者! ここでは話を簡単にするため、モーフは超絶名探偵なのでそのことを一目で見破った、ということにしてください。
2013-01-04 23:28:26
しかしそう考えるとオッターマンがなぜ警察に証言しないのかが分からなくなります。色んな理由が考えられますが、ここでは仮に、オッターマンは脅されているのではないか、と考えてみましょう。脅されて事件の証言ができないのなら、脅しているのは事件の犯人ではないか。
2013-01-04 23:28:58
では、オッターマンは何をして脅される羽目に陥ったのか。それはスミースの言う「あんなこと」ではないだろうか。そして「あんなことを」目撃したスミースはオッターマンと早急に「もう一度話し合う」必要があるという…そう、オッターマンの弱みを握り、脅しているのはスミース! 犯人はスミース!
2013-01-04 23:29:27
ここは「オッターマンが容疑者でスミースが目撃者」という構図が反転し「スミースが犯人でオッターマンが目撃者」となっている点に注目してください。
2013-01-04 23:30:04
このような反転を可能にする叙述トリック、それが「言いぼかし」です。実は例題には二か所言いぼかしが使われています。モーフの「もしかして夫人はゴツアーンを…」の「…」と、スミースの「あんなこと」です。どちらもぼかして言うことで、誤読されるのを狙っているのです。
2013-01-04 23:30:38
この手法、馴染みがない人には見え辛いと思います。ですが慣れてくると「あそこであからさまにモーフの思考が途切れるのは怪しい」とか「独白で『あんなこと』なんて言うか?」などと、簡単に気付けるようになってきます。後述しますが、これが一部の人には大変嫌われる原因となります。
2013-01-04 23:31:57
また、このトリックではそれなりに簡単に誤読が狙えます。この文脈で「…」と書けば普通ならこう解釈してくれるだろう、というように。ということで、これから流行ってくるかも知れない手法です。逆に言うと相当思い切ったことをしないと、高く評価はされないでしょう。
2013-01-04 23:32:30
ちなみに、意味ありげに物事の断片と断片を配置するのが高度な言いぼかしです。例えば視点人物の記憶が曖昧である、と断った上で、その人物がある出来事の記憶の断片を「断片A→断片B」という順番で思い出したとします。
2013-01-04 23:33:04
そして思わせぶりな文章とセットにすることで「前後の文脈からしてこれはAの後にBが起こったということだろう、ということは、きっとこういうことだろう」と読者が解釈するように誘導します。
2013-01-04 23:33:36
オマケコラム3:「言い含めの力をいかにセーブするか」言い含めを上級編にしたのは、強力過ぎて扱いが難しいからです。例えば次の文章を「言い落とし」しか使わない作者が書いたと思って読んでください。
2013-01-04 23:35:55
オマコラ3例題:男はその駅に入って周囲を見回した。ここには見覚えがあるような気がする……ふと一人の若い女と目が合うと、その女はこちらに駆け寄ってきて「タカシ! 久しぶりね、最近どう? お母さん元気?」と、男を質問攻めにしてきた。
2013-01-04 23:36:28
得られる情報は視点人物は男でありタカシという名前で、その母親はどうやら健在、駆け寄ってきて質問してきたのが若い女で、口ぶりからするとかなり親しい知り合いで、なおかつ久しぶりらしい、ということですね。男と女の年齢は不明。
2013-01-04 23:37:02
というのも、タカシという名前は、女が別の人物と「男」とを間違えているかのかも知れないので、男の名前として確定できません。また「久しぶり」などと言いつつ、実は女は男をストーキングしていて、最近の動向は知り尽くしているかも知れず…こう疑っていけば男に母親がいるかも怪しいものです。
2013-01-04 23:38:46
つまり会話文に嘘や勘違いが含まれている可能性を考えていくと、取得できる確定情報がほとんどなくなるわけです。しかもこれは単に確定情報が少ないと言うよりも、下限を下回っていて、頭の中で小説の世界像がきちんと結べないと言うべきでしょう。
2013-01-04 23:39:33
そのため、読者は取りあえず全ての情報は正しいとして読んでいくしかありません。しかし読み進める内に、どれが地の文から得た確定情報で、どれがそれ以外から得た不確定情報かはわからなくなる可能性が高い。
2013-01-04 23:40:05
ですから何らかの措置を取って力を抑えつつ使わないと、読者が自分で真相に辿り着く可能性が著しく低下してしまうトリックだと言えます。
2013-01-04 23:41:12
だからと言って「あの人は嘘つきよ」と誰かに言わせ、読者に注意を喚起するのでは不十分です。なぜならその「あの人は嘘つきよ」が嘘かも知れないので、結局、フォローになっていないのです。
2013-01-04 23:41:46
互いに矛盾するデータを与えておくのもいいですが、それで確定情報が増すかと言えばそうでもないでしょう。「AとCが正しくBが間違っている可能性」「Bが正しくAが間違っていてCは…」などといくつも組み合わせて考える必要があるので、やはり読者が自力で、というのは難しい。
2013-01-04 23:42:32