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日本の体罰の前史

日本の体罰の前史の個人的まとめです。
メモ 寺子屋 懲戒権 親学 体罰 教育 日本史
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歴史的に子供への体罰が目立たないこと
♫biwaud @biwaud
<ヨーロッパでは普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういう事は滅多に行われていない。ただ言葉によって譴責するだけである。ヨーロッパの我々の子供はその立ち居振る舞いに落ち着きがなく優雅を重んじない。日本の子供はその点非常に完全で全く賞賛>http://t.co/XB96ApMd
石部統久 @mototchen
ルイス・フロイス 子育ての探究(その六) : 中世末期における母親の苦悩 柴崎, 正行 幼児の教育99巻2号ページ7-13 2000-02日本幼稚園協会 http://t.co/qhfpfpO4
リンク t.co TeaPot : 子育ての探究(その六) : 中世末期における母親の苦悩 お茶の水女子大学 機関リポジトリ:TeaPotは、お茶の水女子大学130年の教育・研究成果を恒久的に保存し、インターネットで公開することを目的とした発信拠点です。
♫biwaud @biwaud
<江戸時代と同じころヨーロッパで行われていた教育は、少人数の恵まれた家庭の子供たちを対象にした教育でしたが、先生は、ムチを持ちながら勉強を教えるというスタイルでした。(略)寺子屋教育は、庶民から武士までさまざまな階層の子供たちが楽しくいたずらをしながら勉強をするという雰囲気でした
♫biwaud @biwaud
<日本の寺子屋教育のように子供たちが楽しく騒ぎながら勉強するというスタイルがなぜ可能だったかというと、勉強の方法が、優れた見本を反復して自分のものにするというやり方だったからです>ttp://www.mori7.com/index.php?e=646
石部統久 @mototchen
楽しかった江戸時代の寺子屋教育 http://t.co/5ZojiVNW
リンク Online作文教室言葉の森 楽しかった江戸時代の寺子屋教育 江戸時代の寺子屋教育では、子供たちは、自由に遊びながら勉強していました。朝の七時半から午後の二時半まで小学校一年生から六年生ぐらいの子が長時間勉強するのですから、おとなしく静かにしていられるわけがありません。 もし、これらの子供たちをおとなしく長時間勉強させよう & (つづく)
体罰の社会史
Atsushi Oshio / 小塩真司 @oshio_at
幕末のイギリス外交官オールコック『大君の都』: 「(日本人は)決して子どもを撲つことはない。文化を誇る欧羅巴の国民が,哲学者たちの賢明なる注意を他にして,その子どもたちに盛んに加える,この非人道的にして且つ恥ずべき刑罰法を,私は日本滞在中見たことがなかった」(体罰の社会史より)
Atsushi Oshio / 小塩真司 @oshio_at
シーボルトの『シーボルトの最終日本紀行』:「西洋にある様な,学校の処罰は少しもなく,その上我国の様に,先生から体罰を受けるような日本の門弟は,是がために不名誉となって恐らくはその家庭から放逐されてしまうであろうし,又学友の眼には悪人となるであろう」(体罰の社会史)
石部統久 @mototchen
アレクサンダ―・フォン・ジ―ボルト 「ヨーロッパで行なわれているような学校の罰則は全く聞いたことがない…また子弟の教育のさいに少なくとも教養のある階層では体罰は行なわれない私たちの国でよくやる鞭打ちを私は一度も見たことがなかった」p79 https://t.co/ML6EjIwh
Atsushi Oshio / 小塩真司 @oshio_at
オランダ東インド会社医官で植物学者であったツンベルクの言葉:「彼等(日本人)は,決して児童を鞭つことなし。……(日本では)ヨーロッパの文明国民の往々児童に課する如き残酷苛烈なる罰を,かつてみたることなし。」(体罰の社会史)
Atsushi Oshio / 小塩真司 @oshio_at
以上のように,伝統文化を言うのであれば日本の教育の伝統に体罰はなかったはず。何時の時代の「伝統」なのか。
nicoca @nicyoka
我が国最初の体罰否定論者は、伝教大師最澄(767-822)。刑罰するなかれ、手で童子をうつなかれと言う。『勧奨天台宗年分度式』では「..手に笞罰せず。今我が同志、童子を打たずんば、我が大恩となさん...」とある。#体罰の社会史
nicoca @nicyoka
子供を打ち据え、刑罰を行う者は同志でなく、仏弟子でもない。かなり強い言葉で体罰を戒めている。これが1200年前に言われていたのだから驚く。もっとも、敢えてそう戒めるということは、体罰が日常茶飯であったことの裏返しなのだが。#体罰の社会史
イナサイト❤ @soonsoul
学校教育における体罰についての研究      ―体育指導を中心に― http://t.co/77pOUWxn 江森一郎『体罰の社会史』がある。江森の研究は江戸時代の寺子屋、郷学、藩校ではほとんど体罰がなかったことを資料
ながし @Pnagashi
「体罰の社会史」を読み進めている。どうにも、太平期には体罰否定論が強くなり、混乱期になると体罰肯定論が現れる、という感じか?総じて、江戸時代に体罰が全くなかったわけではなく、むしろ体罰が一般的であったからこそ、教育書において体罰否定を論じるものが多かった印象。
ながし @Pnagashi
「体罰の社会史 江森一郎:著」読了。構成としては、主に江戸時代~維新後まであたりの話が主となっている。日本においては、教育者の間では根強く体罰否定が言われ続け、社会全体としても体罰に対して「抑制的」であったようである。
Oricquen @oricquen
薩摩藩、熊本藩、会津藩では、青少年自治組織では「粗暴・残酷な罰(大体集団的リンチがある)」が行われていたが、「一般的傾向とは言えない」と江森一郎氏は言う。寺子屋でも体罰はあまりなされていないそうだ。 / “江森一郎『体罰の社会史』 -…” http://t.co/j5sioxMt
リンク gooブログ 江森一郎『体罰の社会史』 - 三日坊主日記 江森一郎『体罰の社会史』は1989年発行の本。江森一郎氏が体罰史という観点を思いついたのは、戸塚宏『私はこの子たちを救いたい』に「日本の歴史が二千年あるとしても、体罰を否定しているのは、最近の三十年間だけで、あとの1970年間は、肯定されているのである」と言っていることだという。...
水無月 @minadukiG
【江森一郎『体罰の社会史』】 http://t.co/trqKTA7E 「わが国の伝統思想…として、体罰を残酷とみる見方が定着している」「産業革命によって生じる矛盾の深刻さ…が温床となって体罰的雰囲気が瀰漫」「体罰の乱用に決定的影響を与えたのは、帝国陸・海軍の教育(調教?)方法」
武文研/居合文化研究会@川村景信 @kawamurakeishin
興味深いものとして、往来物研究家の小泉吉永氏の『江戸「人間教育」の知恵』と題しな連載がある。今回から「体罰なき教育こそ日本の伝統」と言う連載がはじまる。文中でも引用されているが、『体罰の社会史』の江森一郎氏の弟子だとか。
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コメント

ざの人 @zairo21 2013年1月13日
教師の体罰は戦前から禁止されていた っていう史実は教育論を語る上では重要ですね。このことを踏まえず 体罰容認を叫んでもいけない。 かといって、戒める程度の体罰がないのもいけない。 どこまで体罰は許されるかのガイドラインは必要かと思う。
kartis56 @kartis56 2013年1月13日
存在しないものをわざわざ禁止する必要はないから、多少はあったと思われ。外国人の前では体裁を気にしてやらなかっただけでしょう。
やっつん@uraent/2/3に移転中 @yahttsun 2013年1月13日
単なる暴行なんだから、体罰とか名づけるのは止めるべきなんだけどね。今後は、教師による暴行、教師の立場を利用し相手を殴り蹴るだけの悪質なパワハラ暴行でいいんじゃないかい?体罰とかいうから、教師が調子にのって生徒を殴っているだけなんだから。
紺@駿河 @kerocon250vud 2013年1月13日
子供への懲らしめは子供を迷惑行為や犯罪など間違った道から矯正する際に与えられるべきものでそれによって子供が将来を悲観し生きる気力を無くすようでは本末転倒だよなあ~
そら豆 @solamame_k 2013年1月13日
戦前の新聞が体罰を否定的に報じてるということは戦時下で体罰容認に振れた針が元に戻らずにいるということかな。さて警察に引き渡すのが良いか張り飛ばして終了させるのが良いか、くどくど言って聞かせるのが良いか。個人的に死刑制度と体罰に関しては中々考えが固定できないわ。
sega @girrrrrrrlrrrrr 2013年1月13日
戦前・戦中の教員養成というのもまあ面白いと思う。
sega @girrrrrrrlrrrrr 2013年1月13日
初等教員は師範学校(現在の学芸大学・教育大学・教員養成系教育学部)が、中等教員―――つまり旧制中学(←エリート)の先生は東京高等師範学校(東京教大を経て現筑波大学)/東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)/広島高師(現広島大学)/奈良女高師(現奈良女子大学)の東西両校を中心に、戦時下に設置された言わば『急造仕様』の金沢高師(現金沢大学)/岡崎高師(現名古屋大学)/広島女高師(現広島大学)が<独占的に>行っていたと記憶している。
sega @girrrrrrrlrrrrr 2013年1月13日
これは推測にすぎないが、教員養成を独占的に行う国立の教育研究機関は、時代に合わせた柔軟な教員養成が可能な一方で、時の政治権力が教育に介入し(というより“ウンコ投げ”)てきた場合はどうしようもなく、軍国教育の牙城(つまり教員志望の初心な学生ちゃん達“学費無料”で釣って“ウンコまみれ”する場所)になってしまうことを回避しにくいのではないだろうか。というか、<一色に染まり易い>。だから、独占していた教員養成を戦後は多様化したのかいな...
sega @girrrrrrrlrrrrr 2013年1月13日
ああ、私立の高等師範部もありましたね。早稲田大学高等師範部(現教育学部)や國學院大學高等師範科、日本大学高等師範科(現文理学部)など... ただし、戦後の一時期まで、私立学校は弱小勢力だったのでなんともかんとも...
sega @girrrrrrrlrrrrr 2013年1月13日
とにかく、橋下市長が大阪市大と大阪府大を統合した大学に新設するという教育学部が気になる。今回のことも踏まえて欲しい。まさか、<親学>の人たちにアカポスをお布施しないよね...?w
闇の聖母ガラテア @galatea_rs3 2013年1月13日
体罰はよくない。ご褒美を与えろ。
はいん・まいやー @reisacker 2013年1月15日
なるほど。精査する必要があると思ったのは「体罰」の範囲かな。今や廊下に立たすことも体罰というけど、昭和40年代ではそうではなかったとかあるので。それと、教師の権威低下(学生運動あたりを含めて)と体罰増加が関連がないのかも気になるところだ。
脳内がエロで埋まっている白痴のネトウヨ @dokuman3 2014年6月3日
体罰自体の良し悪しはともかくとして、体”罰”なのであれば罪に対して行われなければ”罰”とは言えないよね。
ながし @Pnagashi 2020年2月12日
体罰の社会史をレビューしてもう7年経つのか。 その間に、教育における暴力が百害あって一理なしてある知見は更に増え、体罰に教育効果のないことは明白となったが、まだ根絶に至らないのは体罰が当たり前の世代が死に絶えてないから。
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