ソイ・ディヴィジョン #1

翻訳チームによるサイバーパンクニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」リアルタイム翻訳 (原作:Bradley Bond-san & Philip Ninj@ Morzez-san) 日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ 続きを読む
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「こうして、貯蔵区画を突破するとな、いよいよだ」パックド・サケを奢られて上機嫌になったアラヤ長老は、小さな触手がはみ出した得体の知れないボール状配給食を、オハシで器用に突き刺しながら言った「……地上がある。死の大地だ。重金属酸性雨で泥濘んだ大地が、お前たちを迎えるであろう」 1

2013-01-12 23:12:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「地上……」アラヤ長老の話に聞き入っていた三人の男たちが、ごくりと唾を飲んだ。「それで、どうなったんだ、その、逃げ出した、勇敢な四人ってのはよ」鋭い目のバラキが小刻みに震えながら話の続きをせがんだ。「勇敢な四人ではない」アラヤ長老は予言者めいた口ぶりで続ける「無謀なる四人だ」 2

2013-01-12 23:20:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「どっちでもいいよ、続けろよ」スキンヘッド大男のアケダが言う。いつものスマイルフェイスが緊張で強ばっている。シロキも手に汗握りながら頷き、話の続きを願った。アラヤ長老の語る伝説じみた話には、この悪夢の如き地下強制労働施設から脱出するための秘密が隠されているかもしれないからだ。 3

2013-01-12 23:25:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アラヤ長老はわざとらしく給食室の左右を見渡し、小声で言う。「この先はほれ……危険な話ゆえ……わしも危険を冒すだけの……ほれ……あれよ」「ふざけんなよ、爺さん」バラキが眉毛のない目で凄味をきかせた。「待ってよ、払おうよ」アケダがポケットからトークンを何枚か取り出し、机に置いた。 4

2013-01-12 23:30:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「そうだ、揉め事はまずい」シロキが声を潜めて言った。配膳テーブルにいる全員同じ体格、同じ髪型、同じサングラスのヤクザたちが、無言で一斉にバラキのほうを見たからだ。凄まじい威圧感。奴らに見咎められたら一貫の終わりだ。幸いにも給食室に次の班が入って来たため、ヤクザの注意は逸れた。 5

2013-01-12 23:37:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「フゥー、ありがとうよ、シロキ=サン、命拾いしたぜ、おれは頭がわるいんだ」シロキの警告を理解したバラキが小声で言った。そしてトークンを机の上に置く。シロキもなけなしのトークンを重ねる。アラキ長老は微笑んだ。「よかろう……その四人はな、大きな車にしがみついて逃げようとした……」 6

2013-01-12 23:42:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「大きな車……」アケダがゴクリと唾を飲んだ。「さよう、バイオ大豆を運ぶ大きな車よ。そのフロントガラスには、ワイパーが四本もついていたという」「四本も……」アケダが額の汗を拭う。「だが彼らはゲートを出る前に発見され、振り落とされた……そして自暴自棄になって、暗い雨の中を走った」 7

2013-01-12 23:49:41
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……不気味な雷が鳴った。……馬の蹄音が聞こえてきた。……追っ手は1人だった」アラヤ長老の口調はいよいよ語り部めいてくる「馬に乗った何者かが、4人の間を走り抜けた。それと同時に、まず最初の犠牲者が出た。馬上槍で背後から心臓を貫かれ高く掲げられた。残った3人は散り散りに逃げた」 8

2013-01-12 23:59:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエエ……」アケダは露骨に怖がっていた。巨漢のくせに意気地のない男だ。「しかし駄目だった。あちらで悲鳴、こちらで悲鳴……最後に残った1人も、あえなく追いつかれた。彼は恐怖のあまり、失禁してへたりこんだ。そして見た。サイバネ馬に跨った……ニンジャを」「ニンジャ……!?」 9

2013-01-13 00:06:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「爺さん、冗談はやめろ、殴るぞ」バラキが小刻みに震えた。ニンジャなど、フィクションの産物だ。だが……「それは黒いニンジャ装束を着たニンジャで、頭にはバケツじみたヘルメットを被っていた。十字のスリットの奥で、不吉な目がぎらぎらと輝いていた」アラヤは至極真面目な顔で言った。 10

2013-01-13 00:14:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「それで、結局四人目の男も逃げ切れなかったのか?」シロキが問う。「さよう」アラヤ長老は下品な音を立てながら、残り少ないパックド・サケを啜った。「コワイ!」アケダが顔を両手で覆う。「ブルシットだ」シロキが長老の顔を指差して言う「全員死んだんなら、誰もこの怪談を持って帰れない」 11

2013-01-13 00:21:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「エッ?」アケダの表情が明るくなる。バラキも手の指で生き残り人数を確認して、ようやく気づいた「おい、爺さん、ウソの話で、おれたちから金を、巻き上げたのか? エッ!?」「嘘ではない……」アラヤ長老は最後のボール状配給食をポケットに仕舞うと、部屋の隅を指差した「あれが4人目だ」 12

2013-01-13 00:28:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

3人は一斉にそちらを見た。目つきのおかしな男が、給食室の片隅で、ボール状配給食に向かって何事か囁きかけていた。彼は施設の誰からも相手にされない狂人……通称「UNIXヘッド」だ。「彼はこの話を地下に持ち帰るよう、あえて生かされた。だが恐怖のあまり発狂し、すぐに症状は悪化した」 13

2013-01-13 00:40:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「お、思い出した……」巨漢のアケダが失禁しそうな顔を作る「あいつ……いつも壊れたUNIXみたいに繰り返し呟いてたよ……ニンジャ……ニンジャって……アイエエエエ……!」「何だって、そんな、まさか……ニンジャだなんて……」シロキは狼狽し、髪を掻きむしる。頭がどうにかなりそうだ。 14

2013-01-13 00:46:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「脱出など不可能、という大切な教訓だ」アラヤ長老はトークンを懐に仕舞って席を立った「……仮に、脱出できたとしても、重金属酸性雨と死の荒野が待つだけ。生きてはゆけん。ここで永遠に労働し続ければ、それで、よいではないか。酒もある。女もいる。小さな幸せもあろうて」 15

2013-01-13 00:53:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「た14−26、労働時間ドスエ。ガンバロ!」欺瞞的な電子マイコ音声が給食室に鳴り響く。3人はパブロフの犬めいた条件反射で素早く席を立った。暴力と恐怖で忠誠を刻み付けられているのだ。識別プレートがついた帽子を被って給食室を出ると、大慌てで階段を下り、第四ショーユ区画へ向かう。 16

2013-01-13 01:05:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

プシューッ!廊下で消毒霧がぞんざいに労働者たちの体に吹き付けられる。「アイエエエエ!目を閉じ忘れちゃった!」アケダが叫ぶ。「夜には、目、つぶれてるぜ」バラキが冗談めかして笑う。アケダは本気で怖がった。シロキは陰鬱な溜息をつく……俺はこんな連中と一緒にいていいのだろうか、と。 17

2013-01-13 01:12:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴウンゴウンゴウン……重々しいモーターの唸りが広大な第四ショーユ区画に響く。壁には「職人の手搾り」「美味しい」「高級」と書かれた無表情なデジタル・ショドー垂れ幕が貼られていた。ナムアミダブツ!この工場では、高級オーガニック・ショーユが違法肉体労働によって生産されていたのだ! 18

2013-01-13 01:24:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

赤道直下のような高温と湿気!バイオスモトリには耐えられない、過酷な労働環境である。「ウウーッ!」「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」労働者たちはロボットめいた無表情を作り、黙々と労働バーを押す。労働バーは巨大車輪に、そして巨大車輪は搾り機に繋がり、高級ショーユが搾られるのだ。 19

2013-01-13 01:35:55
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」巨大車輪は合計で十六基。地上部分に建つ工場からは、異常なほど多い煙突が何百本となく突き出し、ネオサイタマの空に向かって有毒な煙を吐き出している。その上空では、ネコネコカワイイの新曲PVを流すマグロツェッペリンが、何食わぬ顔で飛行していた。 20

2013-01-13 01:53:32
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その違法ショーユ工場……通称「ソイ・ディヴィジョン」隣の廃ビルに、男が潜伏していた。フリーランスのジャーナリストだ。くたびれたスーツに黒いレインコート。オレンジ色に光る大型サイバーゴーグルを望遠ズームさせ、工場地上部に不審な点がないかどうかを、くまなくチェックしている。 21

2013-01-13 22:39:47
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「最大手の大豆加工業者、ジョウゾウ・コーポレーション。彼らが持つ大型工場ソイ・ディヴィジョンには、黒い噂がつきまとう……」男は望遠映像をチェックしながら、開いた両腕でハンドヘルドUNIXのキーを叩き、レポート内容を脳内記憶素子へと刻み付けてゆく。激しい緊張で、掌に汗が滲む。 23

2013-01-13 22:47:21