師茂樹さんによる唯識講義 「繰り返される三転法輪」

師茂樹先生の唯識についてのtweeをtまとめてみました
仏教 大乗仏教 唯識 玄奘
southmtmonk 3056view 1コメント
6

限定公開の新機能が大好評!

プライベートなツイートまとめの共有がもっと簡単になりました。フォロワーだけに特別なまとめを公開しませんか?メンバー限定はメニューから設定可能です。詳細はこちら

ログインして広告を非表示にする
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:17:06
    ヴァスバンドゥが、はじめ説一切有部で学び、兄アサンガの諭しで大乗に転向、唯識の著作を著した、という伝記は有名で、史実かどうかとか、世親二人説とか、いろいろな議論のネタになってきている。最近では『倶舎論』の多くが『瑜伽論』にトレースできることから、転向は嘘なんじゃないかとか。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:20:43
    真諦『婆薮槃豆法師伝』によれば、アサンガもまた説一切有部から大乗へと転向している。最初説一切有部で学んでいたアサンガは、空を学ぼうとしてうまくいかず自殺を考える。しかし、ピンドーラ阿羅漢より「小乗空観」を学び、さらに兜率天で弥勒菩薩より「大乗空観」を学んで、唯識の論者となる。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:24:57
    唯識を大成したとされる兄弟の伝記に共通するのは、説一切有部→大乗への転向→唯識、というストーリーだが、これは『解深密経』に説かれる三転法輪説と重なる。これは、釈尊の説法が、声聞乗のための教え→大乗の空の教え→唯識(三性説)という段階で説かれた、というもの。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:29:28
    橘川智昭氏によれば、『解深密経』の三転法輪説については、単なる釈尊の説法一代記としてではなく、「特定の菩薩における、低い階梯から高い階梯へのひとすじの修習次第とみる捉え方」、言わば修行者の「自分史」として捉える見方も多かったらしい。http://t.co/CbcdBKGG
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:31:52
    これに関連して興味深いのは、三蔵法師・玄奘の伝記の「書き換え」である。玄奘の伝記はいろいろあるが、一番古いのは『続高僧伝』所収の玄奘伝。これは、近年発見された金剛寺本、興聖寺本との比較によって、大きく書き換えられたことが指摘されている。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:35:02
    玄奘伝の「書き換え」で一番大きいのがインド遊学中の記述。興聖寺本などの古い玄奘伝では、インドに入って他派・外道との論争で勝利した後に戒賢の下で唯識を受学している。一方、現行の『続高僧伝』では、インドに入ってすぐ戒賢の下で受学し、その後他派・外道との論争に勝利している。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:37:56
    古い玄奘伝だと、玄奘は中国で学んだ知識によってインド人たちを打ち破る。それが時代が下がると、戒賢から学んだ本場?の唯識思想によって、インドの「外道小乗」を打ち破る、という風に、書き換えられるのである。その際、古い玄奘伝にはなかった論争が追加され、より唯識最強説が強調されている。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:42:10
    玄奘三蔵の伝記もまた、『解深密経』の三転法輪説に添うような形で書き換えられているように思われる。玄奘の場合は修行者のライフヒストリーではないが、インドの中観派や部派の論師を、戒賢の指導の下で打ち破る玄奘、というイメージが作られている。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:47:23
    『仏地経論』には釈尊が亡くなって千年後、空と有(≒中観派と唯識派)の論争が起きる、という「予言」が説かれている(T26, 307a)。これは三転法輪説で言えば第二時・第三時の対立である。護法・清弁論争の伝承や、玄奘の伝記はまさにこの予言の成就の一例である。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:51:54
    日本でも、三論宗と法相宗が年分度者の奪い合いで対立するが、これも当時の人々には「予言」の成就と思われたことであろう。実際、三論宗とは直接関係がない清弁を三論宗が擁護する、という日本限定の言説が奈良時代には起きる。法相宗側から「清弁は玄奘の翻訳じゃん」とつっこまれたりしながら。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:55:24
    徳一は最澄に対して『中辺義鏡』を書き、法相宗側を「中主」、天台側を「辺主」と呼んで批判した。「中主」「辺主」とは、慈恩大師基がインドで起きた(と思われていた)唯識派・中観派の対立を説明する際に使われた用語。徳一もまた最澄との論争を予言の成就と考えていたっぽい。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 10:57:37
    最澄は、奈良時代における三論・法相の対立において、どちらかというと三論側を擁護する調停役として、法会などで講義していた。最澄は、三論側の拠点となっていた大安寺の人々と強いつながりをもっていた。徳一から見れば、最澄は三論側から出てきた新手の論者、という風に見えたのかもしれない。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 11:00:47
    『解深密経』の三転法輪説は、このように唯識派の修行者のライフヒストリーであると同時に、歴史上何度も繰り返される予言として機能していたように思われる。特に東アジアで書かれた唯識派に関する歴史叙述は、その意味で注意した方がいい。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 11:01:31
    近年、東アジアの僧伝については、僧伝が書かれ、読まれるということが「人間の生の物語りを介して過去にアクセスし、それを範型に自己の生き方をデザインしてゆこうとする〈人物伝的歴史理解〉(中略)の具現化であ」り、それ自体が時間、空間を超えた宗教的実践であったと指摘されている。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 11:03:07
    指摘したのは、北条勝貴さんの「聖地をめぐる言説・儀礼・実践」(藤巻和宏編『聖地と聖人の東西 起源はいかに語られるか』勉誠出版、2011年) http://t.co/zUp1TNX6
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 11:07:07
    ここから考えれば、アサンガやヴァスバンドゥ、そして玄奘の伝記は、三転法輪説を再現する生き方をした、模範とすべき唯識派の修行者、高僧のあり方を伝記として述べたものではないだろうか。これらの伝記に「史実」を求めるのは、その意味では難しいように思われる。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 11:11:42
    また後世の(特に東アジアの)唯識派の人々(の一部)は、自分の生が三転法輪説の成就になるように生きようとしていた。もしくはそう解釈しようとしていた。徳一と同時代人の『日本霊異記』の著者・景戒もまた、自身の夢を大乗への転向とむりやり解釈していた。これもその一例なのかもしれない。
  • 師茂樹 MORO Shigeki @moroshigeki 2013-01-13 11:19:06
    以上、現実逃避の連続ツイート、題して「繰り返される三転法輪」は終わり。失礼しました。

コメント

カテゴリーからまとめを探す

「人文」に関連するカテゴリー

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする