ソイ・ディヴィジョン #3

翻訳チームによるサイバーパンクニンジャ活劇小説「ニンジャスレイヤー」リアルタイム翻訳 (原作:Bradley Bond-san & Philip Ninj@ Morzez-san) 日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ 続きを読む
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

職人たちの朝は早い。ここは違法強制労働施設ソイ・ディヴィジョン。その冷たく薄暗い地下回廊には、カンオケ・ホテルめいたタタミ1畳の個室がハニカム状に何百個も並び、孵卵器を思わせる人工的な黄色い光を内側から放っていた。 1

2013-01-19 22:42:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

職人たちは次々と爽快な朝を迎え、カンオケから飛び出してゆく。だが元サラリマンのシロキは、この狭苦しい寝床で、未だ浅い眠りを眠っていた。昨夜はほとんど眠れなかった。別れた妻の事、そして彼女についていった幼い息子の事を、またウシミツ・アワー近くまで未練たらしく考えていたからだ。 2

2013-01-19 22:49:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「起床時間ドスエ。300秒以内にフートンを畳まないとペナルティ重点!ガンバロ!」天井、目と鼻の先に備え付けられた液晶モニタに、若く艶かしいオイランドロイド・アイドルの姿が映り、電子マイコ音声で声援を送った。シロキはようやく目覚め、仰向けのまま眉間を指で押さえ歯を食いしばる。 3 

2013-01-19 22:55:41
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「頑張るか……」側面の手すりを巧みに使って、シロキは寝床から体を滑り出させる。習慣とは恐ろしいもので、元々アイドルなどに微塵も興味は無かったが、毎日この同じ映像を繰り返し見ているうちに、まんざらでもなくなってきた。強制労働所内通貨を使えば、オイランドロイドのサービスも買える。 4

2013-01-19 23:03:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

シロキはフートンをたたみ、濃紺のジュー・ウェアに着替えた。紐を縛ると気分も引き締まる。地下回廊は冷たく湿っており、どう考えても薄着としか思えないが、職人はそういった過酷な環境を好むものだ。「オハヨ!」「オハヨ!」周囲では職人たちが小気味良いアイサツを交わしている。 5

2013-01-19 23:15:51
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

給食室に向かうシロキの胸中では、二つの背反する思いがせめぎ合う。喜びと怒りだ。初めは地獄としか思えなかったこの強制労働に、いつの間にか順応してきている……シロキは危機感を覚えた。このままだと、ソイ・ディヴィジョンから脱走して息子に会うという企ては、一生果たせずに終わるだろう。 6

2013-01-19 23:29:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ワオーッ!」電子合成された虎の声とともに、給食室の自動フスマが開く。シロキは黙々と歩く。彼は数ヶ月前まで、大手家電メーカー「タコデンキ社」のサラリマンとしてまっとうに働いていた。彼はショドーが上手かったために主任の座まで昇進し、妻子を養ってゆけるだけのインカムも得ていた。 7

2013-01-19 23:37:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ショドーの腕前はとても重要だ。同じ能力を持つ人間が何人かいれば、当然ショドーが上手い方を昇進させるだろう。今も昔も変わらぬ、旧態然とした日本企業体質である。ここまではよかった。だが彼は、取引先メガコーポへの大切な進物の宛名を間違い、ケジメを強いられて出世ルートから外れたのだ。 8

2013-01-19 23:49:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

シロキは朝食を乗せたオボンを持って、チャブにつく。内容は質素極まりない。ライス、茄子のピクルス、ミソスープ、アジノリ、それだけだ。職人の世界とは、ある種の修道士めいたストイックな世界であり、この質素さがモノ作りにおいてゼンめいた神秘的な力をもたらすと古来より信じられている。 9

2013-01-20 00:01:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だが……ソイ・ディヴィジョンにおける職人意識は、全てが欺瞞である!ジョウゾウ社が作り上げた自我研修プログラムにより、労働者たちは自分たちが禁欲的なショーユ職人であると思い込んでゆく。結果としてコストは下がりショーユの味も向上するのだ!アブハチトラズ!何たる悪魔的な効率性か! 10

2013-01-20 00:08:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「私は今週は誇りあるショーユ搾りです」「私はローストされた大豆の山をスコップで炉の中に放り込む重要な作業です」「頑張ろうという気持ちにさせますね」奴隷職人たちは笑顔で語り合う。シロキは誰もいない隅に引っ込んだ。「よお、地上のこと、考えてるのか?」同じ班のバラキが隣に座った。 11

2013-01-20 00:26:02
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「もちろんだ」シロキは疲れ切っていたが、その目は爆弾テロリストめいた強い輝きを放っていた。バラキはうなずいた。「よし、シロキ=サンがいてくれたら、心強い。……ところでな、おかしな噂があるんだ」バラキは声を潜める。「どんな?」「最近、ショーユの質が、変わったって」「味が?」 12

2013-01-20 00:48:49
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「甘くなった、らしい。こっそり舐めた奴がいて、そいつは、あまりの美味さに、気でも狂ったように、ずっと舐め続けた」「それで?」「ヤクザに連れて行かれて、帰ってこない。そのせいか、今後、味見は、絶対に禁止だって、長老が言ってたぜ。毎日の微妙な味の変化が、楽しみだったのによ!」 13

2013-01-20 00:58:21
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ウフフッ!ウフフフッ!イディオットみたいな噂話を聞いたんだけど、知りたい?」巨漢のスキンヘッド、アケダが、わざとらしく口をおさえながらやってきた。「イディオットはお前だ」バラキが中指を立てる。「……聞かせてくれ。何か悪い予感がする」シロキが至極真面目な顔で言った。 14

2013-01-20 01:05:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「シロキ=サン、おっかない顔すんなよ。全然そんな真面目な話じゃないからさ。これはミソ・プラント当番の奴らが言ってたんだけど、最近あいつら、ミソの代わりに……何作り始めたと思う? 違法オハギだって!」「くだらねえ」バラキは屁を掻き散らすような仕草を取る。 15

2013-01-20 01:20:19
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

シロキは両手で頭を掻きながら思案した「待てよ、もしその噂が本当だったとしたら……俺たちはいつの間にか違法薬物を作らされて……」「ワオーッ!」ここで電子タイガー音声による朝食終了警報が鳴り、三人はそそくさと労働バーを回しに向かった。 16

2013-01-20 01:41:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゴウンゴウンゴウン……重苦しいジェネレータの動作音。シロキは睡眠不足の体に鞭打って、過酷な作業を続ける。オハギの事、息子の事、脱出計画の事、地上の事……ショーユ精製に不要な雑念の数々が、シロキの労働を阻害する。ついにシロキは足をもつれさせブザマに転倒した!「アイエエエエ!」 17

2013-01-20 15:18:41
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ナムアミダブツ!これは減点対象行為だ!「ザッケンナコラー!」クローンヤクザが監督台から手厳しいチェックを入れる。「ガンバロ!ユウジョウ!」後ろにいた奴隷職人が手を差し伸べ、シロキを助け起こす。これは加点対象行為だ!監督ヤクザはUNIXを操作し、奴隷職人にポイントを追加した! 18

2013-01-20 15:24:31
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……シュコー、高度に完成された管理体勢だな。昆虫の巣めいている」モニタでその様子を観察しながら、長身のニンジャが言った。片方を剃り上げた長い黒髪にロングコート・ニンジャ装束。彼の名はドクター・コーマ。高度なケミカル知識とドク・ジツを持つ、邪悪なアマクダリ・ニンジャである! 19

2013-01-20 15:35:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ジョウゾウ社の数百年のノウハウの結晶ですからね!できるなら都市ひとつをこの形にしたい!」ムラキ部長が胸を張って答えた。「貴様は黙っていろ!」現在の実質上の施設支配者、クルセイダーが重々しい声で叱責する。「アイエエエエエ!申し訳ありません!」ムラキ部長はドゲザした。 20

2013-01-20 15:44:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「システムだけでは説明できぬ、恐怖を巧みに使った我輩の暗黒統治体制がここにあるのだ!」玉座に座ったクルセイダーは、バケツ型ヘルムの奥で笑う。まるで中世暗黒時代の城主だ。壁には彼の油絵が飾られ、玉座の左右にはクローンヤクザが控え、聖ラオモトの神々しい姿を縫い上げた旗を掲げる。 21

2013-01-20 15:51:45
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「何故機械化しない?」ドクター・コーマと共に新たに派遣されたベアナックルが質問する。しばしの沈黙。クルセイダーはムラキ部長を踏みつけた。「面倒だ!貴様が答えろ」「アッハイ!手作業によってしか作れない上等なウマミ成分が生じるのです」「シュコー、それは化学的にも証明されている」 23

2013-01-20 16:03:04