体罰が根付いた経緯

戦後、軍国主義を否定したはずの教育界で、なぜ軍国主義を起源とする体罰が根付いたのか。それには「敗戦」が子供社会に与えた衝撃を考える必要がある。
コラム 大正 軍国主義 敗戦 教育 校内暴力 尾崎豊 体罰
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shinshinohara @ShinShinohara
体罰の歴史が浅いことは述べたが、ではなぜ体罰は根付いたのか。それには「敗戦」という、日本人の精神に大きな衝撃を与えた出来事を考えなければならない。子供の世界は、戦前と戦後で大きく様変わりした。その変化の狭間で、体罰が根付いた。その経過を追ってみたい。
shinshinohara @ShinShinohara
戦前に学校現場で体罰が行われていた形跡はほとんどないが、それは戦前の子供たちの行儀が大変よく、大人の言うことをよく聞いたこと、そして大人の側も子供に対して寛容だったことがある。体罰をふるわなくても子供たちはまじめに勉強し、きちんとしつけられたのだ。
shinshinohara @ShinShinohara
@SkiMario aあ、本当ですね。二つ目のつぶやきで「戦前」って書いてしまいましたね。すみません。ここでは「軍国主義台頭前」とすべきでした。修正します。ありがとうございました。
shinshinohara @ShinShinohara
ところが敗戦したことで、子供社会に大きな衝撃が走った。これまで「お国のために」という正義が間違いだと教えられ、「国のために闘って死ね」といって戦地に生徒を送り込んでいた教師が「戦争は間違いでした」と弁解した。子供たちは何を信じて良いのか分からなくなってしまった。
shinshinohara @ShinShinohara
「誰の言うことを信じればよいのか分からない」子供たちは、さらに放任されてしまった。戦争の焼け野原で大人たちは生きることに必死で、子供たちの相手をする余裕を失った。戦争孤児も多く、子供社会は劇的に変わった。よく、敗戦時に子供だった世代は思想的混乱があるとされるのはこのためだ。
shinshinohara @ShinShinohara
子供社会が敗戦を機に荒れてしまったことは、戦後の家庭裁判所が子供の問題に力を注いでいた歴史からも伺える。戦争孤児や、孤児ではなくてもすっかり生活が荒れた家庭で育った子供が多く、非行に走るケースが戦後に激増し、家庭裁判所は彼らをどう更生させるかに力を注いだ。
shinshinohara @ShinShinohara
教師の側も戦争で受けた傷跡は深かった。戦中の軍国主義教育に慣れ親しんでしまった教師は、軍国主義以前のやり方を知るはずもなく、戦後に「民主主義」といわれてもどう指導すべきかも分からず、途方に暮れた。教育の軸が軍国主義で硬直化させられ、さらに敗戦でポッキリ折れた格好だ。軸が失われた。
shinshinohara @ShinShinohara
やがて校内暴力が日本中に吹き荒れた。このとき、校内秩序を維持する手段としてとられたのが、体罰だ。体育教師が憎まれ役を買って出て、体罰と規則で厳しく子供たちを縛り、秩序を取り戻した。これにより、体罰の有効性が証明された格好となり、日本で体罰の必要性が認められるようになっていった。
shinshinohara @ShinShinohara
そもそも、校内暴力が発生したのも、遠因は敗戦ショックだといえる。戦前は子供たちは行儀が良く、大人たちの言うことをよく聞いた。大人のことを信じていたのだ。ところが学校で軍国主義がたたき込まれるようになり、それを信じたあげくに敗戦で「嘘でした」。子供たちは大人を信じられなくなった。
shinshinohara @ShinShinohara
尾崎豊「卒業」の「信じられぬ大人との争いの中で」というフレーズ。戦前には考えられなかったことだろう。大人は信頼し尊敬すべき存在であり、実際その価値があった。ところが模範であるべき大人が戦争に負けた途端、「正義」をひっくり返した。戦後、子供たちは大人を信じられない状況が続いた。
shinshinohara @ShinShinohara
しかし大人たちの側も、子供たちの信頼を回復するヒマがなかった。敗戦後の焼け野原を何とか再建すること、戦後の復興を成し遂げること、それに必死で、子供にかまっているヒマがなかった。「企業戦士」の大人が子供社会から離れてしまい、信頼も失ったままのところに、校内暴力が広がったと言える。
shinshinohara @ShinShinohara
江戸時代や明治、大正の頃の子供たちなら、まず校内暴力などということはあり得ない。体罰で校内秩序を守るような必要もない。子供は大人を信頼し、大人も十分子供に向き合う時間をもてた。敗戦をきっかけに、「信頼」が崩壊したことが、校内暴力につながったと言える。
shinshinohara @ShinShinohara
ではなぜ、校内暴力に対して校内秩序を守るために、「体罰」という手段をとったのか。それはやはり、軍隊の経験が大きかっただろう。戦前は成人男子全員に兵役があり、軍隊を経験していた。その中で「精神注入棒」で死ぬほど殴られる経験もした。強烈なロールモデルになってしまったのだろう。
shinshinohara @ShinShinohara
戦後、体罰が根付いてしまったのは、①軍隊での経験がロールモデルになったこと、②敗戦による思想的混乱、③子育て環境の崩壊、この3つが原因だろう。校内暴力で失った秩序を取り戻すのに、体罰という手段しか思い浮かばなかったのは、軍隊にしかロールモデルを求められなかったためだろう。
shinshinohara @ShinShinohara
そして、敗戦により、子供たちは大人を信じられなくなり、大人も「民主主義の時代」に子供たちに何を伝えればよいのか、混乱した。思想的混乱が大人と子供の信頼関係を損ねたことが大きい。これも、軍国主義という、戦争に勝っているときにしか成り立たない「正義」を信じ込みすぎた結果だろう。
shinshinohara @ShinShinohara
そして、戦争で焼け野原になったことで、子育て環境が大きく損なわれた。大人は生活するだけで必死、戦争孤児も多く、盗みをはたらく子供も多く、生活苦で愛情を受けられない子供も増えた。戦争、そして敗戦は、江戸時代から大正まで続く「子育てシステム」を破壊してしまった。
shinshinohara @ShinShinohara
「体罰」は敗戦の混乱に秩序をもたらす強制的手段として、校内暴力の時代に根付き、「一定の教育効果」があると認識されてしまう結果に至ったのだろう。しかし本来、大人が尊敬すべき存在として生き、子供たちが大人を信頼するという、大正以前にあった環境を取り戻せば、体罰は不要なのだ。
shinshinohara @ShinShinohara
敗戦は軍国主義を否定しようとするあまり、日本で磨かれに磨かれてきた伝統的システムも一緒に抹殺する結果となった。軍国主義は一時期の熱狂であるから、これに対し冷静になるのは必要だが、伝統的システムを破壊するのは行き過ぎだった。もはや私たちは、伝統的システムを思い出すことすら難しい。
shinshinohara @ShinShinohara
体罰をなくすには、大正以前の子育て環境をどうにか思い起こし、再構築する必要がある。①大人が尊敬し信頼するに足る存在になること。②子供が大人を信頼し、十分に大人から学次官を確保すること。③軍隊という特殊例をロールモデルにするのではなく、大正以前のやり方を見直すこと。
shinshinohara @ShinShinohara
体罰が根付いた歴史、そして体罰が不要だった時代の歴史を見つめ直し、私たちは教育のあり方をもう一度再考する必要があるだろう。

コメント

shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月23日
まとめを更新しました。
狐謡 @Towa_towa_to 2013年1月23日
まあ、大人が今を否定して、昔は良かったと言ってるようじゃあダメだろ。自分自身を否定してるようなもんなんだから。負け試合にやる気が出ないようなもんで、まずは今を積極的に肯定しないと、子供たちも信頼なんかしてくれる訳がない。今を改善しようとする理屈が、今の大人が信頼に値しない事を改めて明らかにしてしまう負の連鎖。
sakai @SkiMario 2013年1月24日
「戦前に学校現場で体罰が行われていた形跡はほとんどない」ってホントかな?http://www.nupals.ac.jp/about/message/nhk-radio/nhkradio-02.htmlを読むと全く逆のことが書いてある。
sakai @SkiMario 2013年1月24日
法令でわざわざ「禁止」と書くのはそれが行われている(た)からじゃないかなぁ?
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月24日
Towa_towa_to 60過ぎの人が言うならそのとおりですね。社会を動かせる力を発揮できるのは30~55歳。私が60歳になるまでに、申し上げているような社会に少しでも近づけたらと思います。ご協力お願いします。
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月24日
SkiMario よく読むと、戦前の先生たちは体罰に肯定的だったとは書いていますが、その先生たちが体罰を受けながら育ったとは書いていませんね。この先生たちも兵役の経験があるはずで、軍隊での経験を教育現場でも効果があると勘違いした可能性もあり、どちらともいえません。
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月24日
SkiMario もちろんあったでしょう。私も体罰が全くなかったとは思いません。しかし、大正以前のさまざまな文献を見ても、体罰をよしとするような教師がみあたらないのですよ。そこは、ご紹介頂いたサイトが戦中の、まさに軍国主義が学校にも根付いていた時期の、体罰をよしとする教師が多かった時代と違っているところです。
sakai @SkiMario 2013年1月24日
ShinShinohara 「軍隊での経験を教育現場」が体罰の起源であるならば、戦前から体罰があったことになりますよね。軍隊は明治からあります。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E4%B8%96%E5%85%83%E6%BB%8B とかhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E5%AE%9Aに体罰を受けた話が載ってますよ。
sakai @SkiMario 2013年1月24日
ShinShinohara 体罰の良し悪しを論じた文献って例えばどういうものがあるんですか?もしネットでみられるようなものがあれば教えていただければ嬉しいです。
石部統久 @mototchen 2013年1月24日
SkiMario @ShinShinohara 体罰の実例集ありました。どうも公式に禁止でも現場はやっちゃってるとい今と変わらないようです。 1920年代の体罰の実例 http://clio.seesaa.net/article/314354009.html
狐謡 @Towa_towa_to 2013年1月25日
ShinShinohara 微妙に話が噛み合ってないな。結局、「今はダメ」って言ってる事は変わってないし、とんだ自己批判だなあとしか思えないけど。戦前を礼賛して、今を崩壊した戦後扱いして丸々否定してちゃ、今に「正しい事」を信じて生きてる人をムッとさせるだけでしょうに。自分たちが正しいと信じてる事が育つと思う所に「理想への希望」があるのであって、今の社会に理想が無いなんて否定されて、誰が付いてけるかいと。
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月25日
まとめを更新しました。
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月25日
Towa_towa_to 「丸々否定」してなどいないのにそう誤解されるようでは、確かに話がかみ合うはずもないですね。
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月25日
mototchen ありがとうございます。しかし、誤解される方が少なくないようですが、「体罰がない」といっているわけでないし、それを訴えたいわけでもないです。3つのまとめ(体罰の起源 http://togetter.com/li/437760 体罰の理論補強 http://togetter.com/li/438716 体罰が根付いた経緯 http://togetter.com/li/443947)の主眼は、「戦後、なぜ体罰をよしとし、効果があると信じられるに至ったのか?」を明らかにすることです。
shinshinohara @ShinShinohara 2013年1月25日
Towa_towa_to あと、私は戦前を礼賛する気はありません。それは「体罰の起源」などをお読みいただけばすぐ分かることです。
ぉざせぃ @hijirhy 2013年1月25日
教師(日教組とか)が左翼的で日の丸や君が代を否定したりしてることとは関係ないのかなぁ?
狐謡 @Towa_towa_to 2013年1月25日
@ShinShinohara 「そして敗戦は、江戸時代から大正まで続く「子育てシステム」を破壊してしまった。」「もはや私たちは、伝統的システムを思い出すことすら難しい。」「体罰をなくすには、大正以前の子育て環境をどうにか思い起こし、再構築する必要がある。」ここまで言い切っておいて、こちらの認識のせいすか・・・どう考えても、現代じゃ不可能と言ってるでしょう。再構築とはそういう事。
若林 宣 @t_wak 2013年1月25日
うわぁ、これは酷いデタラメだ。明治~昭和戦前期の本や新聞雑誌の記事をある程度読んでいれば、当時も体罰が行われていたことくらい知っているはずなんだけれどなぁ。
ヘルレイザー八頭大 @gainersanga 2013年1月28日
「昔はこんなに自閉症児は居なかった!」>単に自閉症概念が人口に膾炙しただけでしょ、というパターンの変奏曲かと。それっぽいストーリーが紡げたから事実だと即断してしまうのは厳に慎みたいところ。
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