脚本家・尾崎将也の脚本に関するつぶやきを集めてみました

これまでの、脚本の書き方や勉強法に関するつぶやきをまとめてみました。新しいつぶやきがあったら更新して行きます。ブログにはツイッターの文字数で書き切れないことを書いていますので、そちらもご覧ください。尾崎将也公式ブログ http://ozakimasaya.jp/blog/
映画 ドラマ 脚本 尾崎将也
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尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
脚本を書くには、部分を見る目と、全体を見る目の両方が必要。初心者の人は、部分を書いて積み重ねて行くと、自然と全体が出来ると思い違いをしている人が多い。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
「脚本を書いていて、詰まったりしないんですか」とよく聞かれる。脚本に限らず、何かを作っていて詰まるのは当然。そのときは「無意識さん」にお願いして、寝るとか遊ぶとかする。しばらくすると「無意識さん」が「こんなん出ました」と何か出して来る。「却下」と意識が言う。この繰り返し。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
生徒から「起承転結って、それぞれ何枚ですか?」とよく聞かれるが、数字はどうでもいい。問題は構成として機能するかどうかということ。「構成が機能する」とはどういうことか?ということを学んで行かなければならない。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
いい作品をたくさん見るのはもちろん、それらを分析することが必要です。 RT @8sekaiichi 『構成が機能する』ためには▷ よりたくさんの映画・テレビドラマ・ラジオドラマを鑑賞し、経験値を増やすのが良いのでしょうか?
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
脚本は、それぞれのシーンに意味や意図がないといけない。僕はこれをシーンの「おにぎり化」と呼んでいる。ドラマ全体がおひつにご飯が入っている状態ではなく、おにぎりがきちんと並んでいて、それぞれの中に梅干しとかシャケが入っているというイメージ。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
教室の生徒の脚本って、刑事ものに例えると、事件が発生して刑事が現場に向かうが途中で渋滞にはまってなかなか着かず、やっと着いたらすでに犯人は捕まってた、みたいな話が多い。とりあえず捜査(行動)しないと。または無事に現場に着けるかどうかをとびきり面白くするか。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
ドラマって、普通はとりあえず誰かと誰かが向き合うところから始まるものだと思うけど、生徒の作品って、まず向き合わない構造を作ってしまうことが多い気がする。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
才能は涸れるかも知れないが、知識やノウハウは一度身につけたら涸れることはない。才能は生まれつきという「過去」に属するものだが、知識やノウハウはこれから勉強するという「未来」に属している。自分に才能があるかどうかを心配している暇があったら、知識やノウハウを勉強する方が得。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
脚本には「WHAT(何を書くか)」と「HOW(どう書くか)」の二つの側面がある。ただ書きたいことを書けばいい作品になるというものではない。いい食材もどう料理するかでおいしくなるかどうか決まるのと同じ。しかし生徒には脚本の「HOW」がどういうことなのか理解するのは難しいことらしい。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
味付けも含めた「料理」そのものです。極端に言えば、畑でとれた作物を土のついたままゴロンと置くか、ちゃんと料理をして皿に盛りつけて出すかの違いです。 RT @symiki こんにちは。脚本のHOWは味付けと考えていいのですか?
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
さっき脚本を料理に例えたけど、この両者が違うところは「再現性」があるかどうか。料理は一定の技術があってレシピがあれば毎回同じものが出来るけど、脚本は二度と同じものを書くことはない。前にあの方法でうまく行ったので、またあれで行こうと思うと却って失敗することもある(経験的に)。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
〔脚本のテンポをよくするには?という質問への答えです〕ゆったりしたテンポで大事件もないのに面白い作品もあれば、事件を次々と詰め込んでも退屈な作品もあります。問題は描く中身(人間の感情や関係性やキャラクターなど)が興味を引くものかどうかということでは。 @wan_chan1
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
何かを勉強するには質問をすることが大切。でも本当に初心者のときは何を聞いていいのかすらわからない。ちゃんとした質問が出来るようになるかどうかが勉強が進んでいるかどうかのひとつのバロメーターになる。「それはいい質問だね」と講師とか教師を喜ばせることが出来たらかなり進歩した証。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
脚本を直す作業には、「不要なところを削る」と「必要なことを足す」の二つがあって、それをやって行けば完成度は上がって行く。でも「面白くなるかどうか」はそれとはまた別の次元に存在していたりするから難しい。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
映画やテレビドラマを見たら、そこにどんな物語の「型」があったかを考えて、頭の中に蓄積していくことが、自分も物語が作れるようになる近道。ジブリの鈴木敏夫さんが何かのインタビューで「映画を見たら、感想を書くのではなく、どんな話だったかを書け」と言っていたのは同じ意味だと思う。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
リアリティって、人よっても違う。「結婚できない男」の1話で40歳の誕生日を一人で過ごすシーンがあるが、男が自分の誕生日に一人でケーキを食べるか否かについて「大の男がそんなことしない」「いや、ついやってしまうものだ」と脚本の打ち合わせで男数人が侃々諤々の議論をした。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
「結婚できない男」が好きだと言ってもらえるのは嬉しいですが、脚本家志望の人はあのドラマをお手本にはしないことをお勧めします。「俺はこのままでいい、ほっといてくれ」と言い自分から行動しない人物は一般的にドラマの主人公になりにくいです。なんでそれでドラマが出来たのか自分でも不思議。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
「結婚できない男」がどうしてドラマとして成立したのか考えてみると、主人公が変化を拒否し自分のポリシーを貫こうとすることが彼の「行動」ということだろうか・・・そしてそれは女たちによって(ときには犬によって)敗北させられる。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
「物語」と「因果関係でつながった出来事が並んでいるだけのもの」との違いを生徒に説明するのは難しい。ひとつ言えることは、ちゃんと作られた物語は、観客をハラハラさせたり、しんみりさせたり、主人公を応援させたりして「感情」を動かす。それがうまく行かないと単に「情報」が伝達されるだけ。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
人生でドラマ的葛藤を初めて感じた記憶は「魔法使いサリー」の最終回。学校が火事になるが、魔法で火事を消すとみんなに魔法使いだと知られ、魔法の国に帰らなくてはいけなくなる。学校を守りたい、でもそうするとみんなと別れることに・・・生徒に心の葛藤を説明するときに今でもこの例を出す。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
昔は面白い映画を見ると、「これを作った人は才能があるんだなあ」と思っていたが、あるとき気づいた。面白いものを作れる人は、「どうすれば面白くなるかを知っている」ということではないか。だったら自分もそれを知ればよいのではないかと。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
「ドラマには葛藤が必要」というのは教室の生徒も頭では理解しているが、書いた作品は、ヒーローものに例えるなら、ヒーローが、悪者が暴れているのを横目で見ながら闘うかどうかを延々と悩むような話になることが多い。で、「ほら、葛藤してるでしょ」と作者は言う。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
何かを学ぶということは、車に例えると「車の構造を知ること」と「車の運転を身につけること」の二種類ある。脚本の勉強の難しさのひとつは、この二つの区別がつけにくいことだろう。車の構造の勉強をして運転しようとしても車は前には進まない。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
同じ価値観の二人の人物が「私はAだと思う」「そうだよね」と言っていてもドラマにはならない。「Aだと思う」「違う。Bだ」とならないと。多くの生徒は、自分と違う価値観を持った人をイメージするのが難しいようだ。これを克服すべく、人間に対する知識や見識を広めて行くしかない。
尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya
男は女がわからないとか、大人は子供がわからないとか、自分と違う人のことはわからないことが多い(自分のことすらわからないことも)。どんな大作家でも、「自分はもう人間のことは十分わかった」という人はいないのではないか。むしろ経験を積むほど、わからないことは増えていく気がする。
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コメント

尾崎将也(脚本家・映画監督) @ozakimasaya 2013年9月4日
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