スポーツ中継の解説とTwitterの共通点

スポーツ中継の解説とTwitter等での世の中の出来事や人への批判や非難、批評は構造がとても似ています。 例えば、決定的なチャンス場面でシュートを決める事ができなかった選手に、「あなたはあそこでこう動かなっから、見方がこっちに動けなくて、結果マンツーマンのマークをつかれシュートコースをふさがれた。」とある人が言う。 しかし当の選手本人の本音としては「そんな事言われましても....。」 としか言えないと思う。 この構造とTwitterでの批判や非難、批評の構造はとても類似していると思います。 続きを読む
日記
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けんちゃま @rodomangreat
先日ustreamのエンダンという番組でタレントの千秋が面白い事を言っていた。「サッカーの解説って必要あるんですか?」と千秋が質問する。するとユーザーからの回答で「
けんちゃま @rodomangreat
解説の人は、選手がこう動いて、こうボールがきて、ここを狙ってシュートが入った、とか言ってますけど、選手からしたらただ単に打ったら入っただけではないでしょうか?」、それに対し「私もコレだと思うんですよね~」と言う千秋。
けんちゃま @rodomangreat
たぶん千秋はTwitter等で、他人の事や世の中のニュースに好き勝手にあれこれ言う人に向けたダイイングメッセージのつもりで、こういう問題提起をしたんだと思う。この俺の見識も「解説」なのかもしれないが...。
けんちゃま @rodomangreat
Twitterでも、有名人や他人の事を勝手な見識や妄想であれこれ言うユーザーが多い。ただの喋りや議論ならそれでいいのだが(人間は一人一人違うからどうしてもそうなってしまう)、他人へ強要するかのような事を恰も自分が体験したかのように言うユーザーが沢山いる。
けんちゃま @rodomangreat
本人の事は本人にしかわからないのだ。だから俺は何かについて議論やお喋りをする事はあっても、他人に強要するような事を言うのは極力していないし、しないようにしている。自分に迷惑行為をした等よっぽどの事があった時は相手に強要をする。それがおれの中の本筋だからだ。
けんちゃま @rodomangreat
その強要行為を「しつこい」とか「迷惑ですからいいかげんにしてください」というユーザーがいるが呆れる....。まあ計算してそう言ってるんだろうが、あまりにも見え透いた計算は逆に自滅する行為だといい認識が無い事にも呆れる。
けんちゃま @rodomangreat
スポーツというのは見ている人間と実際にプレーしている人間では意識や見え方が全然違う。勿論解説の人が言った事の方が正しい事もあるのかもしれないが、だから練習方法等は指導者やコーチがアドバイスはできても、選手のプレーや試合の展開等についてはアドバイスしても無駄だし無意味なのだ。
けんちゃま @rodomangreat
俺も卓球をしていた時に試合中やセット間の休憩に一所懸命プレーのアドバイスをしてくる監督がいたが、中高生ながらにストレスを感じていたのを今でも覚えている。これを分かっていない指導者が未だに沢山いる事にまず驚くのだが....。
けんちゃま @rodomangreat
スポーツ以外でも同じだ。政治、勉強、仕事、人の心、人間関係、他国の事、自国の事、何でもそうだ。物事は「実際にしている人間」と、「それを見ている人間」では意識や見え方が全く違うのだ。
けんちゃま @rodomangreat
千秋「たまたま蹴ったらゴールに入ったのを、詳しく計算して作戦どおりにいって、入ったゴールだ、というのはおかしくないでしょうか?」映像→http://t.co/PvvePldQ
けんちゃま @rodomangreat
ユーザー「解説者は、選手達が無意識に偶然にやっている事を、解説しているだけなのではないでしょうか?」  千秋「私、これ(正解がこれ)だと思うんですよね~」→http://t.co/PvvePldQ
けんちゃま @rodomangreat
解説とは、机上の空論である by ken 1982~
ジョセフ・マーフィー・ボット @joseph_murphy_b
『人は、思考、感情、想像、信念といった内的世界と、五感を通して入ってくる外的世界の二つの世界に住んでいます。そして内的なものが外的なものを支配しています。』J・マーフィー
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