限定公開でまとめを作れば、相互フォローやフォロワー限定でまとめを共有できます!

「科学vs工学vs社会」という三項のせめぎ合い、その扱い方

関連してこちらのまとめも作りました。(2013/01/27) 『現在の規制委員会のミッションはあくまで政治的正統性の獲得にある 』 http://togetter.com/li/445717
活断層 STS 原発 社会 科学 工学
13639view 27コメント
55
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
見逃してたんだけど、去年10月末にこんな記事が日経に載っていた。(先日、ある授業で使った教室にコピーが残ってて知った。)「せめぎ合う理学と工学 原発が問う活断層の定義」 http://t.co/OiXXsDUB
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)いま話題になっている原発の安全基準における活断層論争の本質を突いてる良記事。どの先生が使ったのかわからんけど、これは確かに格好の授業資料だと思う。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ただし留意しなければならないのは、活断層問題でせめぎ合ってるのは、実は理学(科学)と工学だけではないということ。もう一つ「社会」というファクターもせめぎ合っている。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)これについて記事は「規制委の科学的な判断を曲げることなく、エネルギー安定確保という国家的な課題の中で社会にどう着地させるのか。原発の耐震強化など文字通りの工学的な解決策もあり社会的、政策的な手法もあるだろう」と述べてるが、この着地の仕方の判断に社会が加わる余地がある。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)この記事のポイントは次のようなこと。まず、これまでの原発の安全基準(耐震設計審査指針)では、「活断層」とは過去12万~13万年前以降に動いたものだというのが定義だった。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)これに対して地震学では、過去40万年以降に動いたものを活断層とするのが、今の地震学や地質学など地球科学の共通見解だそうで、原子力規制委員の島崎邦彦委員長代理(地震学)は、新しい安全基準もこれに合わせる方針でいる。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ちなみに記事に説明されているが、もともと耐震指針では活断層を「5万年以降」としていたのだが、未知の断層が動いた鳥取県西部地震(2000年)などを契機に改定され06年に「12万~13万年前以降」に改訂された。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ただしこの改定では、当初委員だった石橋克彦・神戸大学教授(当時)――東海大地震説の提唱者にして、今回福島で起きたような「原発震災」の危険性を最初に指摘した地震学者――は「50万年以降」を主張していた。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ところが、恐らくは「既存原発が1基も不適格にならない指針を目指していた」ことからか、この提案は拒否され、石橋さんは、結論に同意できないという理由で最終的には委員を辞任する。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ここには、記事が指摘するように、人間側の事情とは無関係な自然のメッセージを厳密に読み取る理学(サイエンス=科学)と、科学に基づきつつも、技術的達成可能性、費用対効果など人間社会の現実との折り合いを工学(エンジニアリング)との違い、せめぎ合いを見ることができる。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ただ、ここにある「人間社会の現実との折り合いをつける」という点にもう少しこだわると、せめぎ合ってるのは「社会」もだということが見えてくる。通常、この折り合いは「専門家判断」「工学的判断」と呼ばれたりするのだが、実はそこにはもっと広い社会的価値判断が含まれている。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)つまり安全向上にどこまでコストをかけるか、どのリスクなら受け入れられるか、安全確保に代わって何を犠牲にしても良いと考えるかなど、工学的判断の根っこは、世の中の人々がリスクについてどう考えるかにあるからだ。そこには、価値判断を誰がどこまで行うか、工学vs社会のせめぎ合いがある。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)ところで、この「科学vs工学vs社会」という三項のせめぎ合いという観点から見ると、311前後でその様相は次のように変化したということができる。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)まず311前。せめぎ合いの構図は「反原発運動(科学+価値判断)vs 国・電力会社(工学)」だった。ただし反原発の科学は得てして専門的な土台は弱い。専門家の数もデータも少ない(石橋さんはその数少ない専門家の一人)。このため裁判の場でも証言が正当に扱われないことが実に多かった。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)他方、国・電力会社が拠って立つのは価値判断を含んだ工学なのだが、しばしばこれは、価値判断を含まない科学のような装いに覆われていたのではないか。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)たとえば「想定外」とは、人知を超えた本物の想定外ではなく、想定はされるけれど発生確率が非常に小さいため無視してよいとする「想定除外」だ。そのように考えることは「割り切らねば設計なんてできない」という斑目・前原子力安全委員長の言葉の通り、割り切りであり、工学的判断の典型である。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)けれども多くの場合、原発の安全性に関する判断は価値判断を含まない客観的・科学的判断であると言われる。行政や電力会社、工学者自身がそう装ってきたし、世間の多くもそんなもんだろうと思ってきたのではないか。(「想定外は割り切り」と言った斑目さんは正直な方だといえる。)
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)それはともかく、とにかく311以前のせめぎ合いは、反原発の「科学+価値判断」と、科学であることを装い、価値判断の余地を隠した国・電力会社の「科学の装いをまとった工学」のせめぎ合いだったといえる。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)これに対して311以降は規制委が活断層の基準を科学寄りに厳しくする構えであるため、一体的だった国と電力会社の間に対立線が生まれた。そうなると、法廷でも真正面から科学vs科学または科学vs工学の専門的論争が行われることになる。これは日本では新しい事態(米国ではよくある)。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)今のところは国vs電力の論争は、活断層かどうかの「科学vs科学」になっている。島崎委員長代理は「予断を持たずにものを見ることが基本だ。自然の伝えることに耳を傾ければ一致する」というように、科学で決着できるとしているが、問題はそれだけでは片付かないのではないか。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)第一に、活断層かどうか十分な証拠をもって決定できないケース。この場合、「証拠不足」として活断層ではないものとして扱うか、予防原則的に考え、「活断層ではないという証拠も足りない」として活断層扱いするか(つまり挙証責任を規制委と電力どちらに負わすか)は政策的判断になる。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)第二に、仮に科学的に活断層だと確定できた場合でも、その断層が動くことによる事故リスクをめぐって、「廃炉過程含めても百年に満たない施設の存続期間やエネルギー安定供給の点から見て即廃炉は過大な対応ではないか」などの工学的議論が立ちあがってくるだろう。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)また、即廃炉以外に、記事が示唆するように、追加の耐震措置を施したり、住民の防災体制を十分なものにするなどの技術的・社会的・政策的措置で対応するという選択肢もある。いずれにせよ、問題は科学では決着しきれず、工学的・政策的判断になり、その意味で規制委の扱える範囲を超える。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)そしてここで留意したいポイントは二つ。一つは国と電力の争いが法廷に持ち込まれた場合、科学・工学の専門的論争を現在の日本の裁判所の体制で扱いきれるかどうかという問題。もう一つは政策的判断はもちろん工学的判断にも工学者・政策立案者・裁判官だけでは扱いきれない問題があるということ。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
続)要するに耐震強化など技術的対応や防災など社会的対応とそのコスト負担をどうするか、それでもゼロにはならない過酷事故のリスクを受忍するかどうか、何を取り何を諦めるかは、最終的には国民/市民が判断すべきことであり、通常は専門家や政策立案者、裁判官などに委任しているだけだということ。
残りを読む(6)

コメント

ありす @alicewonder113 2013年1月26日
あと、そもそも原発以外に食べる手段がある場合に、立地自治体は原発を選択するか、ということも考える必要があり、それは「地元」での意見をどう集約するかの問題と日本の地方の経済をどうするかの問題を組み込まないといけないと思います。
nekosencho @Neko_Sencho 2013年1月26日
「活断層かどうか」よりも、「そこがどれだけ地震が起きそうか」が肝腎なんだよね。地殻にどれだけ応力がかかってるかとか、そういう調査ってできてるのかな?専門家じゃないんでわからないけど
A.C.✨NCC1710hh2 @AerospaceCadet 2013年1月26日
40万年前以降に動いた物を活断層とするって定義とかね。もうアホかとね。40万年前なんてホモ・サピエンス出現の15万年前、東北は大方海中に在って富士山ができかけてるような頃だ。
A.C.✨NCC1710hh2 @AerospaceCadet 2013年1月26日
そんな時期に動いた断層の近くに原発が建てられないならそもそも日本列島に人が住んじゃいかんだろ馬鹿馬鹿しい。原子力規制委員会での議論は科学でもなんでもないよね。宗教というかそれより何か醜悪なものだ。
ステレ(菅野たくみ/ステージレフトP) @elderalliance 2013年1月26日
このまとめにある「科学」とは、ゼロリスク志向という価値判断すなわち「社会」ではないのか。そうであれば、本質は科学対工学ではなく、科学と工学の場でしか検討できない「社会同士の対立」である。
水面計@いつのまにかオッサン @W_L_G 2013年1月26日
科学と工学と社会の関係性は確かに重要だけど、それはVSでくくるような対立構造ではなくて相互に欠点と利点を補い合いながら発展を目指すべき種類のものであり、そこら辺の枠組みについてもっとみんなで考えるべきとは思うのだがね~(´・ω・`)
PlatoonLeader @442ndCombatTeam 2013年1月26日
理屈まで考えていざ物を作ってみれば「割り切り」無しでは作れないことがわかってくるんだけど・・・一般の人にそれは理解されないから、結局のところ説明(説得)するときは「絶対安全」等の表現になってしまうんだろう。
じげん (目には目を埴輪には埴輪を) @jigen_the3 2013年1月26日
断層の有無だけに留まらず断層の影響の程度や範囲、確率の程度まで含めて論ずるのが科学の範疇で科学という道具を用いてリスクとベネフィットと論じるのが政治の範疇。社会の各々が社会の中で科学と政治という道具の中で論じれば良いのでは?
LM386 @reddemon45 2013年1月26日
「自然の中に人間社会がある」「人間社会と自然は別」「人間社会をより快適にしたい」って事かな?100年単位で見るか10年単位で見るかの違い?
ねこつかわれ @sunaoh 2013年1月26日
この文脈で「原発が立てられないところには人は住めない」というほうがよほど宗教的かと思います。
Megatherium @Dairanju 2013年1月26日
纏められてるツイートに関して、ハザードとリスクの区別もない議論に何の意味があるのか。STSの専門家を称するのに、その区別ができない事を晒している時点で、どうしようもないとしか言いようがない。
Megatherium @Dairanju 2013年1月26日
地球科学で語れるのは、ハザード。でも、実際の設備の設置や維持管理で問題になるのはリスク。
Megatherium @Dairanju 2013年1月26日
あと、地球科学は、実験科学とは言えない面があるため、不確実性が大きい事にも注意が必要。
neologcutter @neologcut_er 2013年1月26日
「原発が立てられないところには人は住めない」 < ほーw 代々木とかに原発建てたら?
Megatherium @Dairanju 2013年1月26日
リスクに関しては、政治経済的要因が絡むため、純粋に科学的な観点でのリスク評価、というのものは存在しない。
Megatherium @Dairanju 2013年1月26日
平川氏が、自分の論に都合の良い科学的な主張を、自分と異なる主張への凶器として使いたいのだろうということが、まとめからは判る。
Megatherium @Dairanju 2013年1月26日
政治経済上の問題として、基準を厳格化し、既存施設を使用禁止にする場合、そのコストは当然、税金と電気代で賄う話。なので、活断層云々で再稼動不可、という人は、当然、その費用を賄うための増税+電力値上げにも賛同と言わねばならない。
MASUDA Kooiti @masuda_ko_1 2013年1月26日
理学的な活断層の定義にはこだわらないほうがよい。しかしこれまでの事業者寄りの安全審査の考えかたではなく、公共の立場から避けるべき危険を提示し、それと科学が答えられるものとの間の調整によって基準を決めるべきだと思う。
MASUDA Kooiti @masuda_ko_1 2013年1月26日
11月10日の時点でわたしが考えたことはこのブログ記事に書いた。http://d.hatena.ne.jp/masudako/20121110/1352567198
たりちぱ@・x・@ノ @tari_tipa 2013年1月26日
そもそも科学が答えられるのは「何万年前に動いた断層か?」までで、それを原発立地として考慮するべき活断層とするかどうかを決めることは科学ではないでしょう。平川氏は科学でないものを科学の範疇とすることで社会問題を無理矢理科学の責任問題にしようとしている。
bra-ketくん @mac_wac 2013年1月27日
何度か言ってるが、別にこの問題科学・技術に限らないよね。例えばアベノミクスの是非にしたって全く並列の議論ができるし。専門家が全て決める社会も、市民が全部口出す社会もたぶん上手く回らない。中庸はどこか。
シータ @Perfect_Insider 2013年1月27日
「科学を装った工学」とかいっても、そもそも批判者側が科学的知見を誤っているならそれへの批判が跳んでくるのは自然な話。価値判断が自明な場合には事実命題だけ述べるのは十分合理的(例えば「事故リスクは隕石が落ちてくる確率と同じ」は事実命題だが「だから無視してよい」はほぼ自明に含意されるのでわざわざ言わない)であって、それを「装っている」とかいうのは揚げ足取りに近い
ねこつかわれ @sunaoh 2013年1月27日
関連してこちらのまとめも作りました。 『現在の規制委員会のミッションはあくまで政治的正統性の獲得にある 』 http://togetter.com/li/445717
PlatoonLeader @442ndCombatTeam 2013年1月27日
要は原発が稼動してるうちに地震が起き、加えて事故にならなければいいわけで・・・ある、39万年前に動いた断層が、今後原発が稼動する予定の数十年間に事故に至る地震を引き起こすのかどうかと考えると、果たしてどれだけのリスクが・・・科学的な活断層が40万年より前で、それで立地NGだと言うならちょっと現実的な値でないような気はする。
NiKe @fnord_jp 2013年1月27日
なんでも対立構図に落とし込んで「理解」するのっておかしいと思わないんですかねえ。
undo(ドアの開けざまにママ張り倒せ) @tolucky774 2013年1月27日
えっとさ、なんであれいきなり警告もなしにブロックするようなまとめ主は対話する意志がなく、都合の悪いことはオミットしてるようにしか思えないのですが。フェアじゃないよね
ねこつかわれ @sunaoh 2013年1月28日
togetterのコメ欄でまともな対話が成り立つとは思っていないのと、そもそもコメ欄のクローズドオプションがなくなったことに不満があるのですが、その点、togetterの運営者の方としては、ブロックやコメント削除で対処してくれということなので、その様にしています。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする