Last Valentine. 【ツイノベ】

Twitter Novel 第二弾。バレンタイン短編です。
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泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 1)『ありがとう』と、塩崎くんは言った。たったそれだけなのにひどく泣きそうになった。

2013-02-12 20:10:17
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 2)馬鹿な話だ。フラれたのは5ヶ月も前のことだし、「これからも友だちでいてください」って言われちゃったし、その言葉通り、周りに人がいるときのあの人の反応はまるで今までと変わらないし、何事もなかったかのように人のお腹とか触ってくるし、

2013-02-12 20:10:32
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 3)隣に私がいるのに平気で自分の恋愛観語り出すし。おまけに以前以上に親密感が増したようで、いつの間にか定期的に遊ぶのがお約束になってる。そのくせ二人きりになると途端にぎこちなさを醸し出されるんだからこちらは溜まったもんじゃない。

2013-02-12 20:11:04
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 4)遊ぶのだって2人きりなんてことはなくいつも数人で、だ。…誘われてついつい会いに行っちゃう自分も大概馬鹿なんだけども。距離を置こうと考えたことだって今までに一度や二度ではないけど、ただでさえ同じ大学の生徒となれば嫌でも顔を合わせる機会は多い。

2013-02-12 20:11:31
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 5)おまけにここ英国じゃ日本人留学生同士の結びつきだって強い。感情をコントロールできればいいんだけど、早朝学部の建物内で不意打ちに彼と顔を合わせて「おはよう。今日は授業始まるの早いんだね」なんて言われるともうどうしようもなくて。

2013-02-12 20:11:54
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 6)お腹の中を小さな虫が転げまわるようにむず痒いのに一瞬にして幸せな気分になれる。あの人を見た日は口角が自然と上がって下手したら相当にやけてるかもってくらいに。馬鹿な話だ。初めて会ったときは好きになるなんて思いもよらなかったのに。

2013-02-12 20:12:23
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 7)自分のタイプとはかなりかけ離れてるし、無神経だし、変なところ生真面目だし、…それに塩崎くんはあと半年でスイスに行ってしまう。留学を終えた私が日本に帰国したって彼は帰って来ない。なにが極め付けって。生真面目な塩崎くんはそれまでに英語をもっと上達したくて

2013-02-12 20:12:50
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 8)3ヶ月前、ある制約を作った。“From now on I’ll lay a restraint on myself not to use my mother tongue. I thank you for your understanding.”

2013-02-12 20:13:19
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 9)「今日以降日本語を一切使わないことを決めました。ご理解のほど宜しくお願いします」と短く英文だけで書かれたメールは彼の英国に住む日本人の知り合い全てに送られたんだろう。冗談好きだけど、勤勉で努力家な塩崎くんだ。スイスで時計職人になると

2013-02-12 20:13:41
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 10)将来の夢を明確に持った塩崎くんだ。きっと彼はその制約を英国を出るまで守り続けるんだろうと思う。その日、届いたメールを開く前に塩崎くんに会った私は初め面食らってしまった。今まで普通に受け答えしてくれていたのに、その日の塩崎くんは日本語で何を話しかけても

2013-02-12 20:14:12
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 11)返しが英語。未だに私が彼を想ってることが勘付かれて距離を置かれたのかもしれないと一瞬目の前が真っ暗になったけど、そうでないことはすぐに分かった。どの日本人に対してだって彼は英語で切り返す。例え相手が日本語で話していても、だ。

2013-02-12 20:14:48
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 12)24時間絶対に英語だなんてどれだけ大変なことなのか、この留学生活で私だって十分に分かってる。ただ、話す言語が変わっただけで塩崎くんはいつもと全く変わらなかった。それでも私がショックだったのは、さ。

2013-02-12 20:15:05
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 13) 『俺言語を勉強するの本当は苦手で、習得も遅いし。でも時間がなくて、今目の前にあることで精一杯なんだ。…ごめん』 塩崎くんはそう言って私をフったけど、まさか自分の母国語を捨てるほど切羽詰まってたなんて思いもしなかったんだよ。

2013-02-12 20:15:48
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 14)2月14日はもれなくやって来た。スーパーのピンクに装飾されたプレゼントお菓子コーナーとか、気合を入れた花屋さん、ショーウィンドウすらバラの飾りで埋め尽くされている。町中一色のその雰囲気は忌々しいだけでしかないのに、

2013-02-12 20:16:27
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 15)その空気がうつっちゃったみたいにわくわくしている自分がいて。気付けば無意識に作っていたトリュフ。箱とリボンまで買い揃えて準備は万端だった。夜8時を回った頃、この時間なら塩崎くんも帰宅しているだろうと推測して外に出た。

2013-02-12 20:16:43
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 16)バレンタインだなんてほんわかしたイベントの日なくせにこの季節のこの時間じゃ既に真っ暗だ。ひんやりと頬を刺す冷たい風。マフラーをぐるぐる巻きにした首はあったかい。空を見上げると散らばる星に立体的な黒い雲が見えた。(夜でも雲って見えるのか)

2013-02-12 20:17:00
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 17)なんて当たり前なことを考えながら夜道をゆっくり歩く。イギリスの2月は寒い。学生寮、彼の住む棟の前までやって来てふと足を止めた。そういえば私、どうやって切り出したらいいんだろ。好きってことはもう向こうだって分かってるし、

2013-02-12 20:17:36
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 18)これ以上彼になにかをしてほしいなんて思ってもいない。今更手作りチョコとか、迷惑じゃない?自問自答し続けて5分くらい経ったとき、ふいに背後から声をかけられた。「Ayami?」塩崎くんが制約を作るまではずっと「綾美ちゃん」って呼ばれていたけど、今は呼び捨てだ。

2013-02-12 20:17:49
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 19)英語だし当然なんだけど。それでもそれを素直に嬉しいと思えない自分がいる。私は日本語を話す塩崎くんが好きだ。「今帰り?遅いね」私も英語で話さなきゃいけないのかな、なんていつも迷うけど結局はこれに落ち着く。食料品の入った手提げに視線を落としながら彼は

2013-02-12 20:18:05
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 20)「Was at the supermarket.」と返した。「そっか…」塩崎くんの“どうしてここにいるの?“と言いたげな視線にどう切り返そうか迷った挙句、私は直接勝負を挑んだ。「こ、これ…!」持っていた紙袋を差し出すと勘のいい彼は直ぐに理解したようだった。

2013-02-12 20:18:31
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 21)「と、トリュフ作ったんだけど…」彼が次の言葉を紡ぐ前に畳み掛ける。「あのね…っ?自分でも諦め悪いなって思ってはいるんだけどその、こういうの変に塩崎くんにプレッシャーとか迷惑かけちゃうのかなとかも分かってるんだけど…形にしないと私も爆発しちゃうっていうか…」

2013-02-12 20:18:48
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 22)「……」開きかけてた口を彼は再びつぐんで、私の話を最後まで聞くようにじっと私を見据えた。「フラれてからずっと一緒に遊んでくれてるし、普通に接してくれるし、すごく…ありがたいし嬉しいんだけど、ね…?時々つらいっていうか、どうしようにもならなくて…っ」

2013-02-12 20:19:03
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 23)そこで話に詰まって沈黙が下りる。彼と視線を合わせられないまま地面を見つめていると、少しの間を置いて塩崎くんは口を開いた。「…うん、知ってる」 日本語だった。

2013-02-12 20:20:04
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 24)「綾美ちゃんが我慢してるのも、つらい思いしてるのも、俺に気を遣ってるのも全部分かってるよ。…無理させてごめん」顔を上げると塩崎くんはくしゃりと笑っていて、私以上に彼が無理しているように見えた。「これ、嬉しい」

2013-02-12 20:20:14
泣宮アンガジュモン永 @sherrysky

#twnovel 25)紙袋を軽く上げて見せると塩崎くんは笑顔をほわりと緩ませて。彼は小さくそっと口を開く。私が前日何度もシミュレーションしていた彼の『thank you』は聞けなかった。片想いだって悪いもんじゃないかもしれない。一喜一憂。きっと今夜の帰り道も私の頬は緩んでる。

2013-02-12 20:20:37