即興小説『忍殺風「走れメロス」』（完結）

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

◆ 羊飼いの恐るべき脚力をもってしても、一夜にして約40キロの山道を駆け抜けるのは容易ではない。メロスは一睡もせず山道を駆け抜けたが、イナカに帰り着いたのは翌日の昼前であった。イナカの民も既に仕事を始めている。羊と遊んで暮らす羊飼いとて例外ではない。 1

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

疲労困憊でイナカに辿り着いたメロスの耳に、ヒュン、と風の鳴る音が聞こえた。メロスは左手の人差し指と中指を垂直にかざし、飛来したスリケンを受け止めた。アンブッシュ（不意打ち）である！ 2

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

直後、背後から、羊の群れが轟音をたてて迫り来る！　「イヤーッ！」メロスは振り向きながらの回し蹴りで、突進してくる羊たちを牽制した。メロスの蹴りの生んだ風圧に羊たちがタタラ・ステップを踏み、その群れの上からひらりとひとつの影が舞い降りる。 3

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

メロスの妹である。兄の代わりに羊を連れていたのだ。「お前か」メロスが呼びかけると、妹は兄の乱れた姿に眉をひそめた。「どうしたの、兄さん」「なんでもない」メロスは無理に笑おうとした。「街に用事を残してきた。すぐに戻らねばならぬ。明日、お前の結婚式を挙げよう。善は急いでも死なぬ」 4

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

妹は顔を赤らめた。「綺麗なハナヨメ・イショーも買ってきた。さあ、イナカの者たちに伝えてこい。結婚式は明日だ」妹にそう告げると、メロスは家に戻り、疲れた身体に鞭打って式の支度を始めた。メロスのエンカイ・ジツによって、たちまち家は宴の会場に早変わりする。ワザマエ！ 5

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

支度を終え、メロスは妹の結婚相手である羊飼いに話をつけねばとその家に向かおうとした。ネマワシは交渉の基本であり、これを怠ることは戦場でアイサツを交わさぬに等しい。だが、メロスの体力は既に限界であった。立ち上がったところで足がふらつき、メロスは倒れ込むように眠りに落ちた。 6

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

目が覚めると夜であった。メロスは大慌てで妹の結婚相手の家へ向かい、頭を下げた。「イッシンジョの都合で、結婚式を明日にしてもらいたい」相手は何のネマワシも無い突然の申し出に驚いたが、静かな殺気をたたえたメロスの視線を受け失禁した。「アイエエエエエ！　ヨロコンデー！」 7

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

結婚式は翌日の昼に行われた。式の最中、突如として降り出した大雨がイナカの野道に川を作り始める。その天気に不吉なものを覚えながら、村人たちは大いに祝宴を盛り上げた。メロスも王との約束をしばし忘れ、いつまでもこの家に留まっていたいとの思いに駆られた。メロスといえど未練はある。 8

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

だが、今メロスの身体はメロスのものでない。ままならぬことである。メロスは自分自身を叱咤し、一眠りしてから出発することを決意した。メロスは妹に近寄り、オジギをし「一眠りしてくる。起きたらすぐ出発する。大事な用事があるのだ」と告げた。 9

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「お前には優しい亭主がいるのだから、何も寂しいことはない。お前の兄の嫌いなことは、人を疑うことと嘘をつくことだ。亭主との間にも秘密を作ってはいけない」そしてメロスは花婿に向き直り、「俺の宝は妹と羊だけだ。全てあげよう。サヨナラ！」そしてメロスは羊小屋で深い眠りに落ちた。 10

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

目が覚めたのは翌日の明け方であった。メロスは跳ね起きた。ナムサン！　寝過ごしたか！　いやまだ充分に間に合う刻限である。（（（今日はあの王に人の信実アトモスフィアを感じ取らせてやろう。そして笑ってセプクしよう）））メロスはそう誓い、小振りになった雨の中を走り出した！ 11

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「メロス・ランナウェイ・フォー・ユウジョウ」 #2終わり #3へ続く

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「メロス・ランナウェイ・フォー・ユウジョウ」 #3

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

小降りの雨の中をメロスが走る。濡れた野道にメロスが足跡を刻む音以外、山に響く音はない。静謐の空間。 1

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

メロスは今夜殺される。殺されるために走っているのだ。身代わりの友を救うため！　王の奸佞邪知を破り、その名誉を守るため！　なんたるユウジョウ、そして高潔なる心か、と人は言うかもしれない。だがメロスとて若い男である。殺されるために走るのは辛かった。 2

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「ユウジョウ！」遠い友へそう叫ぶことで、立ち止まりそうになる己を叱咤し、メロスは走り続けた。やがて雨はあがり、トナリ・ソサイエティに辿り着く頃には、空は晴れ上がり、メロスの額にも汗が浮かんでいた。 3

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

ここまで来れば大丈夫、とノンキなメロスは思った。ゆっくり行っても間に合うだろうと、走る足を止めて歩き出した。ウカツ！　油断である。だがそれを諫める友もまたメロスのそばにはいないのだ。 4

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

そうして道のりの半分まで至ったところで、メロスははたと足を止めた。ナムサン！　昨日の豪雨のため、川が氾濫して橋が流されてしまったのだ！　メロスは呆然と立ちすくんだ。川は荒れ狂い、見渡す限り橋はなく、向こう岸へ渡る術は閉ざされている。 5

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

メロスは躊躇わなかった。「イヤーッ！」掛け声とともに、メロスは荒れ狂う濁流に足を踏み出す。　……なんたる光景か！　メロスは濁流に右足が沈む前に左足を踏みだし、左足が沈む前に右足を踏み出すことで、濁流の上を歩き出したのだ！　タツジン！ 6

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

羊飼いに伝わる水上歩行、バジリスク・ジツ（中国ではレツカイオー・ジツとも呼ばれる）により、メロスは無事濁流を向こう岸まで渡りきった！　ワザマエ！　しかしバジリスク・ジツはかなりの消耗をメロスに強いた。向こう岸の大木にしがみつき、メロスは荒く息を吐く。 7

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

顔を上げれば、既に陽は西に傾きつつあった。思った以上に濁流に時間を取られてしまったようだ。馬のように身震いをして、再び走り出すメロス。だがしかし、その眼前に今度は新たな影が立ちふさがった！ 8

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

現れたのは一隊のサンゾクであった。「邪知」「暴虐」と書かれたメンポに顔を隠し、黒いサンゾク装束を身に纏ったサンゾクたちは、それぞれ棍棒を手にしてメロスの行く手を塞ぐように回り込む。 9

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「ドーモ、はじめましてメロス＝サン。サンゾク・リーダーです」サンゾクのリーダーらしき男がアイサツした。「ドーモ、サンゾク・リーダー＝サン。メロスです」メロスはアイサツを返し、サンゾクを睨み据えた。「何をする。俺は陽が暮れる前に王城に行かねばならぬのだ」 10

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「ザッケンナコラー！」「スッゾコラー！」「シャッコラー！」「シャッコラー！」「シャッコラー！」「シャッコラー！」背後のサンゾクたちが叫んだ。サンゾク・リーダーは片手を挙げてそれを制し、言った。「メロス＝サン、貴様の持ち物全てを置いていってもらおう」 11

浅木原忍@31日西う25ab @asagihara_s

「俺にはこの命以外何も無い。それすらこれから王に与えに行くのだ」メロスが答えると、サンゾク・リーダーはせせら笑った。「その命をもらいに来たのだ！」メロスは悟った。「王の命令で待ち伏せしていたな……！　何たる卑劣！　慈悲は無い、サンゾク殺すべし」 12