『彼の悪夢』(上)

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Shimada Yuichi @chimada

あなたの悪い夢を見る。あなたはそこでなにを見ている。あなたが何を思っているのか。あなたに見えて、わたしに見えないもの。それが悔しい。わたしはあなたでありたかった。もちろん、わたしはわたしだし、あなたはあなたなんだ。それでも。わたしはあなたの見た悪い夢を、再演したいと思うのだ。

2013-02-03 23:56:37
Shimada Yuichi @chimada

世界のあと。アマクサ。「世界のあと」は時代。「アマクサ」は都市。わたしは「世界のあと」で、「アマクサ」に住む。かつて「世界」があった。それは神話だ。わたしたちの神話だ。ある日、「世界は眠りにつき」、その日、「前」と「後」の観念が発生した。それで、「世界のまえ」と「世界のあと」だ。

2013-02-03 23:59:09
Shimada Yuichi @chimada

わたしは「世界のあと」に生きる。「世界のまえ」には何があったのだろう。そこには〈少年〉がいたそうだ。そこには〈魔女〉がいたそうだ。そこには〈妖精〉がいたそうだ。そして。そこには〈世界〉があったそうだ。〈世界〉は今で言う、組織のようなものらしく。そこには異端(フリーク)が集った。

2013-02-04 00:00:49
Shimada Yuichi @chimada

神話はほんとうのことだ。少し、言い換える。神話はたとえ話だ。だから。そこには〈不死〉がいてもいい。〈獣人〉がいてもいい。〈英雄〉がいてもいい。そして。きっと。わたしもいてもいいのだ。「世界のあと」に生きるわたしは、どこにもあれないまま、なんとなく生きている。これは「眠った生」だ。

2013-02-04 00:07:12
Shimada Yuichi @chimada

ある日。わたしは崖の上で。海を眺めていた。fly away.だっさい歌の文句をつぶやいて。それから華麗に飛び込みをはじめた。ひゅーん。という音もなかった。あるのはただの瞬間。ひとは落ちるときには一気に落ちる。わかる? つまり、そこには曖昧がない。イエスかノォだ。わたしは越えた。

2013-02-04 00:09:32
Shimada Yuichi @chimada

一線がある。それを越えるものがある。そこで止まるものがある。わたしは越えたものだった。あっけない。まるで導かれたかのように、わたしは飛んだ。飛んで、落ちるはずだった。「ふむふむ」声がした。声? 届くはずのない声がわたしの耳に入った。それは手紙だった。「これは君のための物語なんだ」

2013-02-04 00:12:35
Shimada Yuichi @chimada

がらん・ごろん、がらん・ごろん、がらん・ごろん、がらん…………。鐘の音で。わたしは目が覚めた。「おはよ」だれにともなくわたしはつぶやく。小鳥につぶやいてもいいのだけれど、あいにく窓に小鳥は停まっていない。わたしは天草勇史子。学生。体型を気にするお年ごろ。朝ごはんが食べたかった。

2013-02-04 00:15:13
Shimada Yuichi @chimada

「おっはよー。ゆーりぃ」友達。友達。友達。友達がいる。それは、安全。それは、約束。それは、補償。学校には友達がいる。“だから”、学校に通う。そんなの、嘘。わたしが学校に通うのは。壊したいから。わからない、何かを壊したいんだ。学校は、壊すための道具や問題を与えてくれる、狩場なんだ。

2013-02-04 00:17:11
Shimada Yuichi @chimada

お年ごろのお友達の興味関心は男の子。なんかじゃなくて。女の子だ。女の子は女の子でありたいんだ。わかる? 女の子は女の子から外れるのが怖いんだ。だから、標準体型維持を過剰に気にする。だれも気にしていないって? 女の子が気にするんだ。秘密の花園。クローズド・サークル。一見様はお断り。

2013-02-04 00:18:58
Shimada Yuichi @chimada

がらがらがらん。教室の扉が開く。わたしは「彼女」があらわれたことに気づく。胸が痛くなる。どき・どき・どき・どき。割れよ、殖えよ。犯せよと。心臓がわたしに命令する。はいはい、ちょっと黙っててね。心臓の鼓動をわたしは隠す。まるで心臓そのものがはじめからなかったかのように。桐ケ谷濃霧。

2013-02-04 00:21:28
Shimada Yuichi @chimada

「のぉちゃん。おっはよー」わたしは精一杯に愛敬を振りまく。「ふん。ゆりゆりは今日も元気ね」のぉちゃん・こと・桐ケ谷濃霧(きりがやのうむ)は眼鏡・黒髪・痩身の。無敵の女の子なのだ。しゃっきーん。「ねぇ。ねぇ。わたし。わたしね」「朝から重い」すっぱりと。彼女はわたしを断ち切った。

2013-02-04 00:24:17
Shimada Yuichi @chimada

お弁当の時間。わたしは濃霧と食事をともにする。濃霧のお弁当は、カンペキだ。栄養バランス。パーフェクト。彩り・盛り付け。エクセレント。ちょっともらった卵焼き。「ああ。これが神か」「なぁに。あやしく浸ってんのよ。ゆりゆり」「ゆりゆり。いい響き。もう一度耳にささやいて」「このばか」

2013-02-04 00:26:45
Shimada Yuichi @chimada

桐ケ谷濃霧。その体型が、わたしには痛々しかった。痛いんじゃないよ。濃霧はきれい。触れたい。白くて薄い紙につつんで、漆の箱に大切にしまっておきたい。けれど。彼女の体型は病気だった。痩せているのだ。ひと目ではわからない。ふた目でもわからない。わたしにしかわからない。それは病気なのだ。

2013-02-04 00:31:21
Shimada Yuichi @chimada

「ゆりゆり。なぁに、わたしを見てんの」「いやぁ、ね。白い肌。赤い唇。黒い髪。まるでのぉちゃんは錬金術によって生まれた未知の美的生物だよ!」「何を言っているのかわからないけれど。なるほど。いいね。言い得て妙。っていうのかな。たしかにわたしはそうなのかもしれない」「ごめん」「いいの」

2013-02-04 00:33:01
Shimada Yuichi @chimada

やせている。も違うかな。ことばを重ねる。浮いている。消えている。閉じている。薄れている。隠れている。崩れている。弱っている。嘆いている。拒んでいる。疎んでいる。それになにより祈っている。それが桐ケ谷濃霧の体型だった。そう、まるで、目の前の彼女はここではないどこかにいるようだった。

2013-02-04 00:36:01
Shimada Yuichi @chimada

天草勇史子(ゆりこ)は友達だ。友達。いいことばだ。ことばがわたしたちを支配する。そのことに、だれも疑問を抱かないのだろうか。一度疑問を抱くと、だめだ。ひとつひとつのことばを疑うようになる。「このことばは、いったい何を支配するのだろう」なんて、そんなの、さみしいじゃないか。ねぇ?

2013-02-05 00:02:05
Shimada Yuichi @chimada

勇史子。わたしのリーズンデートル(生き方)だ。おそらく。彼女がいなかったなら。とっくにわたしはアマクサから浮いて、雲のなかに隠れてしまっただろう。そうそう。アマクサと、天草勇史子。アマクサは都市の名前。天草勇史子は友達の名前だ。はじめに何があるか。たとえば名前があるとしたら。

2013-02-05 00:05:33
Shimada Yuichi @chimada

わたしは濃霧。桐ケ谷濃霧(のうむ)。勇史子から「のぉちゃん」と呼ばれている。生きる時代は「世界のあと」。生きる都市は「アマクサ」。これがわたしのプロフィール(横顔)。けれど。プロフィールから、何がわかるというの。これだけじゃだめ。これを読まなくちゃ。そこから、わたしがはじまるの。

2013-02-05 00:07:25
Shimada Yuichi @chimada

もしも。はじめに名前があったとして。名前だけで何ごとか成すことができるか。もちろん。名前というのは呪文のようなもので、それは名付けられたものを支配する。支配。というのが言い過ぎならば、設定。あるいは影響。そういうものを名前は与える。「濃霧」はわたしに、「勇史子」は彼女に。与える。

2013-02-05 00:09:42
Shimada Yuichi @chimada

人は自分の名前を選べない。というのは一理あるだろう(もちろん、生き方によっては、名前を棄てることになる)。その時、人は自分の名前をどうするだろうか。受け容れるのが最上だろう。変えられないのだとしたら。わたしの価値がそう告げる。ただ。「はい、そうですか」とはいかないのだろう。

2013-02-05 00:12:00
Shimada Yuichi @chimada

これはわたし、濃霧が名前を棄てる話だ。名前を棄てる。それは、勇史子のせいじゃない。あの子は、とてもよくやってくれた。わたしのために、命を賭けてくれた。命を賭けて、そして失敗した。勇史子は生き残る。わたしは。名前を棄てたわたしは、それでも生きているといえるのかな。ねぇ、ダレカサン?

2013-02-05 00:14:07
Shimada Yuichi @chimada

アマクサは「登録」を求める。それはわたしが。そして勇史子が。アマクサに生きるためのものだ。それがなくては。わたしたちは浮いたまま。まるで神さまのように。神さまはいつまでもアマクサにはいられない。いつかどこか遠くに去ってしまう。だから。わたしたちはいつか神さまをやめる神さまなのだ。

2013-02-05 00:23:39
Shimada Yuichi @chimada

神さまというものを信じているか。信じる。とは言わせないで。「お話に登場する概念」だと言わせて。「たとえ話」だと言わせて。「虚構の存在」だと言わせて。けれど。わたしは。会ってしまったのだ。神さまに。間が悪かった? いや、たぶん違う。悪いのはアマクサだ。そしてわたしだ。勇史子は違う。

2013-02-05 00:26:18
Shimada Yuichi @chimada

あなたは。物に魂が宿るということを信じるだろうか。答えないで。これはあなたの話じゃないの。わたしと勇史子。ふたりの話なの。だれも立ち入らないで。覗くなら、それなりの立場をわきまえて。あなたはわたしに届かない。わたしがあなたに届かないように。まるで鏡のこちらと向こう。触れられない。

2013-02-05 00:29:24
Shimada Yuichi @chimada

物に魂が宿る。というのは。アマクサではありえる話だ。なぜなら。「宿すもの」がいるからだ。ボイスレター。「宿すもの」に依頼して作成する世界で一通だけの手紙。電子メールとの違いは何か。それは。手間がかかるということ。送るのにも、受けるのにも、時間がかかる手紙。それがボイスレター。

2013-02-05 00:31:43
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