2013年2月18日

スパイにされたひとびと(3)――撮影も取り締まりの対象に

 戦前・戦中の日本社会は、治安政策を強化・拡大させ、多くのひとびとをその影響下におくことに成功しました。最も声だかに流言・デマ統制が叫ばれたのもこの時期です。  以下では、そうした戦前・戦中の日本の治安政策の一例として、軍機保護法や要塞地帯法に触れたとされる事件を見てみましょう。今回は、軍事施設付近を撮影して検挙されたケースが中心にとりあげられています。朝日新聞による「スパイ防止ってなんだ・新聞週間を機に」という連載からの抜粋です。 関連まとめ: スパイにされたひとびと(1)――戦時下のスパイ防止法 続きを読む
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dabitur @dabitur

[quote] 今日はこのへんをひとつ。 /  「史跡パチリで警察に連行 スパイ容疑、9000人が取り調べ」連載「スパイ防止ってなんだ・新聞週間を機に:3」『朝日新聞』1986年10月14日朝

2013-02-18 23:08:08
dabitur @dabitur

[quote] 「外事警察概況は毎年、防諜(ぼうちょう)関係で検挙した人数を適用法令ごとに表にまとめている。*1940年*を除く、37年から42年までの5年間に、要塞*地帯法違反などで検挙された人は単純計算で約9500人にのぼる」(朝日新聞1986年10月14日朝)

2013-02-18 23:08:54
dabitur @dabitur

[quote] 「要塞地帯法は、指定区域内で撮影や模写(7条)はもちろん、住民が家を新、増改築すること、狩猟、原野のたき火まで、無許可では禁じた(9条)。ほかに、軍機保護法、国防保安法、軍用資源秘密保護法など*防諜関係法令集に載っている法律や施行令、規則などは80を超える」

2013-02-18 23:09:26
dabitur @dabitur

[quote]「『検挙例』は1人数行。住所、氏名、年齢(当時)、容疑事実が記されている。写真を撮った、日記に書いた、はがきを出した……こうした日常的な行動が『スパイ』と疑われ、取り調べを受けた」1986年10月14日朝

2013-02-18 23:09:43
dabitur @dabitur

[quote ]「この人たちに会い、当時の様子を聞きたい、と思った。*24人の消息がわかった」(朝日新聞1986年10月14日朝)

2013-02-18 23:10:01
dabitur @dabitur

[quote] 「元教諭(82)は東京・城北地区に住む。『万葉集の史跡めぐりをしていた。三脚を立て、シャッターを切ったとたん、村人の声がした。やがてお巡りさんがきて連行された。すぐ帰されたが、書類送検された。結局、不起訴になったがね』」(朝日新聞1986年10月14日朝)

2013-02-18 23:10:33
dabitur @dabitur

[quote]「金沢市。職工(19)。37年4月19日、舞鶴要港部で、手紙に付近の地勢、艦船の状況を書いた。軍機保護法。起訴猶予*公開中の軍艦『吾妻』を見学後*母へ手紙を、と思いついた。風景や船上から見えた停泊軍艦の名前をメモして監視兵に見つかった。『憲兵は怖かったよ』」ibid

2013-02-18 23:12:15
dabitur @dabitur

[quote] 「鳥取県。県立商蚕学校生徒(18)。37年*下関市の高杉東行像前で撮影。要塞地帯法。起訴猶予。*撮影後、いとこと2人で駅へ向かっていたら、警察官に『ちょっと来い』。夕方、釈放されると検挙記事が新聞に載っているのをみてびっくりした。『恐ろしい世の中だった』」ibid

2013-02-18 23:13:59
dabitur @dabitur

[quote] 「下関市。農業3兄弟。37年2月中旬から約6回にわたり、自宅前で記念撮影。要塞地帯法。3人のうち一番上の兄は罰金20円。*次兄は7年前死に、末弟はレイテ島で戦死。『出初め式で消防団員の写真を撮っていたら刑事に見つかった』」(朝日新聞1986年10月14日朝)

2013-02-18 23:14:29
dabitur @dabitur

[quote] 「なぜ見つかったか、という問いに『住民の通報だと思う』という答えが多かった。戦時下、町内会、青年団を中心とする相互監視が強まっていたことを、調べを受けた人たち自身も認識していた」(朝日新聞1986年10月14日朝)

2013-02-18 23:14:46

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