ジョン

後期後半~
0
わいぽん @Y0PON

さぁさぁ今回も始まりました、わいぽんさんのジョンまとめ! 前回の期末ではヨーロッパ諸国が産業革命によって力をつけた後、アメリカ独立戦争によってアメリカ合衆国が生まれた所までが範囲でしたね。 それでは、始めましょう。

2013-02-25 17:01:54
わいぽん @Y0PON

・フランスの借金問題 フランスはイギリスに次いで世界2位の大国で、アメリカ独立戦争でアメリカに加勢しイギリスに見事勝利したが、アメリカ独立戦争で勝ったにもかかわらず土地や金などの戦果が全てアメリカに行ってしまい(独立戦争だったから)それによって一気に借金まみれになった。

2013-02-25 17:02:27
わいぽん @Y0PON

あまりにその借金の額が莫大だったため解決策が見つからず、フランスの絶対君主、ルイ16世は絶対君主でありながらもルイ14世以降一度も使われていなかった身分制議会を招集する。

2013-02-25 17:02:42
わいぽん @Y0PON

・第三身分と身分制議会 身分制議会は三つの身分で以下のように分けられている(三部会) 第一身分 聖職者 第二身分 貴族 第三身分 平民

2013-02-25 17:03:19
わいぽん @Y0PON

啓蒙主義によって発生した啓蒙化によって平民も頭が良く、また数も第一、第二身分と比べて圧倒的に多かった為借金を返す為の案があったが、平民は立場が低く意見の優先度が低かった。 その為、第三身分は身分制議会という公的な場を利用して、第三身分の立場の格上げという内容の社会改革を求める。

2013-02-25 17:03:47
わいぽん @Y0PON

~フランス革命~ フランスは気候の良い農業大国で人口も食料も多い国であったが、1788年の夏が冷夏であった為に生産量が圧倒的に減り、人々が飢えて死んでいった。 飢餓は人が死ぬ為、国の問題のレベルとしてはとても重いもので、国民は国に対してどんどん不満をためていった。

2013-02-25 17:04:24
わいぽん @Y0PON

そして、1789年7月14日ついにパリの民衆が「国が運営する」バスチーユ監獄を襲い、この事件フランス革命が始まる。 (国が運営するものを攻撃する=国に対して攻撃するといった考え方) そして同年、パリの民衆は「人権宣言」というマニュフェストを発表する。

2013-02-25 17:04:56
わいぽん @Y0PON

民衆は、啓蒙主義によって個人の自由があったからこそこれを主張することができた。

2013-02-25 17:05:20
わいぽん @Y0PON

・フランス革命の反動 大国であるフランスで革命が起きたことによって多くの国が「フランスで革命が起きたのなら俺らだって…!」という流れで自国で革命が起きることを恐れ、フランス革命を止める為にそれらの国々はフランスに侵攻した。

2013-02-25 17:05:54
わいぽん @Y0PON

更にフランスの新政府の指導者達の意見が噛み合わなかった為、指導者間でギロチン(人の手で殺すのと違い、確実に人を殺せる処刑道具)を使った殺し合いが発生した。 侵略と指導者同士の殺し合いによってフランス内で人々がどんどん死んでいき、フランスは非常事態となった。

2013-02-25 17:06:15
わいぽん @Y0PON

~独裁者の発生~ フランスで非常事態が発生してる中、指導者の一人であったロビス・ピエールは「徳と恐怖」を用いて独裁政治を行うようになる。

2013-02-25 17:07:05
わいぽん @Y0PON

その「徳と恐怖」の内容は「徳のある行動(国に貢献すること)をしないと殺すよ?」といった内容で、これはある意味啓蒙主義に基づいた、共和国にふさわしい「新しい人間(徳のある人)に作り変える」というものとなっている。

2013-02-25 17:07:48
わいぽん @Y0PON

ロビス・ピエールはルソー社会契約論に影響を受けており、自分の中にある公(徳)と私の中で完全に私を捨て、公のみを求める事が理想であるとしていたが、あまりに理想を追求しすぎた為に国民が彼の思想についていけず、1794年にギロチンで処刑された。

2013-02-25 17:08:21
わいぽん @Y0PON

徳の無い人間を殺す為に作り出した処刑道具なのに、誰よりも徳を求めたロビス・ピエールがギロチンで処刑されるとは、なん皮肉な話なの!!!?!?!?アァン!!!

2013-02-25 17:09:09
わいぽん @Y0PON

~フランス革命の意義~ 大半が農民であるフランスだが、農民は先程書いた冷夏によって飢え、飢える事によって政治について真面目に考えるようになった。 そして農民が政治に参加するという新しい形の社会国家となり、国民達はナショナリズムを自覚した。

2013-02-25 17:09:46
わいぽん @Y0PON

そして国民達はナショナリズムによってフランスがスペイン、イタリア、ドイツなどの強国に挟まれているため、各国と戦争をする事によって安全を確保しようとする。 その際、激戦となることを予測したフランスは身分、職業関係なしに全ての男が兵となる「皆兵」の形を取る。

2013-02-25 17:10:16
わいぽん @Y0PON

これによって身分や職業を重視していた社団国家が解体となり、全ての国民が同一の権利と義務を持った国となった。 また、この結果国家の主役が貴族などの権力者から国民へと変わり、国民主権の形が取られるようになった。

2013-02-25 17:10:33
わいぽん @Y0PON

~国民主権~ 国民主権は文字通り国民が力を持つ政治の形で、今でいう「民主主義」である。 国民(世論)は選挙で国家・政府の人員を選ぶ。 それによって国民の意見と国家・政府の政治の方向性が完全に一致するため、国家の行う行動の正当性、権力が絶大になる。という政治の形である。

2013-02-25 17:11:09
わいぽん @Y0PON

例えば、国民が選挙によって選んだ政治家によって形成される政府が徴兵を行うと決めた場合、普通ならば国民は自分の命を守るために徴兵を嫌がるが、国民は自分の選択によって選んだ政府の決めた事なのでその命令を断るわけにはいかなくなり、徴兵を受けるようになる。などである。

2013-02-25 17:11:35
わいぽん @Y0PON

これによってナショナリズムがどんどん向上し、フランスは国民国家へと変化していくのだった。

2013-02-25 17:11:50
わいぽん @Y0PON

・フランス革命の成果 フランスはフランス革命によって国の形を大きく変化させたが、「国民国家」や 「ナショナリズム」などといった革命の成果を他国に対して戦争(侵略)によって伝えようとする。

2013-02-25 17:12:19
わいぽん @Y0PON

そして、革命の成果を伝えるという大義名分を持っているフランスは本当に国民国家やナショナリズムを他国に広めていった。 (なぜ戦争によって広めようとしたかは知らぬ)

2013-02-25 17:12:34
わいぽん @Y0PON

・ナポレオン・ボナパルト ナポレオンは元は超辺境の土地出身の下級貴族だったが、フランス革命によって時代は「生まれ」や「身分」よりも「(戦争の)能力」を求める時代になったため、1804年に国民の投票によって(国民主権の影響)皇帝に即位した。

2013-02-25 17:13:24
わいぽん @Y0PON

フランス革命では多くの人が死に、大混乱が発生していたため、国民はフランス革命を終息させたかった。 そのため、ナポレオンはフランス革命を終息させ、革命の成果を定着させる。 その定着の為に学校の設立なども行った。

2013-02-25 17:14:10
わいぽん @Y0PON

これらの事から、ナポレオンは戦争だけでなく政治の天才でもあり、理想と現実を両立した人間だと言える。

2013-02-25 17:14:26
1 ・・ 4 次へ