ザイバツ・ヤング・チーム #2
転移魔法陣の広間には既に、ソクシンブツめいた奇怪なネクサスの姿があった。床のゴミ溜まりじみてうずくまる装束姿へディミヌエンドは会釈し、進み出る。クアースとドモボーイは互いの目を見合わせる。示し合わせたわけではない。両者の心にあったのは、コトダマ転送に対する怖れである。1
2013-02-25 11:29:27謎めいたネクサスは、キョート城の古代超ニンジャ科学システムと自身のジツをリンクし、地上世界への限定的転送通路を作り出す。そもそも外界との繋がりを絶ったキョート城に彼ネクサスが出現したのも、このコトダマ転送の一貫なのだという。クアースらには、およそ原理の憶測すらできぬ突飛な話だ。2
2013-02-25 11:55:04「どうしたの?」ディミヌエンドが振り返った。「……」ネクサスも顔を上げ、フードの闇が二人の方に向いた。「何でも無いぜ!」ドモボーイはクアースに先んじて前に出た。クアースは顔をしかめた。「俺だって平気ですよ」 3
2013-02-25 12:06:06かつてのザイバツはポータル転送のジツを用い、侵略攻撃の要としてきた。ポータル転送は非常に困難なジツであり、転送過程で多くのザイバツ・ニンジャが事故死したという。ネクサスの転送はあれとは別種のものだとは聞いているが……「ビビってんなよ?クアース=サン」ドモボーイが挑発した。 4
2013-02-25 12:20:51クアースはもはや無視し、進み出た。ドモボーイも内心怖れているのは間違いない。ディミヌエンドは既に何度もこの転送システムを使用し、ニンジャクエストの経験を積んでいるらしい。あのスパルトイもだ。この前通りがかった、まさにあの時のように。「目を閉じて開けば、外よ」とディミヌエンド。 5
2013-02-25 12:32:46「始めてください」「……ハイヨロコンデー……」ネクサスは両手を掲げ、こすり合わせた。怪しげな呪詛じみた言葉がフードの闇の奥から漏れ聞こえはじめた。クアースは思わず目を閉じた。吐き気を催す重力消失の感覚が襲ってきた。「オゴーッ!オゴ01000100101001……」010010(6
2013-02-25 12:37:5701001グワーッ!」クアースはアスファルトに倒れ込んだ。「ゲホーッ!」「大丈夫?」ディミヌエンドが歩み寄り、クアースの背中に手を当てた。「平気ですよ。初めてではない……」ドモボーイの罵倒を予期した。だが彼は無言だ。やや離れた位置で仁王立ちする彼も、やはり衝撃に耐えているのだ。7
2013-02-25 12:49:52クアースは立ち上がり、空を、そして巨大バンブーめいて林立する独特の芋虫めいた金属柱を見渡した。転送先には事前にアンカーを仕込む必要があり、どこへでも自在に出入りができるわけではない。今回の転送先はネオサイタマ郊外の廃変電施設であるが、目的地はまた別だ。 8
2013-02-25 12:57:24キョート、ネオサイタマ、或いは荒野の廃研究施設。当初ネクサスのザゼンルーム唯一つであったアンカーポイントは、その後ギルドのニンジャ達の努力を通して、少しずつ増えて行った。どこでもアンカーにできるわけではない。強力な電力エネルギー、恐らくはネットワークの何らかの条件、様々な……。9
2013-02-25 13:03:25ディミヌエンドが携帯端末を取り出し、座標と方角を確認する。今回の目的地情報はクアースが持ち帰ったものだ。潜入先で拷問した傭兵ハッカーが、あるカネモチのオークション履歴を脅迫用途に所持していた。電算室でフロッピーを解析させたところ、無視できぬ規模の古物収集履歴が浮かび上がった。10
2013-02-25 13:45:58ドモボーイは当時のクエストに同行していた。機を見るに敏の彼はクアースの独自調査を嗅ぎつけ、自らを今回の件にねじ込んできた。(((不快な奴だ!だが、それはこの際いい。奴はどうせボロを出す)))ニンジャクエストの申請が受け入れられ、直々に任された事は、まずは殊勲。しかし……。 11
2013-02-25 13:50:55思えば、いまだ目立った成果も上げていない彼らに速やかに任が下った事実は、上層部がクアースの情報に対して半信半疑、さほど重要視していない事を示してもいよう。それを思えば喜びもやや濁る。しかも、お目付役じみたディミヌエンドの存在もある。 12
2013-02-25 14:05:46彼女がザイバツ入りして、まだ一ヶ月も経っていないのではないか?その来歴もわからない。それなのに随分と重用されている……クアースの思考はループした。彼女がドモボーイに喰らわせたカラテの手は早かった。恐らく、似たようなやっかみに常にさらされているのだろう。 13
2013-02-25 14:18:32彼女の実力は認めざるを得ない。だが、今回のクエストの手柄を彼女一人に取られるようでは、たまったものではない。先頭に立って歩く彼女の背中を眺めながら、クアースの心の中では、功名心や嫉妬、焦りといった感情がせめぎあっていた。彼は己の鎖骨のインプラントのあたりを手で触れた。 14
2013-02-25 14:35:42このインプラントが神経毒に対する耐性を高め、アドレナリンをセルフ・コントロールし、LAN直結時のカウンターフィードバックを防ぐ。ニンジャとなる以前、ヤンク上がりのヤクザ鉄砲玉時代に彼が行った手術であり、当時の先端技術だ。ニンジャとなった今も、このテックには助けられる事がある。15
2013-02-25 14:58:19焦りを覚えた時、彼は意識的、無意識的に、装束の上からこのインプラントに触れる。実際の効能以上に、これはモージョーめいた印でもあった。自分がドモボーイ達のような連中と違う、スペシャルな何かを持った存在であると信じる為の取り掛かり、ほとんど神秘的な拠り所なのだ。 16
2013-02-25 15:15:07「こんなモージョーまで持たされてよ」ドモボーイの言葉にクアースはどきりとし、白昼夢を中断した。「モージョー?ああ」クアースは左手首の合金リングを見た。ディミヌエンドにも、ドモボーイにもある。位置情報等のログを取る、旅客機のブラックボックスじみた代物であり……自爆装置でもある!17
2013-02-25 15:40:17キョート城から外界へ送り出されたニンジャには活動限界時間があるとされる。地上に出ようと、その魂はキョート城の琥珀玉座に強く結びつけられているのだという。組織保安上の理由から、その具体的限界時間、限界を迎えた際にどのような悲惨な出来事が起こるか、明かされていない。18
2013-02-25 15:46:30今のところ、クエスト中に逃走をはかって「悲惨な出来事」を引き起こした不名誉者は存在しないとされる。パーガトリーによれば、この装置は逆説的に信頼の証なのだという。不名誉な事態に陥る前に自らセプクする為の……或いは、極限の状況下で、己の命を使って仲間を助ける為の手段なのだと……。19
2013-02-25 15:52:57「……」ディミヌエンドが二人の会話を手振りで止めさせた。目の前の崖下にハイウェイがある。クアースは手をかざし、コメ畑に霞む地平を見た。ハイウェイを走ってくるトレーラーがニンジャ視力によって確認できた。「トレーラーだ」ドモボーイも言った。「運転手を殺して、足を頂こうぜ」 20
2013-02-25 15:59:35「バカか?バカだな?」クアースは言った「アンカーから近すぎる。トラブルを起こして回るのか?死体はどうする。捨てるのか?夜までかかって穴を掘って埋めるのか?それでキャンプか?キャンプファイアーするのか?トレーラーのガソリンでやるのか?」ドモボーイの眉間にみるみる血管が浮かぶ! 21
2013-02-25 16:05:40ディミヌエンドは二人の肩をどやした。「行くよ。トレーラーは使う。運転手は殺さない。簡単」答えを待たず、彼女は崖の斜面を滑り降りる。ドモボーイとクアースは額が触れるほどに顔を近づけ、血走った目で一秒睨み合った。そしてディミヌエンドに続いて斜面に飛び出した。 22
2013-02-25 16:10:27……ゴウウウ……90秒後、破壊的12連タイヤがハイウェイを噛む震動を感じながら、三人のニンジャは巨大トレーラーの黒い荷台上にうつ伏せに寝そべっていた。通過するトレーラーに並走し、タイミングをはかって跳躍、飛び移ったのだ。ニンジャ脚力ゆえに可能な芸当だ!運転者は気づきもしない。23
2013-02-25 16:19:27ネオサイタマ市街を離れたこの地域の空に重金属雲はなく、コメ畑は陽炎に揺れ、空のあちこちで霞状にわだかまる黒い影はバイオスズメの群れだ。バイオスズメはコメ畑プランテーションの副産物として異常繁殖した空のギャングであり、米ばかりでなく時には人をも喰らう危険な害鳥だ。24
2013-02-25 16:25:42