
カーブを曲がりきれなかった小型車は角の信号機に激突した。運転席を潰されながらも勢いは止まらず、信号機を仇のように抱き込み、そして泊まった。その影響で一帯は停電し、近隣住民は何事かと事故現場を囲む。その野次馬達の頭上で、赤信号が明滅する。その間隔は乱れ、遅くなり、そして消えた。
2011-01-31 01:17:41
ある朝、古びた扇風機が集積所に転がっていた。外見には年期以外の傷もなく、作りがシンプルなので直せるだろうと踏んで持ち帰る。テスタで電気系統に問題がないことを確認するとコンセントを差し込む。ボタンを押すとくすんだプロペラが回る。頼りない風を受けながら、そっと前面のカバーを外し、顔を
2011-01-31 01:26:18
施設内の全ての警報がけたたましく鳴り響く。しかし、職員は誰ひとりとして動かない。時刻は深夜二時を回っている。幸い、麓に放水を知らせるサイレンは沈黙を守っている。一分ほどで、その大合唱は鳴り止み、職員達は形式だけの安全点検を行う。そして、神棚に置かれた不似合いな人形に黙祷を捧げた。
2011-01-31 01:33:30
足元の白い紙片。見慣れた形状でそれがテレカだと気づき、即座に拾った。機械に通すと540の斬数表示。大喜びで使った。使いまくった。そして気づく。うっすらと、その表面に人の顔が浮かび上がってきていることを。使う度に陰影が濃くなりその顔は微かに見覚えがある。もっと……はっきり見たい。
2011-01-31 01:47:39
岸壁のベンチに座り、足をぷらぷらとさせる。その時、踵に何かが当たった。引っ張り出してみると、それは薄汚れた時代遅れのピンクのポーチ。それを海に投げ捨てる。「待ってた」 嗄れた声とともに背中にかかる重みに引きずられ、そして海水が気管を襲う。顔中がずたずたに裂けた女がにやりと嗤った。
2011-01-31 02:05:02
夭折した歌人の自紙出版本がとある古書店から発見され注目を浴びた。そして最後の歌が歌碑に刻まれ、村を見下ろす丘の上に建立された。それから五年後、村は殆どの者が死に絶え、命ある者は村を捨てた。丘の上の歌碑は静かに、滅びた村を見下ろしている。そこに刻まれた歌の意味に、誰も気づかぬまま。
2011-01-31 02:20:45
@ts_p『病葉の、積もる木陰に我を見る』労咳に冒された友人Kが、喀血し事切れる前に詠んだ句でございます、と焼香を済ませた私に、奥方が伝えてくれた。彼女の背中から、するりと青白い腕が伸び、首に手をかけていた。道連れにするつもりか、と往生際が悪い友人に失望した私は早々に立ち去った。
2011-02-28 20:01:46
大好きな彼の携帯を拾ったから、喜んで持ち帰ったの。明日渡すつもりでね。落としたのじゃなかったのね。携帯の待ち受けの髪の長い女がずっと繰り返すの。「邪魔だから捨てたのね・・・」
2011-03-06 22:29:19
朝の並木通りを、新鮮な空気を吸い込みながら歩くと、足元に白い物体が漂うのが見えた。それは綿毛に包まれた種子だ。ポプラは開花を終えるとこの綿毛達に種を託す。手触りが羽毛に近いそれは、ふっと息を吹きかけると空に舞った。次の瞬間、街路樹が一斉に揺れた。まるで手を振り見送るように。
2011-04-28 03:14:22
Yデッキのベンチの上に、何処にでもあるような大学ノートが一冊。表紙には汚い字で「ネタ」の二文字。ぱらぱらとめくると、中には五線譜が引かれ、音符が踊っている。ここを拠点にしているバンドの忘れ物だろう。放り出そうとしたがノートが手から離れない。あっという間に俺は、新たな音符になった。
2011-04-28 03:24:17
「これです」鑑識官が提示したビニールの中には、かなり使い古された鰐皮の財布が入っていた。禿げた黒い色、サイズなどからみて男物だろう。中には札束がぎっしりと詰まっている。「これがヤツの喉に詰まってたんだな?」「ええ」喉どころか口に突っ込むことすら困難だ。財布の表皮がじっとりと光る。
2011-04-28 03:33:29
「ほら、みろよ」秋月が指差した先に、段ボールにぎっしり詰め込まれたぬいぐるみがあった。それは、ここが英会話スクールだった頃のマスコットだろう。不細工なそれが恨めしそうにこちらを見る。「汚ねぇな」秋月が箱を蹴った瞬間、全ての人形が消えた。そして、天井からギチギチと無数の囀りが……。
2011-04-28 03:40:38