「群像劇」を「群像劇」として理解してもらうための挑戦とその難しさ――「おとボク2」を題材として

部分的にだけリツイートとかお気に入りにされているのですが、「一連の」投稿ですので、切り離さずに読んでもらえれば、と思いまとめました。 連投した投稿だけではわかりにくいむきもあろうかと、たっぷり補足説明をつけてみましたが、いかがでしょうか?
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きっかけは @izumino さんのまとめでした。

まとめ 「主人公だけで作品を見る」受け手にどう対応するか 泉信行さんの「群像劇」と「主人公」観点について - Togetter http://togetter.com/li/472531 ↑でもまとめていただいてましたが、自分のTLも含めて作り直してみました。 33904 pv 380 59 users 2
takayan | タテ線の人 @takayan1964

これこれ、まさにこれ。(1も多少あったがはるかに)「群像劇」として見られないと面白さが大幅減少してしまう「おとボク2」。 @izumino さんの「「主人公だけで作品を見る」受け手にどう対応するかという難問」をお気に入りにしました。 http://t.co/1snhYlr41l

2013-03-16 23:57:41

「おとボク2」

公式サイトだけ紹介しておきます。ポータルもあるにはあるのですが、半分死にかけていたり。

(PC版-18禁ですが、この入口ページだけは18禁要素のないFlash Movieのみ) http://www.caramel-box.com/products/otoboku2/confirm.html
(PSP版-全年齢) http://products.alchemist-net.co.jp/products/otoboku2/psp/index.html
(シナリオライター本人によるノベライズ版) http://ga.sbcr.jp/novel/otome/
※4冊出ていますが、4冊目の内容がまだ反映されていませんorz

泉信行 @izumino

様々な反応を見るに、「主人公でなければ群像劇でなければならない」とミスディレクションさせやすい書き方だった観もある。群像は手段のひとつであって、「思い入れだけで見る」観客をどう取り除くか…が主題であり本命だと思うので http://t.co/GaXeMjvgwu

2013-03-17 00:27:55

@izumino さんの「論じてほしい点」を確認して、私の連投が始まります。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

「主人公だけで作品を見る」受け手にどう対応するか:「思い入れだけで見る」観客をどう取り除くか…が主題であり本命だと思う https://t.co/09H1KME6vA ということなので、「おとボク2」を例に取りつつ、簡単に述べてみます。それでも連投になりますごめんなさい。 (1)

2013-03-17 01:14:28
takayan | タテ線の人 @takayan1964

まず前提として、一般的なラノベやエロゲは、主人公のラッキーをちょっと脇から、あるいはストーカーになって真後ろから、のぞき込むように楽しむモノとして作られているので、そこに「群像劇」があるとしても、そのことがとても意識されにくいと思います(異論は認める)。 (2)

2013-03-17 01:16:50

(補足) (2)(3) については、あくまでも「男性向け」の作品に限定して話しています。女性向け作品はもともと「群像劇」であることに何ら不思議がないので、こんな考え事をする必要などないはず。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

なので、どうしても「群像劇」であることを意識させたい場合、手っ取り早いのはいわゆる「中二」な話や「セカイ系」な話にしてしまうこと。これだと、遠くから眺めることを意識せざるを得なくなるので、「群像劇」として見てもらえる可能性が高まります。「るいは智をよぶ」あたりはその好例。 (3)

2013-03-17 01:21:01

(補足) いわゆる「同じ目的のために戦う仲間」的な。

「るいは智を呼ぶ」 http://www.akatsukiworks.com/product/ruitomo/index.html (18禁) は、まさにそういう仲間の中に、やむを得ない事情で女装している主人公も混ざっている、という、実にうまい設定になっていて、特段意識しなくても「群像劇」として受け止められています。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

ところが、「おとボク2」は、前作に引き続き主人公にいったん感情移入してもらった上で、女学生同士の心の交流にもっとはいりこんでもらおう、というコンセプトになっています。主人公すら群像劇の一メンバーとして、完全に溶け込んでしまうことが求められる物語構造になっています。 (4)

2013-03-17 01:25:52

そこに、各話のサブタイトルだけは「中二」だけど、内容としては「中二」でも「セカイ系」でもない作品で「群像劇」を描くことにした「おとボク2」が登場。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

で、「これは単なる主人公の物語ではないぞ」と理解してもらうために、作り手は何を用意したか。まず、第一話を、わずか3日間の話にして、徹底的に寮生たちの関係性を追う話にしました。美少女ゲームなのに選択肢も全くなし(これは第二話にも続いている)、という大胆な「選択」とともに。 (5)

2013-03-17 01:30:10

(補足) まあ、このテの作品ではどうしても「キャラクター」に注目が集まりがちですが、ヒロインたちの萌えポイントを強調するような「イベント」があるわけでもなく、ひたすら登場人物間の「関係性」にスポットを当てていく描き方は、(2)で述べたような前提からは、「常識はずれ」と受け取られても仕方ないものです。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

さらに第二話では、女装系ゲームの「肝」のひとつである「男バレ」の場面をうまく絡めて、まわりの人たちの寛容さと気遣いとがあるからこそ主人公が「群像劇」の一登場人物で居続けることができる、という印象を植え付けようとしたわけです。さて、それで結局どうなったか。 (6)

2013-03-17 01:38:43

(補足) ただし、この「男バレ」の速さから、それをこそ女装主人公ゲームの醍醐味、と考えている方々からは「なにあれ」と敬遠されてしまう、という「オマケ」がついてしまいました。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

実は、それを理解できた人より、できなかった人のほうが多かったのではないか、という気がしています。前作の一部キャラクターの強烈な印象から、今回も主人公+ヒロインキャラクターのインパクトを求めた人が多かったですし、そのような人たちはかなりの割合で「撃沈」していきました。 (7)

2013-03-17 01:46:12

(データによる補足) 某通販サイトの「ベストオブ美少女キャラ2010」投票結果における千早・薫子両「お姉さま」の順位差(ちなみに2位と27位)からも、千早(主人公)以外のキャラクターに大いに萌えられた人が少なかった、という事実が見えてきます。

http://www.amazon.co.jp/gp/feature.html?ie=UTF8&docId=3077055496

takayan | タテ線の人 @takayan1964

で、残ったのはどんな人たちかというと、「第一話と第二話に秘められた意図」を理解できた(たぶん)ごく少数の人と、外伝小説兼1と2とをつなぐ物語である「櫻の園のエトワール」を正しく「群像劇」として理解することができた人たち(これは多かった)。 (8)

2013-03-17 01:49:59
takayan | タテ線の人 @takayan1964

では、なぜ「櫻の園のエトワール」を「群像劇」として理解できた人が多かったか。答えは、そこには「女性」しか登場しなかったから。この物語の「主人公」である七々原薫子は、ちょっと男っぽいところもある書かれ方をしていますが、それでも悩む姿はどうしようもなく女性のそれでした。 (9)

2013-03-17 01:59:41
takayan | タテ線の人 @takayan1964

「女の中に男が一人」の構造を「女性だけ」の構造に変化させることにより、それでも女性の登場人物に素直に感情移入できる人は普通に楽しめ、そうでない人も「遠くから眺める」しかない状態において、物語の世界観や雰囲気の助けを得て、「群像劇」の楽しみ方を覚えることができたのです。 (10)

2013-03-17 02:05:51

(補足) 「おとボク」シリーズ最大の特徴と言っていい「あの雰囲気、あの世界観」(こうとしか言えないところに「プレイしないとわからない」作品を解説することの難しさを感じます)は、ここではおおいにプラスに働いたわけです。

takayan | タテ線の人 @takayan1964

よって、「櫻の園のエトワール」を楽しんだ人たちは、あくまでも「乙女たち」が主役の学院に飛び込まされた「女装美少年主人公」が、どう立ち位置を獲得し、どう「群像劇」の一員として乙女たちとの関係性を育んでいくか、という物語構造を「当たり前のもの」として捉えることができたのです。(11)

2013-03-17 02:11:41
takayan | タテ線の人 @takayan1964

もちろん、「櫻の園のエトワール」は楽しめたものの、その「群像劇」構造の中に男をひとり戻したらついていけなくなった、という人もいるにはいるのですが、それは残念ながら読解力か想像力が少し不足していた、ということなのでしょう。 (12)

2013-03-17 02:15:04