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2013年3月20日

『支那』という言葉について

※注リンク先は全部読んで欲しいですが最低でも 支那 - 閾ペディアことのは http://www.kotono8.com/wiki/%E6%94%AF%E9%82%A3 を読んで戴かないと話についていけないと思います 続きを読む
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yunishio @yunishio

中国を「支那」と呼ぶことが定着するのは意外に歴史が浅いんじゃないかな。これこれこの文献に用例がありますよ、というのはあまり見たことがないなあ。

2013-03-19 22:25:15
yunishio @yunishio

自分は織豊期の『信長公記』を読んでいるので、そこで「震旦」と表記されているのは知っている。確たる根拠はないけど「支那」表記ってどうも江戸くさいんだよなあ。http://t.co/QGdzxFE5aP

2013-03-19 22:27:14
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@yunishio たしかシナ亡国三百周年だかの横断幕張ってる孫文らの画像をどこかで見た記憶が……なんでみたんだったかなぁ……

2013-03-19 22:28:00
yunishio @yunishio

@Historian_nomad なるほど…。孫文ということは、民国以後ですかね。そのころは中国でもそれなりに広く使われていたっぽいのですね。

2013-03-19 22:30:43
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@yunishio というか、たしか革命家連中が逆輸入してたような……あああソースなんだったかなぁほんとすいません

2013-03-19 22:32:26
yunishio @yunishio

@Historian_nomad 逆輸入!?というのは、日本から中国へ持ちかえったということですか。それは意外ですね。オレが想像してるのは、中国で「支那」とか書いてたのはインテリだけで庶民には浸透していなかった。一方、日本では江戸時代から庶民もそう書くのが広まったのかなと。

2013-03-19 22:35:16
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@yunishio ……あの表記って、ヨーロッパ人がChinaChinaいうてるのを日本人が漢字に移してそれを留学した革命派学生が持ち帰って「中華は清ではない!だからシナと呼ぼう!」じゃなかったでしたっけ……?少なくとも自称としてあんなもん使いませんよ字面からしても

2013-03-19 22:37:04
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@yunishio http://t.co/bn3tp8dpKO 思ったよりとんでもない由来と歴史があって戦慄しました 一応自分らでも使ってたんですね…… でも中国における自覚的利用はやっぱり前述のものでよさそうです(厳密には逆輸入じゃなかったですが

2013-03-19 22:38:55
蕭宝寅 @syouhouin

@Historian_nomad @yunishio 支那の用例はWIKIだと空海の詩文集が初出という事になってますね。大蔵経を検索すると引っ掛かったので、南北朝後期くらいが初出のようです。意味としては中国というか中華帝国というか天朝というか、あんまり近現代と変わらないようです。

2013-03-19 22:40:32
yunishio @yunishio

@Historian_nomad 初出はけっこう古いんですよ。経典にある言葉を漢語に音訳したものなので、はじめは僧侶しか使ってなかったはずです。それが庶民にまで浸透し、かつ他の表記よりも「支那」表記が圧倒的になるのは、たぶん日本では江戸時代くらいなんじゃないかと…。

2013-03-19 22:45:11
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@yunishio wikiみると江戸後期に「中国を王朝ごとじゃなくてもうちょいでっかくまとめた呼び方決めようぜ」って遣われだしたとありますね あと亡国集会1902年でした、思い出した宮崎蹈天の世界史サイトで見たんだ

2013-03-19 22:46:31
yunishio @yunishio

@kotono8 @Historian_nomad おー、これは力作ですね。いまからちょっと拝見します。

2013-03-19 22:52:28
yunishio @yunishio

@syouhouin @Historian_nomad へえ、空海が日本では初出なんですね。よく分からないのが、音訳には「震旦」「脂那」など表記にいくつかのバリエーションがあったのですが、そのうち「支那」表記が他の表記を圧倒して、支配的シェアを獲得した時期が…。

2013-03-19 22:47:58
蕭宝寅 @syouhouin

@yunishio @Historian_nomad 音訳の場合、正直なところどれでもよくて、たまたま目につきやすいものに書かれた奴が広まるというケースもあるんですが、日本だとどうなんでしょうか?

2013-03-19 22:50:30
yunishio @yunishio

@Historian_nomad なるほど。そういえば江戸時代の文献ではよく「唐土」という表記を見ますね。オレ自身そんなに江戸時代の文献を見ているわけではないですよ。にもかかわらず目にしたことがある、ということは。逆に「支那」は見たことがない。

2013-03-19 22:52:02
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@yunishio うーむ不思議ですねぇ……少なくとも清末民国に日本から革命派が持ち込んだのは確かなようなんですが……

2013-03-19 22:53:26
蕭宝寅 @syouhouin

『宋史』490 天竺国 の部分に天竺国からの使者の文章を翻訳させた結果、宋が支那になっていると思しき部分があるけど、漢文の読みがあってるかがわからない。どこまでが固有名詞だ、これ。

2013-03-19 22:53:22
蕭宝寅 @syouhouin

『宋史』該当部分引用 太平興國七年,益州僧光遠至自天竺,以其王沒徙曩表來上。上令天竺僧施護譯云「近聞支那 國內有大明王,至聖至明,威力自在。每慙薄幸,朝謁無由,遙望 支那 起居聖躬萬福。光遠來,蒙賜金剛吉祥無畏坐釋迦聖像袈裟一事,已披掛供養。伏願 支那皇帝福慧圓滿,(云々)

2013-03-19 22:53:40
遊牧民@積読の長城を超えて @Historian_nomad

@syouhouin 言ってることはなんとなくわかるけど後半あれこれ何処できるんだってなりますね

2013-03-19 22:56:44
蕭宝寅 @syouhouin

@Historian_nomad 「支那皇帝」ならば支那は宋じゃないと訳文としておかしなことになる。天竺の親分は「其王」だから王号だし、この文脈で君主なのはもう宋皇帝しかのこってない。だから宋=支那だとは思うんですが。

2013-03-19 22:59:24
蕭宝寅 @syouhouin

大蔵経で支那って検索すると「摩訶支那」っていう国も引っ掛かっているようだ。実は全部違うとか? 仏教系のって読みにくいうえに正解が確信できないから困る。

2013-03-19 22:45:45
蕭宝寅 @syouhouin

南朝や隋に来てる外国からの文書では皇帝や天子もしくはそれに仏教的な冠語をつけている。支那皇帝やら支那天子はないなぁ。だから北宋太宗期の時点で「支那」という訳語が成立してたんだろうな。

2013-03-19 23:02:29
蕭宝寅 @syouhouin

こうしてみると支那は仏教ちっくなんだよなぁ。

2013-03-19 23:05:27
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コメント

蔣捷 JIANG JIE @jiangjie2015 2015年3月3日
平家物語に「支那震旦に出て…」というくだりがありますな
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蔣捷 JIANG JIE @jiangjie2015 2015年3月4日
太平記にも「支那四百州」とあるので、日本での用例は中世までさかのぼりますね
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