【いつまでたっても上達しない?日本人にとっての英語】

高額なスクールに通い続けたり、英語教材を買い込んだりする反面、いつまでたっても成長しないと言われる日本人の英語。そもそも日本人に英語はいるのか?いらないけど学びたいという人はどうすればいいのか。僕なりの考えをまとめてみました。
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セレン@英語キュレーター @cellen0
この後まとめツイート【日本人にとっての英語】を行います。堅苦しいものではないけれど、僕なりにいろんなものと向き合って書いたものです。とても穏やかな気持ちで書きました。お時間があればお付き合いください。
セレン@英語キュレーター @cellen0
日本人にとっての英語ってなんなんだろうか。何度も考え、ぶち当たってきた自分の中の疑問です。英語のことになると色んな人が色んな事を言う。好き勝手言ったり、皮肉ったり小馬鹿にしたり、怒りをぶつけたり。自分の意見を押し通したり、一方的に攻撃したり。
セレン@英語キュレーター @cellen0
正しい事を言ってる人も勿論いる中で、何が正しいのだろうかとも思う。偉い先生たちも、有名な講師の方々も、自分の意見は言うけれど本気で何かを動かそうとまで立ち上がる人はどうやら今の日本には僕が知る限りいないようです。
セレン@英語キュレーター @cellen0
自分を犠牲にしてまで本質的な諸悪を根絶しようとは思わない、というのが本音なのかもしれませんし、それは誰にも責めれたものではありません。それぞれの思想や主義の前には必ず守るべき生活があるから。いろんなしがらみや守るべき地位がある。稼げないと食ってけない。
セレン@英語キュレーター @cellen0
先日僕は「ぼくらの英語サミット」というユースト番組をやりました。英語、というものに関する僕なりの疑問や何かしらの光明を求めて行ったものでした。番組はここで見られます。 http://t.co/JGPNRMToOO
セレン@英語キュレーター @cellen0
その後も沢山の方に会い、お話を伺いながら僕の中でだんだんと形になってきた思い、「日本人にとっての英語」というものを今日はまとめツイートとして発表したいと思います。偉そうなことをいうつもりはありません。言いたくても言えない人がいるという事を知りました。知ってほしいこともあります。
セレン@英語キュレーター @cellen0
できるだけ客観的に、今日本人はどう英語と向き合っていけばいいのか、諸先生方からすると若輩者のお前が何を偉そうにと思うだろうけれど、自分なりに真摯に向き合ってきた英語、というものへの考えをツイートしたいと思います。
セレン@英語キュレーター @cellen0
まずはあえて、ですが話を整理するため年齢で二つに分けます。大学受験以前の人たちと、以降の人たちです。昨今TOEFLの問題が英語界隈をにぎわせていますが、日本人の英語にとって最初の関門はこの大学受験の問題だと思います。受験以前の大きな問題はあとバイリンガル問題かなと。
セレン@英語キュレーター @cellen0
早期教育、英才教育、日本人が英語を学び始める時期、についても丁々発止の議論が続いています。バイリンガルというものへの屈折した憧れが余計にややこしくさせている側面もあります。バイリンガル、はモノリンガルより優れた人、という意味ではありません。2カ国語を話す、というだけです。
セレン@英語キュレーター @cellen0
ぼくらの英語サミットの中でも第二言語習得研究家の豊田さんからの話がありました。バイリンガルはかつては差別用語だった。2カ国語ともに中途半端な人、というニュアンスも含んでいた。また2言語ともに仕事での使用に耐えうるレベルのバイリンガルは全体のほんの一握りという話も。
セレン@英語キュレーター @cellen0
バイリンガルとは母語の習得にかける時間がモノリンガルより少ない人という側面もある。当然ですね。またバイリンガルだから就職率や収入が高いというデータはどこにもない。それらを踏まえて英語教育というのはバランスのよい第二言語の習得のプロセスを練る必要がある。
セレン@英語キュレーター @cellen0
教育はまだまだ僕が専門的に語れる分野ではないけれど、やっぱり第二言語を話すという行為を軸に俯瞰したとき、日本で英語教育を受けてきた日本人の英語力のアンバランスさ、は僕ら日本人自身が一番感じれる「自覚症状」ではないだろうか。
セレン@英語キュレーター @cellen0
話をややこしくするつもりはない。教育改革についての論文にも多数目を通してきたし、英語教育2.0ももちろん素晴らしい。ただこの現状で抜本的な改革、変化はリスクが大きすぎるしデメリットを鑑みたときその修正も含めて危険因子は多いに潜んでいるように思う。
セレン@英語キュレーター @cellen0
今の教育をがらりと変える必要まではない、というのが僕の意見だ。大人になって英語学習を始めて苦労する人と、そんなにしない人の根本的な差の一つは大学受験の経験の有無だ。受験を経験した人は概ね頭に英語の構造が入っているので、話す為の回路整理とメンタル的解放があれば比較的早く運用できる。
セレン@英語キュレーター @cellen0
つまり教育の段階でこの話す為の英語回路へのアプローチをしていくプロセスを指導要領に少しでも加えられたら、英語で話すことの楽しさ、いつもと違う感覚、またもどかしさや歯がゆさを若いうちから経験できれば、教室の中でみんなで間違えみんなで必至になる時間があれば。と僕は思うばかりだ。
セレン@英語キュレーター @cellen0
英語を日本語に訳す、という典型的な日本の英語教育なども元を正せば江戸時代の医学書の翻訳をルーツに、今もその名残が続いているという話すらある。英語教育で育てるのは翻訳家ではなく運用者。であるならばすべきこと、すべきでないことは見えてくるように思います。
セレン@英語キュレーター @cellen0
【大学受験以降の大人たちの英語について】まずは、大人達を3つに分類することが必要だと感じます。1、英語が必要でない人2、英語が必要でないけれどやりたい人3、英語が必要な人。必要性の基準は経済的観点からです。つまり英語がなくても食っていける人、は必要ではないと乱暴に分類します。
セレン@英語キュレーター @cellen0
まず、1について。明確な数字はわかりませんが現在の日本の殆どがここに属しています。18〜老人まで、日本人全体を見渡したときの殆どは英語なんて必要ない、という人また特にやろうとも思わない、という人です。何も悪い事ではありません。寧ろ自然な事ですらあります。
セレン@英語キュレーター @cellen0
日本の英語教育が注視すべきポイントもここです。つまり殆どの日本人は英語の必要性を感じることなくその一生を終えます。その「多数」に対してどういう教育を施し、どういった言語的土台を築いておくのか、が教育の指針の大きな争点であるはずです。
セレン@英語キュレーター @cellen0
特に英語を使う必要性も興味もない殆どの日本人は、それでもどこかに英語が話せたらと思っています。その深層心理の在処はどこかは知らないけれど、話せたらいいな、でも話せないというジレンマの中、どんどんと屈折した観念を生み出します。
セレン@英語キュレーター @cellen0
必要がない、というのは決して悪い事ではありません。むしろ英語に時間をかける必要がないんだから自分の専門分野に特化したり研究分野を深めたり日本人同士でのつながりを強固にしたりできるチャンスが多いという事です。専門分野に強い人は英語なんかできなくても外国人と交流したりしてます。
セレン@英語キュレーター @cellen0
英語を選ばなかった、という選択を明確にすればいいと僕は思います。国際化は進みます、でもそれは同時に土着性も進むということ。根の浅い国際人よりも根の深い土着人のほうが国際的な価値は高いはずです。受験期までの教育がしっかりすれば、そういう意味でより強い「日本人」が生まれると信じます。
セレン@英語キュレーター @cellen0
便宜上2を飛ばして3の英語が必要な人、に話を進めます。英語講師、教授、学校運営者、通訳、翻訳家、官庁省庁、外資、国際事業、そして移住組まで。華やかに第一線で活躍する人から必死で英語での仕事や生活に食らいついている人まで様々です。勿論共通点は、英語が必要、ということです。
セレン@英語キュレーター @cellen0
3の人たちの特色としては日本人として「少数派」である、ということも事実です。数的な話をすると、英語ができないと困る人たちというのは3に属するごくわずかな人たちだけ、という事になります。「日本人にとっての英語」という話をするときこの数字的な俯瞰は重要な要素です。
セレン@英語キュレーター @cellen0
3の中でもさらに分けるとこういう分け方ができます。英語ビジネスに携わる人たち、とそうでない人たちです。この構造も理解しておかないといけない。なぜなら前者の人たちにとっての顧客は「英語ができない人たち」、つまり日本人そのものだからです。
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