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山本七平bot @yamamoto7hei
①【「怪・力・乱・神」を話らず「古(いにしえ)」を好む】では、この「道」とは何なのか。 一体それを、孔子はどのように説いたのか。 これを知るには、まず孔子が何を説かなかったかを考えねばならない。<『論語の読み方』
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②「子、怪・力・乱・神を語らず」 …「孔子は奇怪なこと、力をたのむこと、世の乱れや人の道を乱すこと、神怪のことなどは、口にし、説明しない。常に当たり前のことを説いた」 これは諸橋轍次氏の注だが、この「当たり前のこと」とは何なのか。 簡単にいえば、それが『論語』の内容なのである。
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③では、孔子はこの「当たり前のこと」を新しく提唱したのか。 決してそうではない。 孔子はこの基本を自国の伝統に求めた。 「子曰く、私の目的は祖述(そじゅつ)するにあって、私個人の創作ではない。 伝統の中に不変のもののあることを信じて疑わず、それを見出す…」
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④また「子曰く、私は生れながらに知識をもっていたわけではない。 古代の理想社会を慕い、こまめに知識を追求した結果なのだ」 …「子曰く、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知れば、以て師と為るべし」(為政第二27)も、それを示す。
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⑤これは非常におもしろい言葉である。 小林秀雄は、 「伝統とは放置しても継続するものでなく、こちらが何もせずともそこにあるものでもなく、過去の中から救い出して獲得しなければならないものである」 という主旨のことを述べている。
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⑥この観点で孔子を見ると、彼は一面では当時すでに古典であったものを救い出し、編集して『五経』とした編集者なのである。 彼はこれを自らのものとし、それを基盤としている。 おもしろいことにユダヤ人の学習法もまたこれと同じなのである。
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⑦いわば、旧約聖書とタルムード(ユダヤ教の口伝に基づく法と生活規範)を徹底的に学び、それを基にしつつ、同時にその中にない新しいものを求めていき、それを余白に記す。
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⑧こういう学び方は実は自然科学でも変わらない。 湯川博士は、自分の業績は過去の諸学者の業績の山頂に、また一つを積み上げたにすぎない旨述べられているが、これはすべてに通じて言えることであろう。
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⑨そしてそれをやってみると、まさに「日の下に新しきものなし」(旧約聖書『伝道の書』)を思い知らされる。 そこで、なにやら新しいことを言っているつもりの愚者にならないですむ。

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