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山本七平bot @yamamoto7hei
①【人を評価する場合、必す自分の日で確かめよ】…このように読んでいくと、『論語」が、各人が自覚しなくても、どれだけ深く日本人の心の中に浸透しているかがわかって、少々驚きを感ずる。<『論語の読み方』
山本七平bot @yamamoto7hei
②たとえば、孔子が「悪(にく)む」といった対象を知って、「いや、私は孔子に絶対反対だ、私はそのタイプを高く評価する」という人間はまずいない。 また、孔子が「恥ず」といったことを、「私はそんなことを恥だと少しも思わない」という人間もまずいないのである。
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③また「六言(りくげん)・六蔽(りくへい)」を読むとまったくそうだと思い、また、孔子がこれはもう自分の手に負えないといった者は、やはり手に負えないという感じがする。
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④さらに、賭けごとや酒に対する孔子の態度も、まさに常識的であって「禁酒法」などというアメリカ的発想は、どうもわれわれと全然違うという気がする。
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⑤このことは、孔子が評価しなかったタイプは、今の日本でも高く評価されないということであり、同時にそれは、孔子が高く評価したタイプは、今の日本でも高く評価されるであろうということである。
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⑥だが、孔子は実に人の評価が慎重であった。 この点ではマスコミ的評価がそのまま通用し、本人に会って確かめたうえで判断しようとしない点では、少なくとも戦後の日本は、孔子と同じではない。
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⑦「みなが悪く言った者、みながよく言った者、その世評をそのまま呑み込まず、必ず自分の目で調べなおす」 「子曰く、衆これを悪(にく)むも必ず察す。衆これを好むも必ず察す」(衛霊公第十五406) そこで孔子が人を批評する場合は、はっきりと自らが証拠を握っているときであった。
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⑧【人間の価値基準は、今も音も不変である】…孔子の時代の最も大きな問題は人の賢愚・正邪などを見分け、同時に人材を発見することであった。 列国がその存立をかける競争時代に入っていたからである。
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⑨したがって、「論語」にも人物論が多い。 これは、現代でもさまざまな点で参考になる。 そして、孔子の時代の「困った人間」は、今でも困った人間であり、このことを裏返せば、孔子に高く評価される人間は、今でも高く評価される人間だということである。

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