日本映画の犯罪ミステリーの傑作は、その魅力の中心は謎解きではなく、むしろ謎が解かれることによって、哀れな人間の人生が浮かび上がり、それに観客が同情し涙を流す、というパターンが多い。犯罪者に対する同情や憐れみを謎解きと同時に見せるのが、日本の犯罪ミステリー映画のお家芸である。
2013-04-01 00:47:00この語り口の成功例で有名なのは、1974年野村芳太郎監督による『砂の器』だ。この映画の泣かせどころは、回想シーンである。幼い頃、ハンセン氏病の父と一緒に乞食になって犯人が巡礼の旅をしていた過程が描かれる。
2013-04-01 00:47:54実は、松本清張の原作ではここのくだりはあっさりと書かれている。しかし、映画製作者はこの回想シーンを泣かせどころ勝負どころだと判断して、逮捕直前の犯人の現在とカットバックしつつクライマックスに置いた。
2013-04-01 00:48:50つまり、『砂の器』タイプの日本映画では、事件を追う刑事よりも犯人の方が強く印象に残るのが特徴だ。
2013-04-01 00:50:02逆にアメリカ映画では、刑事の向こうに凶悪な犯人を対置させ、市民社会を守るヒーローとしての刑事像を浮き立たせる。あるいは卓越した推理能力の持ち主として刑事や探偵を描く。両者は対照的である。
2013-04-01 00:50:51松本清張は当初は純文学を志していた。彼の初期作品の多くが、<貧しく学歴がないために正統な評価を受けられない人間の悲哀を描く>というものだった(例:『或る「小倉日記」伝』)。松本清張はやがてこの主題をミステリーの様式で展開する。これが日本映画のミステリーの雛形となったといえる。
2013-04-01 00:52:44このような松本清張の作風に影響を受けた作家に水上勉がいる。彼も日本映画に多くの原作を提供した。映画化されたものでは『飢餓海峡』(1965年 内田吐夢)が『砂の器』的な傾向をもった作品だ。
2013-04-01 00:53:36犯罪サスペンスという隣接するジャンルにおいても、日本映画は犯人への同情・共感を重視する。
2013-04-01 00:54:571975年に公開された『新幹線大爆破』(監督:佐藤純彌 脚本:小野竜之助・佐藤純彌)という傑作がそうである。これは、1974年に『大地震』『サブウェイ・パニック』『タワーリング・インフェルノ』などハリウッドでパニック映画が数多く作られ、ヒットしていることに影響されて、企画された。
2013-04-01 00:55:56新幹線を暴走させて、それを脅迫のネタに使い、犯人が金をせしめようとするというモチーフは、ハリウッド映画『スピード』(1994年ヤン・デ・ボン監督)にちゃっかりパクられている。
2013-04-01 00:56:36『スピード』の脚本家グレアム・ヨストは『暴走機関車』(1985年 黒澤明原案)にヒントを得たといっている。しかし、<高速域に入るとスウィッチが入り、減速すると爆発する、故に高速で走り続けなければならない>というアイディアは完全に『新幹線大爆破』からのイタダキである。
2013-04-01 00:57:35ただキャラクターの配置はかなりちがう。『スピード』は、やはりアメリカ映画らしく<SWATにいるヒーロー対凶悪犯のテロリスト>という対立構造を使う。
2013-04-01 00:58:31「善玉対悪玉」はアメリカ映画では西部劇で開発され、『スター・ウォーズ』を経て『ジャンゴ 繋がれざる者』にまで引き継がれている堅牢な物語のフォーマットである。
2013-04-01 00:58:54これに対して、『新幹線大爆破』の犯罪は社会的弱者の反抗であり、ハラハラドキドキさせながらも、観客が犯人たち(特に高倉健が演じた潰れた町工場の社長)に対して同情するようにできているのである。まさに日本的な犯罪ミステリーと言える。
2013-04-01 00:59:29しかし、日本映画はここのところ<魅力的な犯罪者>をなかなか生み出せないでいる。社会が複雑化し、犯罪が社会に対する反抗であるという図式があまり成り立たなくなってきたことがその理由のひとつだ。
2013-04-01 01:01:11徐々に犯罪はブラックホール、理解不能な不気味なものとして描かれることが多くなってくる。
2013-04-01 01:01:28魅力的な犯人のタイプとしては、<同情を喚起するよりも、むしろある種の啓示を与える者>という方向があると思うが、このキャラクター造形は大変に難しい。下手すると<頭よさげに振る舞っているただの馬鹿>になるのである。
2013-04-01 01:03:12<馬鹿だけど心がまっすぐないい奴>というキャラクターはわりと書きやすい。一方<悪事を通じて、これまで見たことのない世界を指し示すようなバッドな奴>を書くのは難しい。作者の知性が如実に問われるのである。がんばろう。(俺も)
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