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茂木健一郎 @kenichiromogi
しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!
茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイート898回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、怒濤系、疾風系、青雲系ツイート。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(1)椎名誠さんの『哀愁の街に霧が降るのだ』を再び読みたくなって、何度目かの購買行動に走ったのが数日前。(何度も買って、どこかにいっている)。アマゾンから届いたそのページを、早速繰り始めたのは、昨日夜寝る前だった。最初は串本の温泉ホテルの「フィリピンショー」から始まるのよね。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(2)読んだ人は知っていると思うが、『哀愁の街に霧が降るのだ』は本当によく出来た小説で、なかなか本編が始まらない中、いよいよ本編が始まると、そこに描かれた青春群像に人々は心を熱く動かされ、過ぎ去りし時を思い、生きるということの不思議と喜びに胸をふるわせるのだ!
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(3)それで、さまざまなおもしろエピソード満載の『哀愁の街に霧が降るのだ』の中でも、私がいちばん好きなのは、陽の当たらない安下宿にみんなで住んでいる若者が、休日に思い立って河川敷までふとんを干しに行く話。面倒くさがる沢野ひとしさんに、「ふとん干したらカツ丼だ!」と誘う。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(4)ふとんを干す、という面倒なことをやったら、居酒屋が昼間に出しているカツ丼が食べられる! というので、それだけを楽しみに、「食えばわかる男」、沢野ひとしを始め、椎名誠さんの仲間たちがわっせ、わっせ、と干し終わって居酒屋に駆けつけたら、店が閉まっていた。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(5)「どうしてくれるんだ」「責任とれ!」とわめく沢野ひとしさんに対して、「まて、カツ丼を自分たちでつくるという手もあるはずだ!」と気づき、大鍋にかつの卵とじをつくり、「ここまでがオレ、ここからお前」とあらかじめ切り分けて、横のやつにケリを入れながら争い食べてみな満足する。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(6)それで、夜になって、太陽をたくさん浴びてふかふかになったふとんにみんなで寝て、幸せな一日だった、とふり返る、というような話だったのだが、私は初めて読んだ時も、今も、ここには一つの「青春の頂点」が書かれていると感じざるを得ないのである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(7)青春とは何か、ムダなことをやることだ。どこにいくかわからないことだ。やっぱり青春だ。目的があってそれに向かって効率良くというのはつまらない。学生時代だけじゃない。社会人になっても、ならなくても、青春というものは、ムダと彷徨の日だまりの中に棲息しているものなんだよね。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(8)私の青春の頂点は、学生時代、塩谷賢(でぶの哲学者、18からの親友)と、隅田川のほとりで缶ビールを飲んでくだを巻いていた夕方だった。まぐろのように寝転がっている私たち2人を、カップルたちが半径10メートルの円を描いて避けていった。あれが、青春の頂点だった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
せち(9)もっとも、青春の頂点は、過ぎ去って初めてわかる。そのさなかにいる時は、本人たちは至って本気で、真剣で、ただ、自分たちに起こっている事態を把握し切れないでいる。時間に没入して懸命に生き、しかし時間は経ってしまうからこそ、『哀愁の街に霧が降るのだ』は名作なのだと思う。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上連続ツイート898回「青春の、頂点だった」でした。

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