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山本七平bot @yamamoto7hei
①【日本的礼楽社会の問題点】あらゆる社会がさまざまな問題を含むように、日本的礼楽的社会もまた問題をもつ。 もちろんその問題点はプラスに現われる場合もあれば、マイナスに現われる場合もある。<『1990年代の日本』
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②これは式目的能力主義であれ一揆的集団主義であれ同じだが、礼楽的秩序のもつ問題点はこの二者より深刻かも知れない。
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③というのは「楽は同を統(す)べ、礼は異を弁(わか)つ」の「楽」は、音楽が上下に関係なく人々に情感的一体感を作り出すような状態をいうから、その一体感はいわば各人を内心から統御するわけである。 これは一揆でも同じで「揆を一にして一致同心」するのだから、これまた内心の問題である。
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④この点、この日本的な一揆の「契約」の内容は、欧米の契約と同じではない。 欧米の契約の場合は、その条項通りに履行すればそれで十分なのであって、本人が内心でそれをどう思っていようと関係はない。
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⑤ところが一揆の契約に署名連判しながら「一致同心」はせず、内心では全く別の事を考えていればそれは「二心を抱く者」とされる。 この場合「いや、自分が何を考えていようと、何を言おうと、行為においては必ず一揆の契約を守る」といえば、それは逆に「二心を抱く」事の証明になってしまう。
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⑥これに礼楽的秩序が加わる。 そうなると、もし彼が情感的一体感をもっていなければ、いわば「楽は同を統(す)べ」にならなければ、どのように完全に礼を実施しようと、それは内心の礼を伴わざる礼、すなわち虚礼とされるのである。
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⑦内心がどうであれ、契約を完全に守ればよろしいというように、内心がどうであれ礼という外面的ルールを守っていればよろしい、というわけにはいかない。 儒教においては外面的なルールは同時に内面的なルールだからである。 そこで、礼を実行することは、自己の内心の秩序の問題になってくる。
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⑧ここにまことに日本的な各人における「内外一体化」を生ずる。 『論語』に有名な「克己復礼」という言葉がある。 これは孔子が弟子顔淵の「仁」とは何かという質問に答えて「己に克(か)ち、礼に復(か)えるを仁となす」と言った事による。 吉田賢抗氏はこれを次のように解説されている。
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⑨「克己復礼の四字はきわめて有名である。 己という私心に打ち勝ち、外は礼に従った行動をすることが仁である。 克己によって調伏した自己が、復礼によって大きく社会性をおびて積極に転ずる…(続
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⑩続>…この自己は、自分の私欲という個人的なものを意味するのであって、復礼という積極面において、ひとたび否定された自己は大きく昂揚するのである。 孔子の考えによれば、仁は人の心であり、人そのものであって、人の内なる心の自然の働きである…(続
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⑪続>…人が宇宙間の一物であり、社会構成の一員であるならば、克己復礼において、はじめて自然の心の働きに帰ることができる」。 儒教に於ては、人間の内心の秩序と、宇宙(自然)の秩序と社会の秩序は基本的に一致するのである。
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⑫従って、外的規範と内的規範の峻別といった考え方はない。 そのため、礼は外面的なルールであると同時に、それを実施していれば、内心のルールもまた自然の秩序と一体化することになる。
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⑬そしてそれが一体化しているがゆえに「楽は同を統(す)べ」といえる。 いわば情感的一体感が得られる。 従って一体化しなければ虚礼なのである。 このことは、各人は自己の属する組織、たとえば会社なら会社に、その内心に於ても、一体化することが要請される。
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⑭一体化していなければ、たとえ礼を守ってもそれは虚礼とされてしまう。 この礼楽的秩序は確かにプラスの面はあるであろう。 だが、このことは、日本が内心はともかく、契約上の義務はあくまでも義務として条項の文言通りに正しく履行するという形の社会ではないことを意味する。
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⑮そこで雇用契約などはなく、会社は、各人の会社への一体感とそれに基づく礼の秩序で運営されているといって過言ではない。 これが俗にいう会社への忠誠心だが、この一体感がなくなれば、企業は、何もない虚礼集団となる。
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⑯日本の企業がうまくいかなくなる場合、それは礼の秩序の崩壊となって現われる場合もあるし、虚礼集団となって、全員が外面的秩序は保っているが一切の一体感を失っていて崩壊に至る場合もある。 戦後にマッカーサー文化革命を忠実に実行して崩壊した出版社もこの二つのタイプのどちらかであった。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑰社長への虚礼はそのままだが、会社に対してどう対処してよいかわからず、一体感を失った社員は、実際には何もしなくていいという状態になってしまう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑱プラスは逆に作用した場合、悲しい結果を招来する。 これは最後に論ずべきことだが、日本全体がそうなれば、それは、アメリカよりもっと混乱した状態を現出するであろう。 アメリカでは、何やかやと言っても契約の履行は、強い伝統をもって保持されているからである。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑲前記のアメリカ人は、理解はできなかったが、何かあると知って、沈黙せざるを得なかったもの、すなわち日本的礼楽が日本にある。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑳この、時にはアメリカ人の「契約」のように機能するものを無視すれば、「契約」という概念を喪失したアメリカ人のようになってしまう。 そうなりつつあるのか、どうか。 これも履歴の上で検討さるべき問題であろう。

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