人間の命の尊厳、生の価値・意味について

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Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

手塚治虫が一番伝えたかったことは何だったのだろう?生命という単純かつ極めて困難なテーマの持つ意味は、過去から現在に至るまで普遍性を持っていると思う。 「火の鳥・ヤマト編1/6」 https://t.co/sYrwVH9Bj6

2013-04-04 15:29:55
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

人間の命の尊厳、そしてその人にとっての人生の価値とは、どこまで真剣に、必死に生き抜くことができたかどうかにかかっているのではないか?それこそが、決して止まることなく流れ続ける時間という、人間が知覚する現象に対する、「わたし」に宿る魂のある一定の勝利なのではないか。

2013-04-04 15:32:37
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

レオナルド・ダ・ヴィンチは語感は魂に従うと言っていたけれど、これを初期のカント的な言葉に置き換えると、人間が知覚する音、色、形、味、匂いは、あくまで人間が知覚している現象に過ぎず、その現象とその要因である客体の合一は構想力、つまり魂による、ということになるのだろうか。

2013-04-04 15:34:21
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

カントの言う様に、時間と空間は人間にとっての現象に過ぎないのであるとするならば、人間に宿る魂が人間の身体から離れ、現象を生み出す五感を失った際、時間と空間は、一体どの様に捉えられるのだろうか?それとも魂そのものが満たしているのが、時間と空間なのだろうか?

2013-04-04 15:37:30
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

iPS細胞まで使って延命を試みる人たちは、一体何のために長生きしたいのだろうか?長生きというのは人生の目標達成の為の手段に過ぎないから、その手段を使って達成する、その人生における目標をもっと真剣に考え抜くべきだ。もっと議論があって良いと思うし、それが無いのは危険ではないか。

2013-04-04 15:43:48
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

もう一つ、死への恐怖が考えられる。現在の社会は死者や死を、非現実的なものとして遠ざけてしまった。宗教的な基盤が破綻し、混乱を極めている今、死について話すことがある種のタブーになってしまい、結果、死が漠然とした恐怖や悪になることで、盲目的な生や延命策が肯定されるのだろう。

2013-04-04 15:46:46
hamagaki seiji @ihatov_cc

「生きる」ことが何かそれ以外の目標の「手段」にしかすぎないという考えの方が、危険だと思います。RT @curatorshinya: iPS細胞まで使って延命を試みる人たちは、一体何のために長生きしたいのだろうか?長生きというのは人生の目標達成の為の手段に過ぎないから…

2013-04-04 18:48:22
hamagaki seiji @ihatov_cc

「生きる」ことを、何かの目標のための「手段」と見なしてしまうと、時と場合によって生命は、その目標のためには犠牲にもされかねなくなる。

2013-04-04 18:48:39
hamagaki seiji @ihatov_cc

生きることそれ自体が、出発点であり目標でもある。

2013-04-04 18:48:51
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

おっしゃることは最もだと思います。しかし仮に生きることを目的とした場合、トートロジーに陥りませんか?また、生きることを目的とした場合、自然死は何を意味しますか? @ihatov_cc 「生きる」ことが何かそれ以外の目標の「手段」にしかすぎないという考えの方が、危険だと思います。

2013-04-04 19:14:44
hamagaki seiji @ihatov_cc

@curatorshinya 一種のトートロジーですが、それではいけないでしょうか?生きることの「内部」に何かの目的や意味を設定すると、生きることのそれ以外の部分は無意味または単なる手段になってしまいます。「外部」に設定すると、宗教になります。それも一つの考えとは思いますが…。

2013-04-04 19:58:31
hamagaki seiji @ihatov_cc

@curatorshinya 人間は生きる意味を探そうとするし、それを見つけたと思うこともあるし、そういう気持ちはみんな多かれ少なかれあるでしょうが、何か一つのことこそが生きる意味だ、と固定してしまうと、いろいろ問題が起こりうると思います。

2013-04-04 19:58:49
hamagaki seiji @ihatov_cc

@curatorshinya 自然死であろうとなかろうと「死ぬことの意味」も同様で、その意味を考えたり探したりすることは個人の自由だと思いますが、それに固執することには、それこそあまり意味はないのではないでしょうか。

2013-04-04 20:00:18
はこぶね @hakobne

生まれて「しまった」以上は最低限は幸福に生きるべきだ。この視座の無いあらゆる社会的言説を私は信用しない。

2013-04-04 20:13:48
はこぶね @hakobne

だってその視座がない言説は全て講義の「利害得失」じゃん

2013-04-04 20:29:46
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

@ihatov_cc 私は今、生きることの意味が失われつつあり、盲目的生の肯定に走っている様に感じられます。もしも生きること自体が目的となってしまった場合、全ての延命処置は肯定され、臓器を取り替えてでも120歳まで生きることが美徳だ、ということになりかねない、と危惧しています。

2013-04-04 20:31:14
丘反ねんてん @nenten

生きることの自己完結した価値を認めるひとの生きるという言葉の指す内容が、どのようなものとして考えられているのかについては疑わしいものをかんじますね。

2013-04-04 20:55:55
hamagaki seiji @ihatov_cc

@curatorshinya 他人の命を縮めてまで長生きしようとするとかいうのはもちろん許せませんが、長生きをすること自体に、あるいは長生きを可能にする技術が出てくること自体には、問題はないのではありませんか?「生きる意味が見出せない人は死ぬべきだ」というわけではないでしょう?

2013-04-04 21:00:50
丘反ねんてん @nenten

運命はそれぞれが選択すればいいだけであって。 自己完結させることは、いわば、空集合から解釈される像として存在するような、人生の意味空間における一般解の一つに過ぎないんじゃないですかね。

2013-04-04 21:06:56
hamagaki seiji @ihatov_cc

「今、失われつつある」というのは、過去にはあったということでしょうが、それは何を指しているのでしょうか。「お国のため」とかいうのはごめんですし…。RT @curatorshinya: 私は今、生きることの意味が失われつつあり、盲目的生の肯定に走っている様に感じられます…

2013-04-04 21:08:16
丘反ねんてん @nenten

奴隷として生きることを肯定されたとしてぼくは肯定できるんですかね。薬漬けで精神操作されて生き続けることを肯定されて、それは生きてるんですかね。

2013-04-04 21:10:43
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

@ihatov_cc 私はiPS細胞のことを念頭において書いているのですが、iPS細胞から臓器を作る為には、遺伝子組み換えをした豚などを作り、そこに人間の臓器を入れて培養する必要があります。そこまでして延命する技術が賞賛され、国民的議論が起こっていないことが気になっています。

2013-04-04 21:14:58
Shinya Watanabe 渡辺真也 @curatorshinya

@ihatov_cc 手塚治虫の「火の鳥」のビデオを見ながら、昔は戦争体験をした人たちを中心に、人間の命をテーマに作品化する人がいた、もし今手塚が生きていたら、iPS細胞と倫理をテーマにした作品を作るに違いないけれど、今はそういう人が居なくなってしまった、と感じました。

2013-04-04 21:17:27
hamagaki seiji @ihatov_cc

「生きるために生きる」というのは、確かにトートロジーであり、論理的には意味のない陳述だ。だから人間の知性にとって居心地が悪いので、何か他に生きることの意味を考え出そうとする。それで悩みが始まる。しかし結局のところ、このトートロジーを生きているのが、人間の「現実」じゃないですか。

2013-04-04 21:19:07
hamagaki seiji @ihatov_cc

@curatorshinya 国民的な議論は、確かに大事だと思います。「豚に犠牲を強いてまで人間が生きる必要はない」というのも一つの考え方だとは思いますが、そうなると豚肉を食べることもやめるべきですよね。それも含めた議論が必要となるでしょう。

2013-04-04 21:23:26