2013年4月6日「コレクションと美術館、大原美術館、ブリヂストン美術館、ポーラ美術館の現場から。」
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今日は台風の予報のためか、ご参加の方々は落ち着いた状況です。 ツイッター上では、是非多くの皆さまに今回の取り組みについて、見ていただきたいです☆ これから趣旨説明に入ります!
2013-04-06 14:03:17今から15時までが今回のシンポジウムのパネリスト、大原美術館・柳沢様、ブリヂストン美術館・新畑様、ポーラ美術館の岩崎からのプレゼンテーションになります。 15時10分頃~ディスカッションになります。
2013-04-06 14:05:35大原美術館は岡山県・倉敷にある美術館です。 倉敷は「公共性」というものに特に関心の高い土地柄です。 大原美術館は1930年に開館しました。建物は4つ。コレクションは3000点です。
2013-04-06 14:10:20倉敷の風景です! 倉敷は江戸時代、幕府の直轄領であったそうです。 http://t.co/FEM7Akeb2U
2013-04-06 15:40:14大原美術館の設立者は大原孫三郎。倉敷紡績、倉敷人絹といった会社を経営する実業家でした。社会活動家としても活発に活動した人で、岡山孤児院のバックアップや、倉敷中央病院など設立などを行いました。
2013-04-06 14:11:43大原孫三郎氏が手がけた社会事業について。当時の貴重な写真です。孤児院、病院の他にも倉敷農業研究所、大原社会問題研究所など多くのことがらを手がけています。 http://t.co/DchROuAtNJ
2013-04-06 15:42:53児島虎次郎は東京美術学校を卒業した後、ベルギーで美術を学びます。そこで、大原孫三郎に手紙を書きます。日本で油絵を学ぶ人のためにこの絵を買って持ち帰りたいと。それがアマン・ジャンの《髪》です。 http://t.co/K9ssrAlIVP
2013-04-06 14:18:58大原孫三郎と児島虎次郎の二人の写真。コレクションの収集のために綿密なリサーチを行い、どういった作品を日本に持ち帰れば、日本の人々のためになるかを考えてコレクションを収集しました。 http://t.co/bF1p1iB010
2013-04-06 15:44:47大原孫三郎は、日本の人に優れた西洋美術を紹介することを、社会貢献活動のひとつとして考え、児島が作品を購入することを快く承諾しました。 児島虎次郎は日本に持ち帰って、多くの人の糧になるような作品はなにか、何を持ち帰ったら良いか、リサーチして作品を購入しました。
2013-04-06 14:20:53【追補】大原孫三郎には美術作品の収集にあたっては、西洋美術の収集が日本の社会にとってどのような意義を持つか、よく考える時間が必要でした。倉敷の小学校で作品を公開した際、大きな反響を得ました。これがその後の作品収集の決断に影響を与えたようです。
2013-04-07 13:01:17そういった中で購入していった作品が、たとえばエル・グレコ「受胎告知」です。 http://t.co/omrRSSQL6D
2013-04-06 14:21:52大原美術館さんのコレクションの中で最もよく知られている作品の一つ。ポール・ゴーギャンの《かぐわしき大地》。 http://t.co/jPv1WxEv9M
2013-04-06 15:46:09大原美術館は、大原孫三郎の代に西洋美術を中心に作品を収集していきました。その後、孫三郎の一人息子、大原總一郎に美術館は引き継がれていきます。總一郎は、美術館はよどんだ倉庫のようになってしまってはだめだ、美術館は成長していかなければならないと考えていました。
2013-04-06 14:23:48また總一郎は、日本民藝運動にも関心を持っていました。日本民藝運動とは、 日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出す日本独自の活動です。
2013-04-06 14:27:17柳宗悦、河井寛次郎、芹沢銈介、バーナード・リーチらも倉敷で個展を開催するとともに倉敷の地場産品の創出にもつとめました。また、駒場に日本民藝館の開館の際にも出資しています。
2013-04-06 14:28:05近年の大原美術館の活動についてご紹介していきます。美術館は生きて成長してゆくものとして、コレクションを社会に生かすための様々な活動を行っています。 http://t.co/3RdWljcRFF
2013-04-06 14:30:36大原美術館はミッションを明確にし、そのミッションに沿って活動を行っています。 http://t.co/NNOJ7J7ve2
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