モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring II~
- IngaSakimori
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「……ねむ」 三鳥栖志智(みとす しち)が出会う木・金・土の朝は常にひどい眠気と共にある。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:36:37広くない自室。方角のよくない窓。 1990年代に製造された中古洗濯機は、今朝もアパートの渡り廊下で元気に動き続けているが、水の消費量が多いことを彼の同居人は気にしていた。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:37:00(まだ七時半か。もう少し寝るかな……) 「おにいちゃん、朝だよ。ご飯できてるよ、ほら起きてっ」 枕元の時計をみて、二度寝の快楽をむさぼろうとした志智(しち)の思惑は、薄い扉のむこうで呼ぶ同居人の声にうち砕かれる。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:37:23「……ちぇー」 花粉症というわけではないのに、目ヤニがひどかった。きっと昨夜のアルバイトでさんざんトラックの排気ガスを浴びつづけたせいだろう。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:37:42「おにいちゃーん」 「ああ、起きてるよ。すぐ行くから」 「ん」 満足げな同居人の声と、ぱたぱたと去っていくスリッパの音。 もっとも、目と鼻の先にあるキッチンへそれがたどり着くまで十歩にも満たない。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:38:33「ふぅ……は。ねむぃな、こりゃ……」 「おはよう、おにいちゃん」 「ああ、おはような。千歳(ちとせ)」 志智が自室を一歩出ると、そこはトーストから飛び出したばかりのパンと、味噌汁の匂いで満ちていた。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:38:54その空間は、面積にすれば1Kにも満たないだろう。 キッチンとリビングを兼ねた憩いの場へ、申し訳程度のテーブルへ志智と同居人のふたりが腰掛けたなら、あとは椅子を並べるスペースもない。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:40:08「おにいちゃん、昨日も遅かったね」 制服の上からかけたエプロンを外しながら、その少女はいたわるときの目で口を開いた。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:40:31ポニーテールというには少し控えめにまとめた髪が、小首をかしげる仕草にあわせて揺れている。 高校一年生という年齢にしてはよく育った胸元。 それは制服の上からでも、80年代のレーシングカウルのように豊かなふくらみを主張していた。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:42:21「千歳こそ、朝早かったんだろ。作り置きでもいいって言ってるじゃないか」 「ううん。朝ご飯はちゃんと食べないとダメなんだよ。 それに、おにいちゃんがガンバってくれてるんだから、わたしも早起きくらいしないと」 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:42:38「……そーいうの、気にしなくていいって言ってるだろ」 「えへ~」 長い腕を伸ばして、頭をくしゃりと撫でてやれるほどに近く、小さなテーブル。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:43:15100円ショップで買ってきた食器の隣には980円で手に入れたトースターが放熱にあわせてキン、キンと音を立てている。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:43:39「おにいちゃん、おにいちゃん。ほっぺも」 「……むにむに」 「えへへ~」 そのままとろけてチーズにでもなってしまいそうな顔をしている彼の妹を、三鳥栖千歳(みとす ちとせ)という。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:44:14ゆえあって兄妹でふたり暮らしを強いられている志智(しち)にとっては、たった一人の大切な家族であると共に、対外的にはなかなか兄貴への甘えが抜けない困った妹、ということにもなっている。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:44:32「おにいちゃん、着替える時間ある? 遅刻しそうだからって、バイクで登校しちゃダメだよ」 「着替えなんて1分あれば終わるさ」 「う~ん、せっかくおにいちゃんカッコいいんだから。もうちょっときちっとしてくれたら、わたしとしては鼻が高いんだけどなあ」 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:45:06「……高校の制服にきちっとも何もないだろ。ただ着るだけなんだから」 うっすらと塗ったマーマレードと共にパンの耳を口へほうりこむと、志智は席を立つ。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:45:22「ブレザー、どこだっけ」 「そっちにかけてある。コートの奥」 「あいよ」 ワイシャツ。ネクタイ。ズボンにブレザー。二年以上の日々をすごした制服をもって自室へ入った志智は、予告とおり1分で姿をあらわした。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:45:38「いっぷーん、0秒」 「なにそれ」 「……いや、先週の話だ。それじゃあ行くか」 「うんっ」 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:46:11妹の笑顔をひきつれて志智は玄関を出る。 否━━その前に彼らは振りかえる。リビングにある小さな仏壇へなにかを懐かしむ視線を向ける。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:46:34二枚の遺影はこれまでもそうだったように、穏やかな表情で彼ら兄妹をみていた。 「いってくるよ。父さん、母さん」 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:47:02「おはよう、志智。アルバイトの調子はいかが?」 「ぼちぼちだよ」 八王子市は都下屈指の学生街にして、西の玄関口でもある。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:48:49私鉄駅からほど近い、その中高一貫校は南田磨の名を持ち、三鳥栖志智(みとす しち)や妹である千歳(ちとせ)、そして日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)の通う学校でもあった。 #mor_cy_dar
2013-04-10 18:49:46「しかし、お前……」 「なにかしら? わたくしの魅力にやっと気づきました?」 「いや」 毎朝毎朝、教室に入るたび傲然と胸を反り返らせたポーズをとって待ち受けているのはなぜなのか、と志智はたずねたくなったが━━ #mor_cy_dar
2013-04-10 18:50:14