藤原監督の【震災と「私的ドキュメンタリー」考】

東日本大震災と福島第一原発事故のドキュメンタリー映画について、「無人地帯」(予告編→http://www.youtube.com/watch?v=J4NLrlKKMVs)の藤原監督のつぶやきにいろいろ考えさせられたのでまとめました。 文中の見出しは、観客という立場のよたよたあひるがつけたものです。m(_ _)m
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toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

@rkayama 震災を本当に作品化するのは、もう少し作者の中での熟成・醸成が必要なのかも知れません。サリン事件はノンフィクションの「アンダーグラウンド』が1997年、小説に反映されるのは10年以上後だったし、「神の子らは皆踊る」は、あえて震災地以外の視点の物語だったし。

2013-04-15 00:36:42
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

まあ実際、昨年のベルリン映画祭のあとNYタイムズの取材で最初の質問が「なぜ既にこんなに沢山の映画が3.11について作られたのか」で、意表を突かれたけど確かに鋭い指摘にグウの音も出なかったもの。

2013-04-15 00:38:07
「震災を撮る」ということ
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

確かにあまりにも多過ぎた。そして最初の一年間で作られた「震災ものジャンル」ドキュメンタリーは、結局ほとんど作品として注目されることもなく消えて行った、もうほとんど消えてしまったわけで。

2013-04-15 00:40:13
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

これは「観客が震災に無関心」を責めて済むことじゃない。森達也その他の『3.11』がいい例だけど、これだったらTVのニュース報道(もひどいけど)を見ていた方がまだちゃんと分かる、と言わんばかりの内容で、映画として確立していたとは言えないもの。

2013-04-15 00:41:46
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

90年代以降、とくに佐藤真さんが亡くなってしまった後、日本のドキュメンタリーはあまりに(佐藤さんが警鐘を鳴らした)「私的ドキュメンタリー」化し過ぎていた。じゃあ「私的ドキュメンタリー」で、どうやって震災や原発事故が撮れるというの?

2013-04-15 00:43:17
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

個人の私的体験として震災や撮るのなら、それが出来るのは被災者だけだ。外から行くなら、被災者という他者、被災地という他所の土地と向き合う体験しか、描けない。では多くのドキュメンタリー作家は、その「他人様」に起きた壮絶な悲劇にどう立ち向かえるのか?狼狽えるしかないのがほとんどだろう。

2013-04-15 00:45:58
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

フィルメックスで『無人地帯』を上映した時に、被災地に行って写真が撮れなかった、という写真家の人に、なんだかよく分からない質問をされたのだけど、もう少しやさしく答えればよかった、と反省している。最大の違いは、僕たちは「一人」では撮っていない。

2013-04-15 00:47:18
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

恐らく、一人で行ってファインダーを覗いたときに、そこに見える光景に、繊細なキャメラマンであればあるほど、精神的負担でシャッターが押せないことも多々あるだろう。演出とキャメラマンが別なら、演出は覗いてないんだから冷静で、冷徹にも、冷酷にもなれる。そうでなきゃ津波被害は撮れない。

2013-04-15 00:50:44
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

シャッターが切れなかった写真家の人の方が、自分達の狼狽えっぷり興奮っぷりに開き直った自意識過剰が主役で、被災者や被災地が背景でしかない「私的」ドキュメンタリーを上映して「後ろめたさが」云々と説教してた「映画作家」なぞ、比べものにならないほど誠実で人間的だった、それが自然だと思う。

2013-04-15 00:54:27
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

僕たちが『無人地帯』を撮れたのは、「私的」ドキュメンタリーなんて撮る気がない、自分達の感情だの体験だのなんの興味もなかったから、そして少人数でもちゃんとスタッフを組んだ古典的なドキュメンタリーの王道をやっていたからだろう。意識的であったわけじゃないけど、佐藤真さんの教訓もあった。

2013-04-15 00:57:15
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

そりゃ被災地・被災者なんて一人で撮るものでは、ない。震災や原発事故は、どうしたって狼狽えてしまったり遠慮してしまうであろう他所から来た個人の、「私」の視点で、観客に提示できるものではない。

2013-04-15 00:58:52
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

「私」の視点で成功していたのは、『相馬看花』と『石巻市湊小学校避難所』だけど、どちらも厳密には原発事故、あるいは震災についての映画ではない。「私」とその私が出会った被災者の心のふれあいの映画である。そしてどちらも「私」が謙虚で、普通に相手を大事に出来る、他者への愛があった。

2013-04-15 01:01:27
「ジャーナリズム」とは異なる「ドキュメンタリー映画」   ~~震災と向き合う作家の「私」の内実が問われる~~
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

こと原発事故をドキュメンタリーにするのなら、普通に期待される内容なら、結局はドキュメンタリー映画はジャーナリズムに適わない。記者会見や記者ブリーフィングで情報を直接得られる立場にないし、そのデータは映画にならない。ところが原発事故それ自体の本質は、徹底してデータの解釈しかない。

2013-04-15 01:05:01
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

もっとも提供されたデータの解釈がちゃんと出来ていたわけではない、その能力がないのに「政府が情報を隠している(いや、基本、データはちゃんと出ていた)」と言って言い訳していたジャーナリズムもまた、およそ褒められたもんじゃないけど。

2013-04-15 01:06:47
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

少なくとも今まで列挙したようなことは考えておかないと、震災とか原発事故のドキュメンタリーなんて撮れるわけがない。直接映像に写らないものを映画にするにはどんなフォルムであるべきか、他者である被災者・被災地を主人公にするために必要な、「私」に対する作家自身の距離感。

2013-04-15 01:10:40
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

それを考えずにただ「震災を撮りに行って来ました、大変でした」で狼狽えたまま、その「私」の感情を主軸に映画にしようとした時、「私的ドキュメンタリー」が元から持っていた脆弱さは、露骨にならざるを得ない。じゃあそんな「私」の感情なんて、観客に見せるべき価値や意味のあるものなのだろうか?

2013-04-15 01:12:51
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

しかも厄介なことに、現代の日本は極めて偽善的で皮相な道徳が支配している。「私」はうわべだけでも、「被災者の皆さんのためを思って撮っています」というポーズを撮らなければ、「震災を金儲けに利用している」というこれまた偉く皮相な道徳ごっこの批判をしたくてウズウズしている下衆な輩もいる。

2013-04-15 01:15:12
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

むろん馬鹿げた話であって、「金儲け」したいならこんな日本の映画産業の状況で、ドキュメンタリーなんぞ撮るか、っていうだけで「震災を金儲けに利用している」なんて批判のフリした薄っぺらな道徳ごっこは、なんの意味もなくなるわけではある。しかし映画作りは決して「被災者のため」にはならない。

2013-04-15 01:17:36
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

そんなの実は分かりきってる話で、映画作家は自分の表現のために映画を撮っているのである。ただその「自分の表現」の内容が「私の感情」しかない「私的ドキュメンタリー」では、「出会った人が素敵だった」と謙虚に切り替えられる『相馬看花』的な例外を覗けば、震災は搾取される背景にしかならない。

2013-04-15 01:22:53
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

被災地でキャメラを手に狼狽えるなら、そこで「私的ドキュメンタリー」の限界に気付くべきだったのだ。自分の表現としての映画は決して「私の体験」でも「私の感情」でもなく、「私の思想」がなければ震災や原発事故なんて巨大な事象に映画作家として対峙することなんて、出来るわけもないのに。

2013-04-15 01:25:04
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

「自分の思想」が映画であれば、時間をかけて論理を構築し、撮り方を決め、撮ったものから思考を複雑化し、作家がが自分自身の正直な表現としての震災ドキュメンタリーを作ることは可能なはずだ。だがNYタイムズが僕に真っ先に質問したように、あまりに拙速に、大量の映画が作られてしまった。

2013-04-15 01:29:34
toshi fujiwara/藤原敏史 @toshi_fujiwara

しかしある映画作家が「うしろめたさを自覚しろ」とか開き直った(これはズルい)ように、「私の感情」を震災映画にしようとしたところで、「金儲けに震災を利用」とかの馬鹿げた批判が怖いだけで、「私的ドキュメンタリー」は自分に正直な表現すら出来ないで終わってしまう。

2013-04-15 01:31:27
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コメント

あひるっくす第4形態(ただいま進化準備中) @yotayotaahiru 2013年4月16日
「藤原監督の震災と「私的ドキュメンタリー」考 」まとめつくりました。
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BunnyBunny @bunnybunny537 2013年4月17日
「なぜ既にこんなに沢山の映画が3.11について作られたのか」 震災ネタでアレするアレな人が多すぎる。「可哀想な被災者に寄り添う俺カッコイイ」的なアレ。 #火炎瓶監督
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あひるっくす第4形態(ただいま進化準備中) @yotayotaahiru 2013年4月17日
おすすめ商品に、藤原監督が語っている佐藤真監督の作品と小川紳介監督の作品を入れてみました。
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