書くたびに思いました。もっと上手になりたい。もっとおもしろいものを書きたい。もっと言葉を磨きたい。そうして、作品を書きながら、僕は学んでいきました。
2013-04-17 05:53:48好きな女の子と暮らし、好きな小説を書き、暮らすことになった。あのころは確か、練馬のアパートに住んでいたのかな。団地みたいな建物でした。古かったな。ぼろかった。五階建てなのにエレベータもありませんでした。
2013-04-17 05:55:36屋上に出られたので、作品を仕上げるたび、僕はその薄汚れたコンクリートの上に横たわりました。青い空が広がっていることもあったし、星が輝いているときもあった。
2013-04-17 05:56:38深刻な話ではありますが、珍しい話でもあるので。気を抜いて、猫さんの写真を。もう十歳なのに、まだ若く見えるね。ひげが前なのは、目線を貰うために「ごはん」と言いつつ、撮ったからです。
2013-04-17 06:02:40練馬のボロアパートに住みつつ、本を出していきました。びっくりするくらい売れました。なによりも驚いたのは、本当にたくさん、お手紙をいただいたことです。自らの言葉が世界に届くなんて……信じられなかった。そして、それがいかに幸せなことか、僕はようやく知りました。
2013-04-17 06:05:35この先は、いくらか省略します。いちいち書いていたら、半日くらいかかるでしょう。とにかくまあ、作家としては恵まれたのだと思います。私生活もそうで、いろいろありましたが、彼女とのあいだに子供もできました。
2013-04-17 06:07:08ちょっと前によつばとのことを書いたけれど、子供を持ったことによってようやく、僕は大人になれました。いや、なってしまいました。毎日、大喧嘩するけれど(心から苛々する喧嘩です)、そうして彼らを育てることにより、僕は新たな感情を得ていった。学んだと言ってもいい。
2013-04-17 06:09:25彼女とふたりきりの生活も楽しかったでしょう。それでもよかったと思います。けれど、子供を得てしまった今、戻れるかといったら、戻れません。戻りたいかと尋ねられたら、戻りたくないとすぐに答えます。
2013-04-17 06:10:45そう、昔の映画みたいだけれど、チョコレートみたいなものです。もう五年くらい前かな。デビュー以来の付きあいの編集さんがある日、うちの娘にチョコレートを渡しました。僕たちは食べ物に気をつけていて、娘にそういうものはあげていなかった。あのころ三歳だった娘は、初めてチョコレートを食べた。
2013-04-17 06:12:47以後、彼女はチョコレートの魔法にかかってしまいました。僕たちと同じように。子供を持つというのは、そういうことです。チョコレートを知らなくても生きていけるけれど、一度知ってしまったら、もう忘れることはできない。
2013-04-17 06:14:27チョコレートじゃなくてもいいけどね。アイスクリームでも、キャラメルでも、ココアでも、煙草でも、酒でも、寿司でも、ステーキでも、あるいは小説でもかまいません。誰にだって、そういうものがあるはずです。
2013-04-17 06:19:33近所のケーキ屋に、たまに娘に出かけます。家人と息子には内緒です(ばれてますが)。そうして、とびきりおいしいケーキを食べます。おいしいね、おいしいね、と言い合います。幼い彼女は、クリームで顔や服を汚したりするけれど、それさえもすばらしいことです。
2013-04-17 06:21:48そんな日々を送るうち、いつか僕の中にある怒りは力を失っていきました。まあ、とはいえ、別の怒りを抱くようになるわけですが。そのことを書きましょう。おそらく、誰かを人を傷つけるし、その中には同業の作家さんもいる。ちょっと勇気がいりますね。少しだけ時間をください。深呼吸します。
2013-04-17 06:25:30さて、続けましょう。僕自身がいかに駄目になったか。それを語るのは、誰にも迷惑をかけません。橋本紡なんてバカな作家もいたな、と言われるだけです。けれど、これから僕が書くことは、同業の作家さんのみならず、業界自体の批判にもなりかねない。これはまあ、さすがに躊躇します。
2013-04-17 06:34:45ちゃんと書いておくけれど、芸術としての文学は意味を失っていないし、そもそも人がなにかを創るということに、終わりはありません。僕がエンタメが終わったと書くのは、あくまでもビジネスに限定したことです。
2013-04-17 06:37:28僕が知る限り、ここ三年ほどのあいだに出た作家さんの中で、大卒サラリーマン以上の年収を継続的に得られている人はほんの少ししかいません。いくつかの作品がヒットすることはあるし、けっこうな収入になりますが、それが続くことは稀です。執筆だけで人並みの生活を送ることは、もう不可能でしょう。
2013-04-17 06:43:38五年前、十万部売れていた作品があったとしましょう。今なら、よくて五万部くらいかな。三万部かもしれません。来年はもっと減るでしょう。再来年も。三年後は……本になるかどうか、僕には確信が持てません。
2013-04-17 06:46:21今の日本では、ほぼすべての分野において、市場が縮んでいます。当たり前ですね。人口が減っているのだから。若い人がどんどん少なくなっている。日本の人口ピラミッドは逆立ちしています。小説もまた、その宿命から逃れることはできません。
2013-04-17 06:48:39もちろん、人口減だけではなく、インターネットを初めとする情報の多様化も要因としてあります。選択肢がとても増えた。それはすばらしいことですが、小説というオールドメディアにとっては、厳しい現実でもあります。
2013-04-17 06:49:41僕の悲しみのひとつは、そういった状況です。小説は以前ほど、必要とされていない。自分の表現ができればいいと考えている作家さんもいますが、僕はそうではありません。
2013-04-17 06:52:03売り上げとか、部数とか書くと、あたかも金儲けだけを考えているように捉える人がいるかもしれません。けれど、僕が言いたいのは、そういうことではない。部数とは、読者の数なんです。言葉、思いが、伝わる相手の数なんです。
2013-04-17 06:53:23僕は読まれたいです。思いを伝えたいです。自分の表現のみを、目的とすることはできません。作家という立場にも、興味はありません。そもそも僕は、作家になんかなりたくなかったわけで。
2013-04-17 06:55:54どんどん本が読まれなくなっていく状況は、ひとりの書き手として、とてもつらいことでした。そして、それが不可逆的な過程であることは、普通に暮らしていればわかります。
2013-04-17 06:58:26