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なぜ議論が成り立たないのか

理念や目的、手段といった前提条件がズレている状況で、個別の案についての議論をしても議論が成り立たない
人事 会計 経営
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Yasuaki Madarame @madarame
反対意見に対し、批判ではなく代案を、という言い方がよくなされるのを見るけれども。代案を考えられるのは、理念や目的、やり方がズレていない場合に限られると思うんだよね。理念や目的、やり方といった前提条件が揃っていないと、個別の案を考えるのは難しい。だから、前提条件の一致は超大事。
Yasuaki Madarame @madarame
理念や目的、やり方といった前提条件がズレている状況で、個別の案についての議論をしても殆ど意味をなさない。何故なら、そもそもの議論の前提条件が違っているので、議論が成り立たないから。なお、前提条件の中でも難しいのは理念で、理念が違っていても表面上は目的ややり方が似ることがあるから。
Yasuaki Madarame @madarame
目的ややり方に問題なければ、実務上理念なんてどうでもいい、という考えもある。だが、特定の件での目的ややり方に問題がないからといって、他の件でも問題ないとは限らない。大元の理念は、個別案件の目的ややり方の方向性を制約し決定付ける。だからこそ、理念の相違は実務上の混乱を引き起こす。
Yasuaki Madarame @madarame
ちなみに、「間違った理念」の典型例が「原発0」だと考えていて、「原発0」というのは手段の一つでしかない。理念が例えば「安心して皆が健康的な生活ができる国」であり、その安心と健康のためには原発0が必要、というロジックが成り立つのであれば、勿論手段としての「原発0」は有りだと思う。
Yasuaki Madarame @madarame
目的や手段ではなく、理念レベルでも争点となってしまっている典型例が「生活保護」だと考えている。理念レベルでの相違が大きいので、個別の目的設定や手段の議論が混乱しやすい。「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されるのか養われるのか。文化的な最低限度とはどこまでの制約を意味するのか。
Yasuaki Madarame @madarame
生活保護問題に関しては、そもそも制度の理念への無理解だけではなくその実態への無知もあって、前提条件の認識の差から議論が噛み合っていない光景もよく目にする。曰く、「不正受給が横行」「働けるのに働かない人が多い」「税金で養ってもらっているのだから権利制限されてしかるべき」などなど。
Yasuaki Madarame @madarame
「不正受給が横行」「働けるのに働かない人が多い」「税金で養っているのだから権利制限されて当然」といった生活保護受給者向けによくある批判は、貧困は個人努力で解決できる、といった「恵まれた環境の人間」特有の「誤った認識」に基づくものが多いのではないか。つまり、想像力が貧困なんだよ。
Yasuaki Madarame @madarame
理念と現状認識がズレていれば、マトモに議論が噛み合うわけがない。だから、議論が噛み合わない場合は、理念や現状認識といった議論の前提条件の擦り合わせから始めないと、議論が深まるどころかお互いに相手のことを理解しないままの不毛な言い合いに終始してしまうことになる。
Yasuaki Madarame @madarame
ちなみに、私は問題に対して解決策を考える際に、大枠で、理念→個別の目的設定→適切な手段の選択、といった順番で考えることを基本にしているが、人によってはそもそもこういった考え方とは異なる考え方をする人も当然いるので、相手の考え方を知ることも、議論では重要なことだと考えている。
Yasuaki Madarame @madarame
そして、議論する際には最も大事な姿勢は、「理念」「個別の目的」「個別の手段の選択」「物事の考え方」といった要素について、「自分自身が正しいと信仰しないこと」だと考えている。自身の正しさを信仰した瞬間に、相手のことが受け入れられなくなり、議論は不可能となる。
Yasuaki Madarame @madarame
「個別の目的や手段の選択」の相違だけなら、まだ議論はやりやすいのだが、「理念」レベルで異なっていたり、「考え方」が違っていたりすると、議論は非常に難しくなる。特に、前提条件を合わせることや相手の考えを理解する「考え方」がない人との議論は、一体どうすればいいのか見当もつかない。
Yasuaki Madarame @madarame
目的意識がない人との個別施策についての議論なんか、一体どうやればいいんだよ……。特に営業職の目的意識の無さはどうにかならないものか。……まぁ原因は分かっているのだが。
Yasuaki Madarame @madarame
「目的は何か」という質問をしているのに、「手段の妥当性」を熱く主張する形で返されると、すっごくイラっとする。その「手段の妥当性」を否定している訳ではなくて、「目的」は何なんだよ、と聞いているのに、これはいい手段だよ! と3回繰り返されたあたりで、なんかもうどうでもよくなってくる。

コメント

ええな@豚バラ🐽ばらまくニャ @WATERMAN1996 2013年4月22日
安保闘争においても、条文なんて読みもしなかった、右翼の岸が進める事だから間違いだと思っていた、なんて話がゴロゴロ出てくる。脱原発運動を見ていても思うのだが、現状認識の時点ですり合わせが出来てない場合が少なくないね。
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