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【きゃんたま】 メディアの役割と分業化社会の限界について 【きゅんたま】

メディアのあるべき姿と、 高度に分業化が進んだ社会における視野の狭い専門性と、 きゃんたまについて。
コラム きゃんたま 分業化社会 メディア 民主主義
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れもんた @montagekijyo
「批判」に関しては権力監視という意味でのメディアの批判と、コミュニティの一員としての「批判」は意味が違うと思う。
れもんた @montagekijyo
権力監視という意味での批判においては、メディアの役割は代案そのものを出すことではなく、誰かの代案を紹介したり考える材料を用意すること。竹田さんのいう「触媒」。
れもんた @montagekijyo
一方でコミュニティの一員である市民が、「批判」ばかりで、自分はどうするという姿勢を持たないことはパンとサーカスだけ求めたローマ市民だ。テーブルに座って出された料理に文句だけつけている客だ。
れもんた @montagekijyo
自分は何も引き受けることもなく、上から目線で文句だけつけてるファーストクラスの物乞いばかりでは何度首相が変わってもこの国は変わらない。
れもんた @montagekijyo
批判的であることと他罰的であることは違う。
ここからきゃんたま(`・ω・´)
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
きゃんたま】 【分業社会】 高度に分業が進んだ社会の光と影 【妬みと蔑み】http://t.co/YnyeI6O8z0
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
コミュニティの一員である市民が、自分ではどうするという姿勢も【持てず】、批判によって【成果ばかりを求める】のはなぜかというと、やはりそれは、現代社会がそれだけ【細分化された幅広い専門性】を、【細分化された専門家】が回す社会になっているから、でわないか説。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
結局、「自分の専門については意見を言えるけど、他人の専門については意見を言うに足るだけの十分な知識見識がない」。だから「そもそも意見が言えない」か「成果に対する不満」しか言いようがなくなってくる。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
マスメディアに期待されるのは、これらの「異なる専門性が抱える課題、目標、既に上がっている成果、採算性」などについてある、選ぶべき選択肢が【ひとつとは限らず、それぞれが異なるメリット・デメリット・特性を持っている】ということを周知することではないか。とか。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
でも、「自分の専門じゃないことについてきめ細かい理解をするために時間を割くこと」をだいたすうの素人=【別の分野の専門家】は、避けたがる。そんな時間があったら自分の専門のために時間を割きたいわけで、他人の専門はそれを専門にする他人に委ねておきたい。それが分業化社会の効率性だから。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
その意味で、社会が複雑化し、多様な専門が成立し、高度に分業化が進んだ社会にあっては、大多数の門外漢=別の分野の専門家は、自分の専門外のことについては、「その専門家にやらせろ、責任もそいつに取らせろ、自分は自分の義務を果たしているのだから、そいつにも果たさせろ」になりがち。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
つまりこれはもう、社会構造によってそうなってきた問題なわけで、「市民の無関心」や「政治家の不勉強」や「マスメディアの過扇動」やらに押しつけて解決できるレベルの問題ではないのではないか、と思うのだった。きゃんたま。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
政治家なりアナリストなりジャーナリストなり、そこそこ偉いまたは知名度がありより踏み込んだ見識を持っている人達であっても、一朝一夕に「これが正解」というのが出せない理由はと言えば、それは彼らは「今既にあるシステムに恩恵を受けているから」ではないかと思ったりもした。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
既存のシステムから生活のための収益を汲み出している(それがどんな職、どんな専門であれ)以上、既存のシステムを根幹から否定するような解決策はやはり言い出しにくい。だから、補正を考えるか、どこかに悪役を押しつけるかしかない。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
その主張を幅広く理解するには、結局幅広い分野の知識とそれらについての理解深度も必要になる。狭い分野の知識と短期的な利益への理解にまでしか及ばない人(それは無知なのではなく、その人の専門分野が狭く深い性質だということだ)には、必要のない問いだから共有されにくい。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
また、メディアは単一の意志や哲学だけに必ず準拠する、一個の意志のもとで統一された存在ではない。局によって社によって、少しずつ傾向は違う。が、その傾向を決めているのは、社内の「意志決定者」であると考えるのも、あまり適切ではないような気がしている。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
メディアは【より多くの支持者から収益を少しずつ引き出す、事業者】に過ぎない。ということは、メディアはそうした「支持者が期待すること」を代弁することで、代弁したことに対して対価を得ているに過ぎない。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
メディアが過剰な発言をしたり無知に基づいた誤解を報道するとしたら、それもまた「受益者の要望」に沿った結果ではないかと。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
読者が例えばメディア発信者側よりも賢かったら、「なんでこのメディアはこんなに不正確なのか?」ということに気付くから、そのメディアは選ばなくなるし、そのメディアにお金は落ちなくなる。客が減るのだから、方針を変えざるを得ないはずだ。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
しかし、実際には「怒りたい人」「怒って発散したい人」「そのための口実としてメディアに、【怒りやすい題材の提供を求め、うしろめたくなく怒っていい、という裏付けを求め】ている」。その意味では、メディアには正確性じゃなくて「怒るネタ」「社会正義の側に立てるための理由」が期待されてる。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
自分が後ろめたくない、そして自分は解決策を提示しなくてもいい、【他の専門家の不始末を糾弾する役だけで許される】、そういう後ろ盾を与えることが、メディアにお金を支払っている人達が期待していることだというシグナルは、実際のところ【正しい】。正しいというか、正確。
加藤AZUKI@「弩」怖い話 薄葬 @azukiglg
誰かの不始末を罵倒する記事はよく売れるし、それを見て『あいつはまったく酷い奴だ』と尻馬に乗ると、自分の実生活でのくよくよした不満はある程度発散できる。自分の手落ちについても「自分より酷い奴がいるではないか、自分だけが悪いわけじゃない」と緩和できてしまう。
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コメント

眠る羊 @sleep_sheep2010 2014年10月18日
「メディアには正確性じゃなくて「怒るネタ」「社会正義の側に立てるための理由」が期待されてる」この需要に合わせて発生したのが、いわゆる「まとめサイト」なんだろうな。わざと、煽るようなコメを集めて編集するほうがアクセス数が伸びるから、極端なそういう作りに特化したサイトも多いし。
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