『詩経 鹿鳴』から 平安貴族はなぜ歌を詠むか

儒教思想下での、詩と政治家のかかわりについてのつぶやき。 http://www.youtube.com/watch?v=p-nfcybW0LQ&feature=youtu.be
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※枕部分 日中の射礼(じゃらい)の再現動画を見てみた
逆名 @sakana6634
そういえば「拝舞」が具体的にどういう動作だったのか気になってます…
逆名 @sakana6634
はっこれか!? 『2010年10月24日、平城宮跡で行なわれた、古代行事の再現「射礼」から、「大的­式」・「拝舞」の様子です 』【射礼 vol.2】 http://t.co/2e46i6FFz5 @youtubeさんから
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逆名 @sakana6634
夕べ描いてた養老衣服令の武官。何がやりたかったかというと先日の太子の幞頭が文官の皀羅頭巾(くりのうすはたのときん)として、こっちは皀縵(くりのかとり)頭巾で、無文・固織で堅め・透けないよ!ていう。  http://t.co/YiZi5n0ZBd @TwitPicさんから
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あと昨日の射礼動画を見ていたら、弓手の袖を朝紐で留めるというのをやってたので、手結をつけてみた。

逆名 @sakana6634
先日、奈良時代の再現射礼動画のリンクを貼りましたが、こちらも本場中国で儀礼書を元に再現された射礼(装束などは明代のもの)。40分近くあって長いですが本格的です。 【北京鄉射禮】 http://t.co/vPp4FseX3j
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逆名 @sakana6634
30分過ぎあたりからの第三射は八音(磬・鼓・笙・琴・瑟・簫など八種(八要素)の楽器)による伴奏に合わせて発射。楽曲は『騶虞(詩経/召南編)』だそうです。歌は入ってなかったけど…。 あと、射手は「袒!」の号令で左肩袒にしてた。てことは交領が決まりなのかなあ。(司射は盤領で袖まくり)
逆名 @sakana6634
↓のニュース記事。『弓は儒学生必須だった六芸(りくげい/礼・楽・射・御・書・数 「御」は馬車を御すこと)のひとつ』て書いてあったので引っ張ってきました(*^o^*) 【2013年01月22日 - 華夏禮射 - 星洲网 圖話故事】 http://t.co/z1ksvUctrN
逆名 @sakana6634
こちらはもうちょい簡略版で、マレーシアにて華僑団体によって再現されたもののようです。装束は隋唐くらい? 【華夏禮射】 http://t.co/BTqNdGfKyg
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逆名 @sakana6634
弓はどちらも同じ感じですね。 ……この前武官を書いたときも、和弓にするかこういう(短くて上下対称の)ものにするか迷ってたんですが…。
射礼繋がりで「詩経」演奏動画を視聴。
逆名 @sakana6634
昨日の射礼動画のチャンネルから。古楽器の演奏で詩経を歌う。 【Shijing Performed 詩經雅樂 Small Elegant Airs 小雅: Lu Ming 鹿鳴http://t.co/UPzb3r7Kye @youtubeさんから
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逆名 @sakana6634
同じ曲で演奏として耳に優しいのはこちら。 【古琴曲:鹿嗚,劉行一演奏 Guqin: Deer's Calling, performed by Hsingyi Liu】 http://t.co/zXh3gYBIFB @youtubeさんから
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逆名 @sakana6634
詩經小雅 鹿鳴 呦呦鹿鳴、食野之苹。我有嘉賓、鼓瑟吹笙。 吹笙鼓簧、承筐是將。人之好我、示我周行。 呦呦鹿鳴、食野之蒿。我有嘉賓、德音孔昭。 視民不恌、君子是則是傚。我有旨酒、嘉賓式燕以敖。 呦呦鹿鳴、食野之芩。我有嘉賓、鼓瑟鼓琴。 鼓瑟鼓琴、和樂且湛。我有旨酒、以燕樂嘉賓之心。
逆名 @sakana6634
(意訳)鹿が呦呦(ゆうゆう)と鳴き、野の草を食んでいる。こののどかで美しい野を望む我が家に、良き客を迎え、楽を奏でる。彼らは私を慕ってくれ、あれこれと助言をしてくれる。楽は朗らかに徳に満ちて、民の安らかな様子に、君子もこれにならう。深く調和する楽と良き酒が賓客の心を安らかにする。
逆名 @sakana6634
「鹿鳴」は小雅の最初の曲で、宴の定番曲であり、「鹿鳴」という詞は「宴を開いて賓客をもてなす」という意味も持つようになった。明治の「鹿鳴館」もこれに由来する。
逆名 @sakana6634
礼によって調和し、徳に満ち、民が安らかで平和な世。突き詰めればこれが、儒教政治の求めるところでもある。
逆名 @sakana6634
儒教で詩が重要視されるのは、詩を学び、作り、うたうことで情操を豊かにし、徳を養うため。その上で経法を学び、仁政をめざす。
逆名 @sakana6634
仁の世のうるわしさ以外にも、悪政や戦の惨さを歌った詩も入れられ、政を批判的に省みる姿勢の重要性を学ばせる。 もっとも詩経に修められた作品自体は、都で流行の宴楽や各地の民謡を編纂したものといわれ、根底から儒教精神に基づいているかと言われるとそうでもない。
逆名 @sakana6634
どちらかというとガチガチな儒教的解釈は後世のもののようで、孔子自身は「小子なんぞかの詩を学ばざる。詩は以て興ずべく、以て観ずべく、以て群すべく、以て怨ずべし(陽貨篇)」是非詩の勉強をしたまえ。詩を学べば物事への好奇心、観察力を高め、他人の心を理解し、感情の機微を知ることが出来る。
逆名 @sakana6634
また近くは父母に、遠くは君主に仕える心掛けも学べるし、ついでに動植物の知識も付いちゃうんだよ!!と言っている。だいじよね。動植物の知識。
逆名 @sakana6634
だから何を言いたいんだっていうと、政治家が詩歌を始め文芸に親しむっていうのは、個人的趣味とか遊びとかまして教養をひけらかすとかそういうんじゃなくって!っていう話で
逆名 @sakana6634
平安貴族が歌を詠むのも、帝が勅撰和歌集を編ませるのも、単なる嗜みとか趣味とか、そういうことだけじゃないんです。王道政治には仁徳の基となる文学が必要なんです。正統たる…『雅正』の詩を撰び、示すことが

<過去ツイからの補足>

  • 神楽(神遊びの歌)が律令の下国家の掌るところとなったとき、「国風歌舞(くにぶりのうたまい)」と称された。これは『詩經』にも見える、「雅」に対する「国風」の概念と同じもの。
  • 「雅」、宮振りというのは、貴族っぽいとか都っぽい、ハイソ、ということではなく、「朝廷による真正・正統」というのが元々の意味で、「国風(国振り)」の「国」はお国言葉の国、田舎とか鄙だとかの意味。編成だけでなく、漢字流入以降新作された神楽そのものにも中国古代歌謡の影響を見るべき。

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コメント

Қазамiно☪тан @Kazaminostan 2013年4月30日
とってもうれしいまとめだよ
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