聖書の適応法 〜ディスペンセーション〜

聖書中の登場人物がどの時代に生き、どの契約の条項に従うべきなのか…? 今に時代に生きるクリスチャンが、従うべき命令とは何なのか…? わかったようでわからなかった、どの「みことばに従う」べきかがクリアに!
命令 時代 契約 適応
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サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
さてさて、なぜ「八つの契約」をまとめているのかというと、聖書理解とみことばの適応に非常に重要だからなのです。 「八つの契約」というのは、聖書を体系的に理解する方法の一つです。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
これを理解することにより、各々の聖書箇所を読む時に、それがその部分と全体とどのように関係しているか? また、教会時代の信者である私たちが、どの部分を採用して従うべきか? どの部分は採用しなくてよいかが見えてきます。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
もちろん、聖書全体はどの部分からも学ぶことができますが、それが今の教会時代に適応されるかどうかについては別問題なのです。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
八つの契約」は時代とか契約とかに綿密に結び合わさっています。 ひとつの契約が破られると、次の「時代区分」に移ります。例えば、エデン契約をアダムとエバは破りました。するとエデンの園から出されて、「アダム契約」が結ばれ、時代は「無垢の時代」から「良心の時代」へと移っていきました。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
その時に適応される部分とされない部分が明確に分けられてきます。 無条件契約は、生き続けます。 条件付契約(エデン契約とモーセ契約)はそこで破棄されます。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
八つの契約」とは神学的立場を異とするものがあります。「アダムの罪以前は『わざによる契約』それ以降は『恵みによる契約』ひとつだけ」という考え方です。 この立場の弱点は、適応の部分で原理原則がなく、主観的になることです。つまり、自分がどのみことば従うべきかがボヤけてしまうのです。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
エペソ2:8~10から「救いは、信仰によりめぐみによってであり、行ないによるのではない」と言いながら、ルカ3:9から「良い実を結ばないと御国に入れない」と思い込んでしまうのです。この矛盾があるため、救いの確信がなくなってしまうのです。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
また神の計画の多面性を「めぐみの契約」の成就という一つの目標に集約してしまうため、神の目的は「人類の救いである」とします。しかしこれでは人間中心(自己中心)です。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
八つの契約を土台とする「ディスペンセーショナリズムの体系」では、神はイスラエルと教会以外にも、御使いや諸国民などに対する目的と計画を持っておられるとします。また神の第一の目的は「神の栄光」であり、あくまで神中心という考え方です。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
八つの契約は、各々の時代の土台となる契約です。 ⑴エデン契約…①「無垢の時代」の土台。 ⑵アダム契約…②「良心の時代」の土台。 ⑶ノア契約…③「人間による統治の時代」の土台。 ⑷アブラハム契約…④「約束の時代」の土台。 ⑸モーセ契約…⑤「律法の時代」の土台。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
⑹土地の契約        *アブラハム契約の詳細。 ⑺ダビデ契約
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
⑻新しい契約…⑥異邦人にとっては「恵みの時代」の土台。 ⑦イスラエル人にとっては「御国の時代」の土台。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
このことを踏まえて聖書を読むと、登場人物がどの時代のどの契約に従うべきか、また、教会時代の異邦人信者である私たちが従うべき命令もクリアに見えてきます。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
現在は、第六番目の「恵みの時代」であり、その時代も終わりに近づきつつあります。そしてもうすぐ七年間の患難時代を経て、第七番目のイスラエル人にとっての「御国の時代(千年王国)」に入ります。その時アブラハム契約(土地の契約とダビデ契約を含む)と新しい契約の条項がすべて成就するのです。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
*聖書の適応法を理解すれば、誤解に基づく律法主義から解放されるだけでなく、将来の時代である「御国の時代」に成就する秩序を今 達成しようと、無用に自分を苦しめることもなくなります。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
*「恵みの時代」に生かされている私たちクリスチャンが、第一義的に適応すべきは「恵みの時代」に与えられている命令だけです。それ以外の時代の命令は、第二義的適応に留めればいいのです。cf 民15:32~36ー今の時代、礼拝に犠牲の動物を持って来る人はいません。
サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri
無駄に苦しむのではなく、正しい聖書理解のもとに行ないによる律法主義から解放され、自由に喜びをもって主の命令に従っていけますように。それにより私たちクリスチャンを通して、神の栄光が現われますように。栄光在主†

コメント

サザエ🐾ヘブル11:1 @demokuri 2013年5月10日
聖書を正しく理解するには、神がご自身のご計画を時代を区切って、少しずつ啓示された「時代区分」があることを知ることが大事です。それにより、みことばを適応し易くなるからです。 この「時代区分」をディスペンセーションと言うのです。
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