ミステリ評論家 巽昌章氏による『横溝正史研究4』評

巽昌章氏(@kumonoaruji)の『横溝正史研究4』についてのツイート。 自分にとってためになる部分が多く、繰り返し読むためにまとめたもので、ほぼ個人の参考用です。
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巽昌章 @kumonoaruji

横溝研究4はやっと研究書らしくなってきたみたいだ。即買おう。永井さって、関学の先生なんだ。

2013-02-25 21:05:31
巽昌章 @kumonoaruji

横溝研究4をざっと読んだ。「観てから読む横溝正史」という座談会企画は意味不明。探偵小説を読まない映画専門家に横溝映画を見せるとか、ずぶの素人さんに見せるというのならまだわかるのだが、この内容では、なんで「観てから読む」のかさえわからない。蘊蓄ばなしとして評価すべき点もない。

2013-02-26 19:56:50
巽昌章 @kumonoaruji

今回は真珠郎映画を取り上げているのだが、出席者の鷲田小彌太という人は、「どんな評価なの、この作品は。いい評価?横溝さんの中で」「戦前はないよね?彼の名作っていわれるやつ」などと放言する。仮にも横溝正史研究を謳った書物で、この無知蒙昧ぶりは何だ。

2013-02-26 20:01:27
巽昌章 @kumonoaruji

さきほど言ったように、少なくとも私には、この座談会が「わざと原作を読まずに映画を見る」企画ならではの内容、つまり無知がプラスになるような内容をもっているとは思われない。まして、鷲田は『なぜ、北海道はミステリー作家の宝庫なのか?』なんて本まで出しているのだ。

2013-02-26 20:07:54
巽昌章 @kumonoaruji

山口直孝「「純粋小説」としての『白蝋変化』」は、横光の純粋小説論との接点を探り、そこから大衆文学と純文学の混交する領域に横溝作品を位置づけようとする。着想は面白いし文章も流麗だが、このでかいテーマにしては明らかに枚数不足。簡略なスケッチとしても、肝心の部分であと5ページはほしい。

2013-02-26 20:20:20
巽昌章 @kumonoaruji

今回の特集は「横溝正史の一九三〇年だ」だが、実際には、先の山口論文を筆頭に、横溝と谷崎、横溝と乱歩、横溝とクイーンといった個別作家との類似や影響関係を論じたものがならぶ。そして、枚数不足で中途半端な感じのするものが多いことも共通している。

2013-02-26 20:24:30
巽昌章 @kumonoaruji

枚数制限はやむをえないとしても、共通する物足りなさは、「横溝の××と乱歩の○○はここが共通している」といった断片的な指摘にとどまって、そこからの掘り下げや、当時の文学空間全体を視野に入れた考察がみられないことだ。

2013-02-26 20:26:59
巽昌章 @kumonoaruji

作家はたいてい、幼い頃から多くの本を読み、同時代のライヴァルたちを意識し、書物以外の社会風俗にも多大な影響を受けているはずである。だから、作品のある部分が誰それの作品に似ているとか、これこれの社会問題を反映しているといったことは、断片的なレヴェルではいくらでもいえる。

2013-02-26 20:37:20
巽昌章 @kumonoaruji

掘り下げるというのは、ある影響が、横溝作品の構造にどこまで浸透しているかを測ることであり、あるいは、その影響が横溝を解釈するにあたっての結節点とでもいうべき問題を形成しているかどうかを見定めることである。あえていえば、その見通しを示さないまま断片的な影響を論じるのはつまらない。

2013-02-26 20:40:40
巽昌章 @kumonoaruji

いや、そうした見通しなどなくとも、ともかく影響や類似を発見した以上、それを指摘するのが実証的研究なのだといわれるかもしれない。それならそれでよい。私が退屈するかどうかは、まさに、実証的研究とは無縁の出来事だろうから。

2013-02-26 20:42:33
巽昌章 @kumonoaruji

ただ、こんな疑義は残る。たとえば、現代の新人推理作家が絶海の孤島ものを書いたとする。その場合、クリスティーの影響だとか、綾辻行人の影響だと論じるのはたぶん的外れである。絶海の孤島の連続殺人という趣向自体が、すでに特定の作家を離れ、いわば推理小説空間において共有されているからだ。

2013-02-26 20:48:48
巽昌章 @kumonoaruji

それと同様に、この書物で個々に論じられている谷崎や乱歩の影響なるものが、そうではなく、いったん探偵小説空間で共有された趣向の使用なのではないかという疑問は常につきまとう。

2013-02-26 20:55:15
巽昌章 @kumonoaruji

あるいは、実体としては、他の複数の作家、あるいは作家ならざる社会風俗等の影響が複合、重層しているのに、そこから乱歩、谷崎といった特定の作家だけを取り上げているのではないかという疑問もある。

2013-02-26 20:56:47
巽昌章 @kumonoaruji

はじめに横溝と谷崎、横溝と乱歩といったテーマを設定し(あるいは与えられ)、あくまでそのテーマに忠実に影響関係を実証してゆき、外には話を広げない。これは一見良心的な研究態度にみえるかもしれないが、実はそうではない。

2013-02-26 21:01:09
巽昌章 @kumonoaruji

その研究の結果、「横溝と谷崎にはこれこれの関係がある」と言挙げし、そこにだけ光を当てることによって、先ほど述べたような、探偵小説空間全体の問題や、他の無数の影響関係の可能性は隠蔽されかねないからだ。むろん、そんなことを苦にしていては影響関係の研究などできはしないともいえるが、

2013-02-26 21:03:43
巽昌章 @kumonoaruji

頭のどこかに、こうした可能性への目配りをとどめながらものを考えることは決して不可能ではないはずだ。見識というのはそういうことだと思う。逆に、実証性という言葉に甘えて、こうした目配りを怠っていては、実証研究が泣くだろう。

2013-02-26 21:06:14
巽昌章 @kumonoaruji

永井敦子「谷崎潤一郎と横溝正史の関係」は、前半で横溝の谷崎への尊敬を語り、後半で映画を扱った2人の作品を比較する。しかし、後半は2人の類似より相違の方が目につく結果となっており、むしろ、映画をめぐる、谷崎、横溝、乱歩の差異といった形で論じた方が実りあるものになったのではないか。

2013-02-26 21:19:13
巽昌章 @kumonoaruji

飯城勇三「横溝正史とエラリー・クイーン」は、戦前から戦後にかけ横溝のクイーン理解が深まってゆくと論じる。それ自体は納得できるが、「クイーンの論理」の特徴のひとつである、多数の手がかりを組み合わせた克明な論理構築を、横溝が採用しなかったことには触れられていない

2013-02-26 21:24:15
巽昌章 @kumonoaruji

その結果、飯城の指摘する横溝のクイーン的な部分とは、「きちがいじゃがしかたがない」や「三本指の男」をめぐるロジック、あるいは『びっくり箱殺人事件』におけるホワイダニット的思考である。なのに、こうした見地(論理のアクロバット)から横溝を再評価した都筑道夫に言及しないのはなぜか

2013-02-26 21:29:26
巽昌章 @kumonoaruji

都筑は、『びっくり箱』こそ論じていないが、まさに、飯城がこの作品に見出したようなクイーン的ロジックを、評論でも実作でも強調した人である。飯城が援用する法月綸太郎が、『黄色い部屋はいかに改装されたか』に甚大な影響をこうむっているのも周知の事実だ。

2013-02-26 21:33:42
巽昌章 @kumonoaruji

宮本和歌子「横溝正史「かいやぐら物語」論」は、蜃気楼、月光の下での奇妙な物語、義眼といったモチーフを手がかりに、乱歩の「押絵と旅する男」「目羅博士」との共通点を論じる。しかし、この短編の本筋と重なる「蟲」には注で言及するだけ、同じく「白昼夢」は無視なので、妙にアンバランスである。

2013-02-26 21:43:52
巽昌章 @kumonoaruji

その結果、「かいやぐら物語」のテーマは「生命の美と無常」であり、これは乱歩作品と異なっている、という結論に説得力がない。いや、実際には、乱歩と横溝ではテーマが違うとは思うが、それをうまく論証できているとは言いにくい

2013-02-26 21:46:40
巽昌章 @kumonoaruji

また、義眼、月光、得体の知れない人物が語る奇談、死体との共同生活といったモチーフを、乱歩という特定の名前に帰着させてよいのか、それは「探偵趣味」「猟奇趣味」として共有されてはいなかったかという疑問もある。

2013-02-26 21:52:50
巽昌章 @kumonoaruji

『真珠郎』を論じた中沢弥「美しき不在」も、例証の扱いにやや不自然なところがある。冒頭でこの長編が『赤毛のレドメイン家』の影響を受けていると言い、そこから乱歩の影響に話をうつし、横溝は乱歩とともに柳田国男ら日本民俗学の影響を受けていたのではないかという仮説を提示するのだが、

2013-02-26 21:57:58
巽昌章 @kumonoaruji

乱歩と民俗学の関係の例証として『緑衣の鬼』を挙げながら、なぜか、この作品が『赤毛のレドメイン家』の翻案だということに触れないのだ。

2013-02-26 21:59:26