もしもハルノートが提示されなかったら?

「桐島騎也氏による、日米開戦経緯を巡るツイート(http://togetter.com/li/504524)」のコメ蘭の対話に対する解説。まずは真珠湾攻撃から。
25
鉄底海峡 @tetteikaikyou

今から、以下の纏めのコメント欄で行われた一連の対話について、少し情報を纏めてみようと思う。纏めを意識してツイートするので、単独では意味がよく分からないツイートも含まれるが勘弁願いたい。>「桐島騎也氏による、日米開戦経緯を巡るツイート」http://t.co/wP4b8Fbz1g

2013-05-20 04:02:50
鉄底海峡 @tetteikaikyou

ここでは真珠湾攻撃について纏めるけど、後ほどフライング・タイガースについても纏めます。なお、以下に挙げるQTは総て、midorikurage氏の記したものです。何故QTにするかといえば、私の記憶が正しければツイートが一部削除されいてるので、その対策です。

2013-05-20 04:04:05
桐島 / 相良 @krsmnry

日本側は国策遂行要領で、「11月30日24時までに甲案・乙案で交渉が妥結しなければ開戦」という国内的な合意ができていたんです。 http://t.co/8WRVE1QdT1

2013-05-18 22:56:57
桐島 / 相良 @krsmnry

それ(乙案)に対する合衆国側の明確な拒否(陸軍の計算通り)が、いわゆる「ハル・ノート」でした。 http://t.co/pqkB3wLLCC

2013-05-18 23:01:43
鉄底海峡 @tetteikaikyou

QTその点は米国も同様です。映像資料をご覧ください。 http://t.co/xN2fLKrvsB

2013-05-20 04:04:33
拡大
鉄底海峡 @tetteikaikyou

QT上記資料を見ると米国が中国に資金と、武器と、部隊を送り込んでいることがわかります。「義勇軍」と称していましたが「個人が自力で戦闘機部隊を維持する」ことが資金面でどうやって可能になるのでしょうか?資料中にも「米国がやったこと」との証言が見られます。

2013-05-20 04:04:59
桐島 / 相良 @krsmnry

@midorikurage 「その点」とは何の話ですか? 私がしているのは、日本は国策遂行要領が策定(再決定)された段階で、もはや日米交渉が(甲案・乙案により)成功する可能性はほとんどなく、それ(乙.. http://t.co/qTnhwLxj2T

2013-05-19 10:10:23
桐島 / 相良 @krsmnry

@midorikurage 故に、「ハル・ノート」によって日本が戦争をせざるを得ない状況に追いやられた、というわけではない、という話です。 11月30日24時までに(甲案・乙案で)妥結しなければ対米.. http://t.co/jN8bRkSNLt

2013-05-19 10:15:15
鉄底海峡 @tetteikaikyou

QT日本側は国策遂行要領で、「11月30日24時までに甲案・乙案で交渉が妥結しなければ開戦」という国内的な合意ができていたんです。に対するレスです。

2013-05-20 04:05:27
鉄底海峡 @tetteikaikyou

QT「ハル・ノートがなくても」というのはifですね。ご提示いただいた資料が12月1日の開戦判断を強制したと断定しておられるようですが、提案された方針が必ず遂行される訳でもないでしょう。現に、米国側の計画は大統領のOKが出ても遂行されていない訳ですから。

2013-05-20 04:05:46
鉄底海峡 @tetteikaikyou

上記のコメントはJB355計画に関するものであり、midorikurage氏はおそらく「アメリカだって日本爆撃を計画していたけど、実行されていない。ならハルノートが無くても真珠湾攻撃が実行された(計画どうりに進んだ)とは言えないのでは無いか?」と主張したいものと思われる。

2013-05-20 04:06:10
鉄底海峡 @tetteikaikyou

上記に対して私は「ハルノートが日本政府の手に渡ったときは既に、南雲艦隊は出撃していた。」と指摘しました。つまり、「OKが出た」だけで(命令では無く許可でしかない)計画が延期されているJB355とは違い、既に計画に沿って日本艦隊は動いているんだよと指摘してるわけです。

2013-05-20 04:07:04
鉄底海峡 @tetteikaikyou

これはつまり、ハルノートが来なくても日本はアメリカと戦争になっていた事を示します。諸般の事情より動いていないJB355とは違い、戦争計画は既に動き出しているんですから。作戦中止を意味する「ツクバヤマハレ」が発信される条件は、日米交渉の妥結(アメリカの乙案受諾)しかありませんから。

2013-05-20 04:07:28
鉄底海峡 @tetteikaikyou

ですがmidorikurage氏はどうもそこのところが理解出来ていないようで、以下のように返信しております。

2013-05-20 04:07:48
鉄底海峡 @tetteikaikyou

QTはい。それは承知しています。その時点で攻撃実施が確定しているのであれば、「ニイタカヤマノボレ」と「ツクバヤマハレ」は不要だったでしょう。 @tetteikaikyou ハルノートが日本政府の手に渡った時は既に、南雲艦隊が出撃してるんですよ。

2013-05-20 04:08:07
鉄底海峡 @tetteikaikyou

言わなくても理解できると思っていた私が間違っておりました、言わないと理解できなかったようです。私が指摘してるのは、日本の場合は既に計画は実行されており、計画が諸般の事情で延期されているJB355とは違うんですよと言ってるんですがね。私が不親切だったんですかね?

2013-05-20 04:08:38
鉄底海峡 @tetteikaikyou

「ニイタカヤマノボレ」の発信条件は、1941年12月1日午前零時(=1941年11月30日24時)までに日米交渉が解決しないケースであり、「ツクバヤマハレ」が発信される条件は同日までに日米交渉が妥結する事です。つまり、アメリカが乙案を受諾しない限りは、戦争となっていたんです。

2013-05-20 04:09:00
鉄底海峡 @tetteikaikyou

つまり、既に動き出している計画を中止するための条件はアメリカの乙案受諾しかなかったので、それ以外のケースでは(ハルノートが来ても来なくても)戦争になっていたといえます。かなり分かりやすい説明であると思うのですが、midorikurage氏は私の言ってる事を理解してくれないようです

2013-05-20 04:09:40
鉄底海峡 @tetteikaikyou

QT思い込みが激しいようですのでここまでにしましょう。私は「書いてある方針は条件が変わっても絶対に実施されるはず」という思い込みを指摘しています。また、当方の提示した資料を見ずに発言されても、それ以上話すことはありません。では。

2013-05-20 04:10:01
鉄底海峡 @tetteikaikyou

まず、私(tetteikaikyou)は“書いてある方針は条件が変わっても絶対に実施されるはず”と言うような発言をした覚えがありません、当該纏めにそのような事を私が記していた部分があれば、どなたでも指摘してください。

2013-05-20 04:10:14
鉄底海峡 @tetteikaikyou

私が指摘してるのはその反対であり、“条件が変わる(日米交渉が妥結する)要素が無いから、ハルノートがあろうが無かろうが戦争となっていた。”と言うこと。つまり、日米開戦にハルノートは、ほぼ無関係といえる。たとえ来なくても、開戦となっていた。そうなる条件が、“乙案受諾以外”だからです。

2013-05-20 04:10:32
桐島 / 相良 @krsmnry

東条内閣は国策遂行要領を再決定しているわけですから、どのタイミングかにもよるでしょうが、(東条内閣崩壊などの)国内的な状況の変化があったならば、また違う歴史になっていたという可能性もあります。 実際.. http://t.co/EMVBj8iZJM

2013-05-20 04:13:59
桐島 / 相良 @krsmnry

「ハル・ノート」という乙案に対する拒否があろうがなかろうが(「ハル・ノート」が提示されなかろうが)、どちらにしても、乙案による交渉の妥結のためには、合衆国側が乙案に同意する必要があります。 そして前.. http://t.co/3wQ3FyC2dh

2013-05-20 04:20:00
桐島 / 相良 @krsmnry

「11月30日24時までに乙案による交渉の妥結」が成功する可能性は、最初からほとんどありませんでした。 これこそ「歴史のif」ですが、「東条内閣崩壊」などの国内的な状況の変化がない限りは、「ハル・ノ.. http://t.co/47RiwICrPC

2013-05-20 04:25:04
桐島 / 相良 @krsmnry

乙案によって交渉が妥結する可能性は(その内容によって)ほとんどありませんでしたが、そのうえ、11月30日24時まで(しか交渉できない)という時間制限もあります。 最初から無理があったんですよ。 http://t.co/H4JQMP97lr

2013-05-20 04:30:49
残りを読む(3)

コメント

桐島 / 相良 @krsmnry 2013年5月20日
「ハル・ノートが提示されてさえいなければ、日本の状況や方針の変化があった(ので開戦しなくてもすむはず)」ということをもし示せれば、私の主張が間違っていることになります。 “書いてある方針は条件が変わっても絶対に実施されるはず”
0
桐島 / 相良 @krsmnry 2013年5月20日
つまり、「(合衆国による乙案受諾の可能性はほとんどないですから)ハル・ノートが提示されなければ、東条内閣が崩壊し、非戦内閣ができた」ことを証明できれば良いのではないかと。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnryドンだけ無茶振りですか>ハル・ノートが提示されなければ、東条内閣が崩壊し、非戦内閣ができた」ことを証明できれば良いのではないかと。
0
桐島 / 相良 @krsmnry 2013年5月20日
tetteikaikyou これは言いすぎでした。 でも、「国内的な状況や方針の変化」といった場合、内閣崩壊(国策遂行要領再々決定)くらいしか思いつかないのですが、敢えて挙げれば、何かほかの可能性はありますかね? まあ、機動部隊を引き返させるだけでも簡単ではないでしょうが……
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnry う~ん、と言うより非戦内閣と言うのがありえないと私は考えていますよ。海軍が承知しないでしょう、帝国国策遂行要領の決定に際しても、海軍がかなり無理押ししてますしね。日本陸軍の専横(統帥権干犯問題や大臣を出さず内閣を流すなど)は有名ですが、最初に悪い見本を示しているのは、大抵海軍なんですよね。そして海軍は、早期の戦争を望んでいました。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnryワシントン-ロンドン海軍軍縮条約を自分で破棄した日本海軍ですが、それが誤りで有った事はかなり早い段階でハッキリしていたのです。アメリカの建艦ペースが、日本が思っている以上に早かったんです。当たり前の事ですが、日本とアメリカの建艦能力には差があり、条約と言う縛りがなくなるとアメリカの建艦ペースについて行けなくなったんです。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnry何でそんな事になったのかといえば、アメリカの建艦能力を低く見積もりすぎていたんですね。昭和10年の海軍軍令部の予測では、今後10年くらいはアメリカの7~8割を維持できると考えていたようなのです。(御田俊一著「帝國海軍は何故破れたか」芙蓉書房より)分析に失敗した原因は、条約派に対する艦隊派の感情的軋轢によるものだそうで、なんとも情けない話です。
1
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnryそれでも、無条約時代の最初の5年間はその予想は概ね当たっていたのですが、それ以降については大ハズレもいいところでした。確かに昭和16年の時点では、条約中の対米6割(3分4厘)から、7割5分と大幅に戦力比が向上してるのですが、それ以降は急激にアメリカの建艦ペースが上昇するため、却って対米比率は減少するのです。最初の5年間と同じペースが、その後も続くと見ていたのですよ。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnryですが現実は待ったなしです、昭和18年末には対米比率が5割を切り、19年末には3割以下となる事が予想されました。対米5割の場合、ランチェスター法則によりアメリカの実質戦力比は日本の4倍であり、対米3割なら実質10倍以上の開きとなります。つまり、今のうちに軍事オプションに訴えて相手の戦力を減少させないと、軍事オプションは考慮外となってしまうのです。
0
桐島 / 相良 @krsmnry 2013年5月20日
tetteikaikyou やはり(昭和16年12月時点での)「対米7割」が帝国海軍の戦略決定に影響を及ぼしていますか…… あと、石油の備蓄量にも問題がありましたしね。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnry 昭和18年になったらもう絶望的であり、そうなる前に何とかしたかったので、海軍は戦争に乗り気だったんですよ。アメリカによる石油禁輸が、その背中を後押ししたと思われます。ただ、油はアメリカ以外からも入手可能ですが、建艦競争にそれは望めません。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月20日
krsmnry だからもうあの段階まで来てしまうと、海軍が退く事を許さないでしょう。例え東條が首相を辞めて、他の人間が首相となって作戦中止を訴えても、海軍は統帥権を盾に真珠湾攻撃を強行した可能性が高いと私は見てます。まあ、これは私見ですけどね。
0
桐島 / 相良 @krsmnry 2013年5月20日
tetteikaikyou ありがとうございました。 私は何人か首相が内閣を投げ出して戦争を先送りにすれば、いずれは(対米)戦争そのものが不可能になるのではないか、とも考えていましたが、少し甘い認識だったかもしれませんね。
0
御坂美琴14歳教教祖 @Misaka_14th 2013年5月22日
1つ質問「真珠湾攻撃」で沈没した米艦の全てが現役引退寸前の艦船だけだったのは偶然ですか? 偶然としたらあまりにもアメリカに都合のいい偶然ですよね?
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14thそりゃ、当たり前な上に、都合のいい偶然ではありませんがな。貴方は“当時の”軍事常識を知らないから、そのようなことが言えるんですよ。まず当時はアメリカは日本を舐めきっていて、「日本軍の軍用機は紙で出来ている」とか「日本人は目が悪くパイロットに不向き」とか、根拠の無いデマが罷り通っておりました。だから新鋭戦艦は皆ドイツ方面に指向しており、大西洋に配備されていた。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)まあ油断と言う面では、日本のほうでも「アメリカ人は根性がないから潜水艦には不向き」などと言う無根拠撫デマが流れていたのでどっちもどっちといえますが、アメリカ視点では欧州が主戦場であり、太平洋はどうでもいい戦場でした。だから戦争資源の配分でも戦争末期までは、太平洋:欧州=30:70と言う具合でした。しかもキングが捩じ込まなければ、15:85の予定だったんですね。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)だから新鋭のワシントン級2隻は大西洋にいて、サウスダコタ級も大西洋に配備される予定でした。さて、繰り返しますが、戦艦は当時においては主力艦であり、海軍の中核戦力でした。空母が中核戦力になったのは、太平洋戦争が始まってからであり、マレー沖海戦が生起するまでは、作戦行動中の戦艦を航空攻撃で沈めるのは無理であると思われておりました。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)一部には航空機の優勢を提言する人もいましたが、それは決して当時の主流ではなく、戦艦は海軍における王者だったんですよ。だから、ルーズベルトは日本の非を声高に訴えねばならなかったのです。奇襲をくらって戦艦を沈められたなど、大失態もいいところです。下手をすれば責任を追及されて大統領を罷免されかねません。偶然にも日本の宣戦布告が遅れてくれたことにより、それを理由に日本に責任を転嫁する事が容易に出来たのです。(続く)
1
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)真珠湾はルーズベルトの罠などと言う寝言をほざくアホがいますが、なら何故に「日本軍が奇襲してきました」→「でも我が海軍の精鋭はこれを見事に返り討ちにしました(ルーズベルトの功績となる)」と言うコンボを食らわさなかったんですかね?ルーズベルトにしてみれば奇襲くらって戦艦沈められたら、自分の地位が危うくなるんですけどね。事実、真珠湾の具体的被害は、アメリカ一般市民には戦後まで伏せられておりました。(続く)
1
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)また空母がいなかったのもただの偶然であり、味方の基地に航空機を輸送する任務に就いていたのです。しかもかなりきわどかった、南雲艦隊の攻撃があと半日遅れたら、空母も沈められていた可能性が高い。そもそもイニシアティブを持っているのは攻撃する側であり、「何時」「何処」を攻めるかは任意に決められます。真珠湾がルーズベルトの陰謀であるのならば、ルーズベルトは日本海軍の首脳部にエージェントを抱えていた事になる。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th当時の日本の基本戦略は「漸減邀撃作戦」と呼ばれる受身の作戦であり、長駆ハワイを叩くなど考えられておりませんでした。ハワイ奇襲が実行されたのは山本五十六の横紙破りとも言える構想であり、反対意見を自身の辞職を盾に使ってまで封じ込めた結果、実行する事ができました。山本五十六が当時連合艦隊司令長官か軍令部長で無ければ、真珠湾奇襲は行われなかったでしょう。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)それを考えると、真珠湾奇襲がルーズベルトの陰謀だとしたら、山本五十六こそがルーズベルトのエージェントであった可能性が極めて高い。何しろ“偶然”にも、空母がいない時期を選んで攻撃する日時を決定できるのは、アメリカでは無くて日本なんですから。わざわざ12月7日(アメリカ時間)を選んで、ルーズベルトが攻撃させたんだとしたらね。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)戦艦が主力艦の座から滑り落ちたのは太平洋戦争の結果であり、太平洋戦争が始まるまでは海の王者だったんですよ。「旧式戦艦を囮にして日本の攻撃を誘った」などと言うのは“後知恵”もいいところで、海上戦力の主力が戦艦から空母となるのは太平洋戦争と言う歴史を経ない事には知る事の出来ない、未来の現実です。ルーズベルトは未来から転生してきた、小説の主人公のようなチート大統領だったんですかね?もちろんそんなわけないのは、理解できますよね。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(続き)以上、真珠湾奇襲攻撃はアメリカ(特にルーズベルト大統領)にとっては、“非常に不都合”な事態であったことが理解してもらえたと思います。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(余談)ちなみに、真珠湾奇襲攻撃当時には湾口近くに暫くの間、日本の伊号潜が待ち伏せしていたんです。大物が通ったら撃沈してやろうと、待ち構えていたんですね。そして実際に、その日のうちに空母が帰還して来ました。ところがどっこい、自分の頭上を空母が通ったにも拘らず伊号潜は攻撃しませんでした。何故なら、“気がつかなかった”からなんですね。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(余談の続き)実は海中には変温層と呼ばれる海水の温度差からくる断層があり、当時はまだその存在がよく分かっておりませんでした。変温層は海中の音波を屈折させるため、目標との間に変温層があると直ぐ近くを通っても音が聞こえ無い事もあるんです。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14th(余談の続き)伊号潜は変温層の下に居たために、直上を通る空母に気がつかなかったんですね。この偶然もルーズベルトが仕込んだ事であったとすれば、ルーズベルトはもはや神様の使いといってよいのかもしれません。もちろん、そんな事は無くて、戦争と言う非確実性の固まりは、決して人間がコントロールしきれるものでは無いと言うことです。
0
御坂美琴14歳教教祖 @Misaka_14th 2013年5月22日
911の事件もブッシュに好都合では無かったか?
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年5月22日
Misaka_14thブッシュと言うより、ラムズフェルドにとって好都合でしたね。それが何か?まさかとは思いますけど、真珠湾陰謀論だけでなく911陰謀論も信じてらっしゃるので?貴方はご存じないのかもしれないけど、とっくに論破されてる陰謀論なんですけどね、どちらも。日本の一部では未だに信じている人もいるみたいですけど、欧米に言ったら笑われるだけですよ、それ。特に911のほうは、出来が酷いとしか言いようがありませんね。何か疑問があれば(本日はもう無理ですが)お答えしますよ?
0
言葉使い @tennteke 2013年8月16日
ハル・ノートが提示されなかったら、東郷外相が陸軍の十八番「大臣辞職による内閣不一致解散」をやるはずだったんじゃなかったっけ?
0
言葉使い @tennteke 2013年8月16日
近衛内閣時、総理が戦争遂行について質問したら、東条陸相は「海軍の協力がなければこの戦争はできない」と言ったけど、永野修軍令部総長は「和戦の決は総理に一任する」と逃げたと聞いたことがあります。責任者が決断を棚上げという最悪な態度だとか。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年8月16日
tennteke それ、無理。陸軍と違い外務省には大臣現役武官制度がないから代わりはいくらでもいる。現に近衛は松岡を排除するために内閣総辞職を行い、海軍の豊田貞次郎予備役大将を外相に据えている。>東郷外相が陸軍の十八番「大臣辞職による内閣不一致解散」をやるはずだったんじゃなかったっけ
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年8月16日
tennteke いや、これは、珍しくも“普通の”対応じゃないですか。戦争するしないを決めるのは、普通は首相の役割です。軍令部総長というのは、海軍の指揮・命令系統のトップであるというだけであり、本来は政治に関るのはタブーなんですよ。>責任者が決断を棚上げという最悪な態度だとか。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年8月16日
tennteke というか、帝国国策遂行要領の決定に際して、海軍軍令部総長は積極開戦派となっていた。これはアメリカによる石油の禁輸がトリガーではあるものの、昭和16年末が日本にとって対米戦力比が最良の状態(対米7割5部)であり、開戦するのなら早い時期が望ましかったからです。ワシントン条約を破棄してしまったので生産力の差がもろに出てしまい、18年末には対米5割となり、19年末には3割以下となる計算ですぃた。>責任者が決断を棚上げという最悪な態度だとか。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年8月16日
tennteke そもそも、海軍が積極開戦派である以上、仮に東條内閣が潰れても止まるわけはない。ハルノート以前に南雲艦隊は出撃しており、そして海軍が主導した帝国国策遂行要領では、アメリカが甲案か乙案を12月1日午前0時(11月30日24時)までに受け入れない限りは戦争に訴えると決まっていたんだから。(続く)>ハル・ノートが提示されなかったら、東郷外相が陸軍の十八番「大臣辞職による内閣不一致解散」をやるはずだったんじゃなかったっけ?
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2013年8月16日
tennteke (承前)ハルノート到着以前に南雲艦隊は出撃しており、これを止められるのは海軍軍令部長だけ、東條首相にも海軍の作戦に口出しは出来ない。もうあの状況下では、どうしようもなかったといえる。最後のターニング・ポイントは南部仏印進駐でしょう。アレをやらなければ、まだ何とかなったかもしれない。というか、アメリカが事前に「南部仏印進駐やったら、経済制裁本格化するよ。」って言ってるのに、それを実行してしまうところが、救いようがない。
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月11日
東条は東京裁判の時、「アメリカ側から暫定協定案が出されればそれを呑むつもりだった」と述べていませんでしたっけ。東郷外相も「暫定協定案が出されれば交渉継続のために全力で陸海軍を説得するつもりだった」と語っていたような。 東郷は事前にインテリジェンス機関から暫定協定案の概要を知らされており、「これなら統帥部を説得できる」と期待していたそうです。
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月11日
それなのに実際には暫定協定案が手交されず、ハルノートのみが手交されたことから「アメリカは避戦をあきらめ、対日戦争を決意した」と誤解(誤解ではなかったかもしれませんが)して「目もくらむような衝撃」に震えたんです。(この辺り、手元に資料がないの不正確かもしれませんが) 暫定協定案について一切語らないで、「ハルノートがなくても日米開戦は不可避だった」というのは少々乱暴な議論では。
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月11日
乙案に対する返答として暫定協定案はそれほど悪くない内容で、仮に暫定協定案が手交されていれば、ハル・ノートと抱き合わせであっても日本が受諾した可能性は低なかった、という研究者もいますね。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule 『東郷は事前にインテリジェンス機関から暫定協定案の概要を知らされており、「これなら統帥部を説得できる」と期待していたそうです。』ですか?それはまたずいぶんと優秀な諜報機関ですな。暫定協定案(しかも格子だけ)が関係各国に示されたのが11月22日ですから、ほぼ即日にして知り得た事になりますね。どうやって東郷外相の元に届けられたのですかね?まず間違いなく、ガセネタですよそれ。キチンとしたソースが有るのですか?(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)また、本気で「これなら統帥部を説得できる」などと考えていたとしてならば、東郷と言う人物は底抜けの馬鹿としか言いようが有りません。東郷が提示した乙案(原案)を強硬に拒否し、東郷が大臣辞任を仄めかしてようやく、援蒋停止条項を入れることで乙案による交渉を認めた軍部が暫定協定案で説得できるとどうして考えられるんですかね?暫定協定案と言うのは3か月の期限付きであることを別にすれば、援蒋停止条項抜きの乙案と言ってよい内容ですよ。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)ぶっちゃけ軍部は、はじめから戦争を始めるつもりでした。だからアメリカが妥協しかねない乙案(東郷原案)に強硬に反対したのです。これは事実、アメリカが援蒋停止条項なしの乙案ともいえる暫定協定案を考えていた事からも妥協できた可能性は高い。だからアメリカが妥協できないように、アメリカが絶対に呑めない条件である援蒋停止条項を入れさせたのです。その経緯を知っていれば、暫定協定案で統帥部を説得出来ろとはまず考えられないでしょう。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)帝国国策遂行要領を知ってますか?これは1941年11月1日(正確にはもっと以前に決まっていたのだが、諸般の事情で一旦は取消しとなった。)に決定した日本の政策です。それがどういうものであったのかと言えば、1941年12月1日午前零時(1941年11月30日24時)までに日米交渉がまとまらない限りは、戦争に訴えると言うものです。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)これは海軍が主導して陸軍を説得し、陸海軍が共同してアメリカとの戦争を決意した結果、そのような方針となったのです。既に海軍の根回しにより、陸軍すらも対米開戦を決意していたのですから、暫定協定案が来てればどうにかなったなどと云うのは痴者の白昼夢と言って差し支えないでしょう。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)日本の日中戦争と太平洋戦争の公刊戦史として発行されてる、戦史叢書を御存知でしょうか。その中の「大東亜戦争開戦経緯<5>」P466~467に記されている“陸海軍の交渉妥結に伴う保障措置案研究”から、重要なポイントを抜粋します。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)『ひるがえって陸海軍統帥部特に参謀本部は、十一月六日以降本格的作戦準備に着手してからは、「乙案」による対米交渉の妥結を恐れていた。(中略)すなわち参謀本部の大勢は今や戦争によって局面を打開するのほかはないと確信していたのである。』つまり、「乙案は成立したが、米国がわざと履行を遅らせ、結果として日本の開戦機会を奪う」という可能性を懸念したわけです。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)また機密戦争日誌[大本営陸軍部の戦争指導班の班員(参謀)が、日常の業務をリレー式に交代で記述した業務日誌。]にも、「希はくば外交不調に終り対米開戦の賽が投ぜられんことを」とか、「乙案成立を恐る」とか、「乙案全部の提議特に援蒋停止の要求に依り交渉は決裂すべきこと最早疑を入れず」とか、(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)「乙案提示せる所「ハル」は援蒋中止に関し之は援英中止要求と同様なりとて大いに不満の態たりしが如し さもあるべし 之にて交渉は愈々決裂すべし芽出度芽出度」とか、「願はくば決裂に至らんことを祈る」とか書かれております。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)ではなぜ開戦が遅れるのを統帥部が嫌がっていたのかと言えば、全く以って自業自得ながらワシントン軍縮条約破棄が原因です。確かに条約破棄から5年位は日本海軍の望み通りに対米戦力比は好転(昭和16年の時点で対米7割5分)しましたが、アメリカが本気を出したらあっという間に逆転されてしまったんです。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)昭和16年をピークに、あとはブレーキの壊れた車で急斜面を駆け降りるがごとくに、戦力比は悪化の一途を辿る事が明らかとなりました。昭和17年で6割5分と盛り返され、昭和18年だと5割にまで落ち込み、昭和19年になると3割まで低下してしまうのです。ランチェスターの法則により実質的戦力比は、16年度でも5割強、17年度で4割弱、18年度だと2割5分、19年度となると1割未満となってしまいます。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)これなら対米6割を維持できた条約時代が、遙かにマシでした。つまり時間が経過すればするほど、軍事オプションに訴えるのは非現実的となるのです。そうなる前に戦争に訴えると言う方針を、海軍は陸軍に納得させてから大本営政府連絡会議に挑みました。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)右が、その内容の記録(アジア歴史資料センター;第66回大本営政府連絡会議「国策遂行要領再検討の件」http://www.jacar.go.jp/nichibei/djvu/19411101a_03/index.djvu)。なお、永野というのは当時の軍令部総長である、永野修身海軍大将の事。3年後(昭和19年、実質対米戦力比1割未満となり、対抗不可能になる。)云々というのは、上記説明で何を意味するのか理解出来るでしょう。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)東条首相を説得できたと仮定しても、海軍が止まらない。統帥権を盾に真珠湾奇襲を強行してアメリカとの戦争を始めてしまうのは目に見えている。帝国国策遂行要領が日本の国策として決定した段階でもう、事実上日米の戦争は決定していたと言ってよいというのが、近年の研究結果です。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)そして現実的には、東条首相をはじめとする陸軍閥でさえ説得する事はかなわないだろう。乙案が統帥部から忌避された理由が、佐藤賢了が著した「東条英機と太平洋戦争」に記されている。同書236ページには、以下のように記されている。「理由は、乙案が問題を南方だけに限定し、支那事変の処理を全く除外しているというのだ。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)これでは交渉が成立しても禍根を将来に残すし、果して米国から必要な油が入ってくるかどうかも疑わしかった。とすると、日本は依然として米国によって国防上の死命を制せられ、一時的に姑息な平和をえてもやがて戦わなければならない。しかも、そのときはすでに戦機は去っているというのである。」(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)つまり、暫定協定案が来ても統帥部を説得することなど不可能だと言う事。そもそも南雲艦隊は、ハルノート到着よりも前に単冠湾を出撃してる。こうなってしまっては、もう南雲艦隊を止められるのは海軍軍令部総長だけである。だが元々早期開戦を企図していた海軍が、暫定協定案で納得して矛を収めると考えるのは、余りにも楽天的に過ぎる。既に記したが、痴者の白昼夢と言ってよい。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule 『暫定協定案について一切語らないで、「ハルノートがなくても日米開戦は不可避だった」というのは少々乱暴な議論では。』ですか?確かにこのまとめでは言及してませんが、以下のまとめで言及しております。「桐島騎也氏による、日米開戦経緯を巡るツイートhttp://togetter.com/li/504524」。暫定協定案で検索かけてご覧ください。コンバトラー娘(美坂電磁の必殺の技♪)アイコンの人も関わってます。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule 『仮に暫定協定案が手交されていれば、ハル・ノートと抱き合わせであっても日本が受諾した可能性は低なかった、という研究者もいますね。』ですか?その研究者ってどこの誰ですか?あまりにも物を知らなさすぎでしょう。まず間違いなく、基本資料の読み込みすらやっていないと思われますよ。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)そもそも、ハルノート(基礎的一般協定案)だろうが、暫定協定案だろうが、「これを受諾せよ」というような案ではないのですよ。受諾云々と言ってる段階でもう、基本的な事が分かってないと言って差し支えありません。贔屓目に見てもそれは専門家の研究成果ではなくて、研究は研究でも高校生の夏休みの自由研究レベルの代物でしかありませんな。
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月12日
色々論点が拡散してしまったので取り敢えず一点。 東郷は事前に暫定協定案を知っていたのか?という問題。 11月22日に暫定協定案の内容を知らされた胡適・国民党政府駐米大使はすぐにその内容を本省へ打電しています。
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月12日
「当時、国内において単語の発音が統一されていない中国では、漢字をローマ字で表記する慣習はなかった。したがって単語を構成する各文字を分離できる他国と異なり、それをバラバラにできない中国政府の外交暗号の強度は著しく低かった。そのため、日本の暗号解読機関は、中国政府と在外公館との間に行き交う電信のほとんどを傍受・解読することができたのである。」 「この事実から、東郷も中国の秘密外交情報を遅くとも翌日には入手し、それによって米政府の「暫定協定案(22日案)」の内容を知ったと考えるのが自然である。」
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月12日
「他方、「暫定協定案」の内容が「乙案」と合致している箇所もあったため、東郷がそれを「乙案」に対する米政府の回答であると理解していてもなんら不思議ではなかった。」 「日米交渉の妥結を切望していた東郷が、その情報を知って、戦争を回避する突破口をようやく得たと、さぞ期待で胸を大きく膨らませたことであろう」 「だが、その数日後、ハルは東郷が事前に内容を把握した対日融和的な「暫定協定案」の部分を「ハル・ノート」からそっくり削除することを決定したのである。その理由はいまだに解明されていない。」
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月12日
「しかし11月26日に届いた「ハル・ノート」を一読した途端、東郷の期待は無残にも打ち砕かれたことだろう。日本政府に提出されるはずであり、彼が周知していたであろう「暫定協定案」が跡形もなく欠落していたのである。そしてワシントンによるこの政策の急展開は、一つの解釈しか許さない。すなわち、米首脳は従来からの原則論を盾にしつつ、あらゆる譲歩を拒絶し、日本とは一戦を交えるほかないと「決定」したと...。」
0
ロリシカ共和国 @totoro_rule 2015年7月12日
「ならば東郷がいくら和平を希求したとしても、日米交渉の妥結は不可能であり、「最早立ち上がるほかない」と考えたとしてもそれは合理的な帰結であった。」 以上、「日米交渉と開戦 「東郷変節」の謎に迫る」蓑原俊洋・神戸大学大学院法学研究科教授(外交史)からの引用です。(同論文は『解明・昭和史』筒井清忠編 朝日新聞出版社に収録)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule あ、なるほどね、中国の電文からか。それなら在り得ますね。ただ、貴方が提示したソースの内容は、東郷外相が勘違いを起こしていたことを示唆するに過ぎないですよ。これがどうして統帥部を説得可能な内容なのかという事に関しては、全く抜け落ちておりますが。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)既に記したように、元々交渉を決裂させる為に乙案に援蒋停止条項を入れたのだから、それが抜けてる段階で説得できる可能性など皆無であり、援蒋停止はアメリカが呑むわけもない条件です。つまり軍部は始めから交渉を決裂させる気であり、東郷が本気で説得可能と考えていたとしてらそれは、現実が見えていなかっただけとしか言えませんね。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule というか東郷自身が、乙案から外れるような交渉は駄目と打電してるんですが?乙案に交渉の余地は無く、イエスかノーかしかないと言ってるんですね。野村大使が援蒋停止条項抜きの乙案を個人的に提案してみたところアメリカからの反応も良く、旨く行きそうに思えたのですが乙案の成立過程を知ってる東郷は野村に対して「貴大使が当方と事前の打合せなく貴電私案を提示せられたるは国内の機微なる事情に顧み遺憾とする処にして却って交渉の遷延乃至不成立に導くものと云ふの外なし」と叱責しており、(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)更に「次回の会見に於て乙案御提示相成度く 尚右は帝国政府の最終案にして絶対に此の上譲歩の余地なく 右にて米側の応諾し得ざる限り交渉決裂するも致し方なき次第に付 右篤と御含みの上万善の御努力を払はれ度し」と続けております。乙案を米国が呑めないのであれば、もう無理であると冷静に判断している事が窺えます。(続く)
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule (続き)それを考えれば、暫定協定案を事前に知っていたとしても、それで東郷が軍部の説得が可能と夢想するとは考えにくいですよね。暫定協定案で説得可能であるというのならば、野村大使の私的提案の線で話を進めれば良いんだから。それでは駄目だと分かってるから、上記のような訓電を打ってるわけです。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule なお、ざっと調べてみましたが、蓑原氏は日米関係の外交を研究課題とされているようですが、外務省に関してはともかく軍部に対する考察が十分でないようですね。おそらく基本資料の読み込みすら、やっていないと思われますよ。蓑原氏の論文においても、東郷が勘違いを犯していたという事しか記されておらず、貴方が主張するような暫定協定案が来ていたら軍部を説得できたというような部分はありませんですが?いったいどこでどの湯にして、そのような結論を抱かれたのか、具体的に提示して貰えますか?
0
きゃっつ(Kats)⊿ @grayengineer 2015年7月12日
totoro_rule この部分については蒋介石による働きかけがあった可能性をNHKのドキュメンタリーか何かで取り上げていた記憶があります
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
totoro_rule あ、うっかり記し忘れましたが、上記の「外務省に関してはともかく軍部に対する考察が十分でないようですね。おそらく基本資料の読み込みすら、やっていないと思われます」という部分はあくまで、蓑原氏が暫定協定案が来ていたら(ryという結論となっていた場合の話です。
0
鉄底海峡 @tetteikaikyou 2015年7月12日
grayengineer 蒋介石による働きかけ(しかもかなり強引な)が有った事は確か(記録あり)ですが、ルーズベルト大統領の決断にそれがどの程度影響したかが定かでないのです。
0