アチェ夜話1

自分用にまとめてみました。
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秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

アチェの夜話でもするか。

2013-05-19 20:00:45
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

スマトラ島・アチェ州。15世紀以来、イスラム教学の総本山として知られ、インドネシアに組み込まれてからは、アチェ王国の流れをくむ自由アチェ運動(GAM)が長く独立紛争を闘ってきた。

2013-05-19 20:03:23
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

だが、2004年のスマトラ島沖地震が引き起こした大津波は、西岸の人々の生活ごと、独立運動も押し流した。 現在ではインドネシア政府と和平協定を結び、自治州として、イスラム法の統治の下、新たな道を模索し始めている。

2013-05-19 20:03:53
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

石油や天然ガスなどの資源に恵まれたアチェの森林は、中央政府や多国籍企業による乱開発の対象となってきた。そのため、絶滅危惧種であるスマトラ虎が生息地を失い、人里に降りて人や家畜を襲うことも多くなってきている。

2013-05-19 20:04:27
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

いまや500頭ほどしか棲息していない絶滅危惧種であり、信仰の対象でもあるスマトラ虎を殺さずに生け捕りにするために、アチェの人々は西スマトラ自然資源保全センター(BKSDA)を通して、呪術師・パワン(pawang=medicine man or shaman)に虎の捕獲を依頼する。

2013-05-19 20:05:40
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

虎を捕獲し、対話する能力を持つpawangをパワン・ハリマオpawang harimauと呼ぶ。

2013-05-19 20:05:58
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

虎のパワンだけではなく、象のパワンもいれば、鰐のパワンもいる。その三種の動物は特に畏れられている。もし森の中で彼等のことをあしざまに口にすると、言ったものは遠からず彼等によって襲われ、命を落とすと信じられている。

2013-05-19 20:06:56
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

動物だけではなく、気象を操る雨のパワン、農耕の日取りに深く関わる森のパワンなど、自然と人間との接点にさまざまなパワンがいる。パワンはマレー語圏に広く分布するが、スマトラのパワンは、ときにはhandlerと訳されることもあるように「~使い」としての性格がつよい。

2013-05-19 20:08:06
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

開発や津波の影響で、人間と森の境界線は絶えず書き換えられ、揺れ動いている。独立紛争で放棄された農園も、虎の跳梁するところとなった。その中で、虎と渡り合うための伝統的な知恵を知るパワンたちの活躍する場はいまだに大きい。

2013-05-19 20:09:03
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

州都バンダ・アチェから南、海岸沿いの町カワイ16に住むサルワーニ・サビSyarwani Sabiは、これまでに百頭近くの虎を捕まえた経験を持つ、老齢のパワン・ハリマオだ。人や家畜を襲う虎が現れると、村人たちはBKSDAを通して、サルワーニ師に虎の捕獲を依頼する。

2013-05-19 20:10:17
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

彼は現場に赴くと、安息香を焚き、マントラを唱えながら木製の罠を組み立て、虎が入るのを待つ。儀式の日から数えて、40数日以内に虎が罠に入る。

2013-05-19 20:11:21
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

彼は15歳のときから父親や他のパワンから森の精霊達に関する知識と、虎(ハリマオ)と対話するすべを習った。年齢は本人の自称を入れて諸説あるが、42–45年の日本の軍政下の頃はまだ小さくて、よく日本兵の裾を持ってついて歩いていた、とのこと。

2013-05-19 20:14:20
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

白い髭を蓄えた黒檀のような肌と、たえず笑みを浮かべた眼。冗談を交え乍ら、飄々と語る。話を聴くうち、彼の口からは森の精霊達に対する思慕が溢れ出す。そのことは、彼が敬虔なムスリムであることとなんら矛盾しないようだ。

2013-05-19 20:16:09
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ーなぜ私がハリマオを捕まえることができるかだって? それは、彼らがまだ自分のほんとうの力に気づいていないからだ。その力は最後の審判の時まで隠されている。 もし彼らが本気になれば、われわれ人間などひとたまりもなく皆殺しにされてしまうだろう。

2013-05-19 20:19:53
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ー昔、ハリマオは人間と約束して、決して人を襲わないと誓った。だから、その約束を破って人里を荒らすハリマオが罠に入ると、私はまず丁重に頭を下げてから「心配するな、殺さない」と語りかける。それから、遠い昔の約束を思い出してくれるよう、言葉を尽くして頼みこむのだ。

2013-05-19 20:21:37
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ーハリマオの世界は、人間の世界と瓜二つだ。森の中で、彼らは人間のように暮らしている。われわれ人間がそうであるように、彼らの中にも、ときには掟を破るものがあらわれる。掟を破った虎は、仲間や精霊に罰せられるのを怖れ、森に帰れずに、村の近くをうろつくようになる。

2013-05-19 20:22:47
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ー私は村人に頼まれると、掟を破った虎だけがみずから進んで罠に入るよう、ソロモンの血を引く偉大な森の精霊にお願いし、罠を組み立てる。だから、私の罠に入るのは、約束を破り、道を誤ったハリマオだけだ。

2013-05-19 20:23:43
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ー罠に入ったハリマオは、呪術によって力を失い、眠りこけている。私はハリマオに向かって「眼を覚ませ」と呼びかけ、人を喰べたかどうかを訊ねる。もし人を喰べた虎なら、鳴き声で返事をする。

2013-05-19 20:25:26
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ーそのとき、けっして怒ってはいけない。もし心の中に僅かな怒りでもきざせば、ハリマオもたちまちそれに応えて荒れ狂う。彼等は人間の言葉がわかる。だから、たとえ暴れていても、彼らの真の名である「ポグラサ」を用い、辛抱強く筋道を説けば、最後にはかならず分かってくれるものだ。

2013-05-19 20:26:36
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ーハリマオは金属を嫌うため、罠は、金属を使わず、すべて木で作る。中に餌として、生きた山羊か犬を縛り付けておく。虎が入れば、戸が落ちる仕組みだ。罠に使う木を伐るときにも、樹木の精霊に許しを乞う。もし許しを頂けるのなら、葉がうなだれたように下がる。

2013-05-19 20:28:47
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

(罠については、サルワーニの息子で、現在跡取りとしてパワンとしての修行を積んでいるルスラン氏にも話を聴く機会があった。彼によると、自分が作った罠は虎が入るとすぐ壊れてしまうのに、父が祈りを込めた罠は、簡素なのに決して壊れない。それが不思議でしかたがないという)

2013-05-19 20:29:41
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ー森の中で迷ったときには、ハリマオが導いてくれる。樹に残されたハリマオの爪痕が、縦に刻まれていたら、この先には進むなということ。もし右に向かって刻まれていたら、右に進めということ。左なら左。もし森の中で迷ったら、それに従って進めば、きっと外に出られる。

2013-05-19 20:32:56
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ーなぜ虎は後ろから襲いかかってくるのか。すべての人間の額には、スカルマという星形の徴がある。虎はそれを畏れるため、人間を後ろから襲うのだ。

2013-05-19 20:34:05
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

ーある種の人には、虎の血が流れている。そういう人には首の後ろや額に、ハリマオとの繫がりを示す「プサ・ハリマオ」という徴が顕われる。虎がその徴に気づくと「なぜ人間にわれわれの血が流れているのか」と怒り、襲いかかってくる。

2013-05-19 20:35:11
秋谷謙太郎 @Akiya_Kentar

(プサ・ハリマオは普通の人には見えないが、パワンはそれを見つけると、患者の頭を白い布で覆い、刃物でその徴を切って虎の血を出し切ってしまう。 その傷が癒えるまで、七日間は外に出てはならない。さもないと、その徴に引き寄せられた虎に襲われることになるという)

2013-05-19 20:35:51