第七話:髪留め 第八話:目 第九話:鏡
- C_N_nyanko
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長い髪をなびかせて歩く女性は綺麗だと思う。そんな話をしていると、君は少しむっとした。 「悪かったわね、短くて」 「別にあてつけじゃないよ」 内心呆れていると、君は言った。 「だけど、髪留めは素敵よね」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:15:13確かに、君のように短髪では使えるものも数が限られるだろうね。 「どんなのがつけてみたいの?」 「上品なもの」 そういった君の前を、一人の女性が歩いて行った。なびく黒髪、きらめく飾り。 君は目を奪われる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:17:49「綺麗……」 呟いて君は、いつまでも彼女の方を眺めていた。 同意するのもまたやっかまれる気がして、僕は黙っていた。 と。 「欲しいわ、あれ」 君は言った。悪い熱にでもうかされたように。 「あれが、欲しい」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:19:13「人のものだよあれは」 諌めるように言ったものの、君の耳には届かない。 君は立ち上がった。そして彼女の後を追った。 酷く嫌な気分になったが、僕は関わらないことに決めた。 どう生きようが、君の勝手だ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:20:56それからしばらく待ったが、結局君は戻ってこなかった。 僕は立ち上がり、やっぱりな、と呟いた。 君は知らない。 君が追った彼女は、確かに飾りは付けていた。しかしそれはネックレスであって、髪留めではなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:25:19君が何に惹かれたのか、そして何に魅入られたのか、僕は知らない。 けれど放っておくわけにも行かなくて、君が走って行った方へ向かった。 こんなものに自分から関わるのは嫌だが仕方がない。 君と僕の仲なんだしね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:26:38少し進んで右に向かった先に、君は倒れていた。 金に染めていた短髪は根元からずっぱりなくなっていた。正確に言えば、剃り上げられていた。 君の数歩先に別のものが倒れていた。おそらくは、先ほどの女だろう。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:28:09正確には、女だったもの、といったところか。 醜い肌色の塊が、黒い布に包まれて転がっている。 その数歩先にひとりの男がいて、剃刀をくるりと弄んでいた。 「これは何事?」 訊くと、男は答えた。 「髪喰いさ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:31:00その男の足元に、転がっていた肌色の塊が近づいた。 「おっと」 男は無造作に足で踏みつける。黒い布に見えたのは髪の塊で、塊が動くたびきりきりと食い込んだ。男は言った。 「その子はギリギリセーフだ。介抱してやれ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:35:31「ああ」 訳が分からないながらに答えて、君を背に負う。 「この子を助けてくれてありがとう」 礼を言ったのに、男は少し眉を顰めた。そして剃刀を仕舞い、不機嫌そうにタバコを咥える。 ところで、と、話しかけた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:41:55「髪は女の命というね」 男は答えない。 「髪喰いは女の命を喰らうんだろう」 それがとても気がかりだった。だって、背負った君が、ひどく軽い。 「ギリギリだと言ったね、気休めなんだろう」 男は目をすがめた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:46:30「聡いな」 その一言で納得する。 僕は、やはり君を救えない。 せめて止めておけばよかった。坊主のようになった君を、虚しく見返す。 「おバカさん」 君は答えない。 「――ところで」 僕は男に向き直った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:50:09「君はきっと、只者じゃないんだね?」 その問いかけに。 『君』は、小さく頷いた。 そういうわけで、僕はまた、『新しい君』といる。 君に似合う髪飾りを、君と二人で選んだよ。 きっと君も、気にいるだろう。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 19:51:11目にまつわる言葉は多い。それだけ人が目に関心を持っていたということだろうと僕は思っている。 実際目は世界を認識する上で欠かせない……が、中にはそうでない人間もいる。 この前、僕が電車に乗っていた時の話だ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:17:47電車はさして混んでいる訳でもなく、僕は座席に座って本を読んでいた。以前から興味があった推理小説だったから、結構集中して読んでいたんだと思う。 彼が隣に座ったのに、暫く気づかなかった。 「もし」 彼は言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:21:21「何をお読みですかね」 僕は顔を上げた。 今時電車で話しかけられるなんて珍しい。 「推理小説だよ」 「ああ、道理でひどいことを考えてなさった」 彼は安堵したように笑う。 「てっきり貴方が人でも殺したのかと」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:26:08何を言われているのか、一瞬さっぱりだった。 「人殺しは小説の中。僕は関係ないよ」 「でしょうとも。だがしかし、思考で様子を追ってなさった」 「そりゃ読書なんだから当たり前だ」 彼は頷いた。 「そうですとも」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:28:09どうぞ続けてください、と彼は言った。そして目を閉じた。 「待ってくれ」 ここで僕は、ようやく違和感の正体に気がつく。 「どうして貴方は、僕の考えがわかったような口をきくんだ」 「さて、どうしてでしょうねぇ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:29:45もしかしたら、と、彼は続けた。 「自分は、普通の目が見えません。そのせいかもしれませんな」 「普通の、ってのはどういうわけだ」 「どうやら普通の人に見えるものは見えていないようで。が代わりに、人の思考が見える」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:31:36例えば、と、彼は言う。 「自分が電車に乗れたのは貴方の思考を見たおかげ。だから椅子の場所、座れる位置、全てよく見えた……」 だが、と彼は言った。 「本を読むといけません。現実と虚実が混ざっちまいます」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:35:29「それで、何を読んでいるか聞いたのか」 「えぇ、読書でしょうと思いましたから」 彼はうんうん、と頷いた。 「何人かの思考をいっぺんに読み取ってしまうことはない?」 「そんなの素人でさ」 彼は少し得意げだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:37:53「この人と決めた相手の思考を見る、歩く。そうすれば若干のズレがあっても、まず普通に振る舞える……。初めは確かに混ざりましたがね、今じゃ随分上手に濾過できるようになった」 「なるほどね」 面白い人間がいるものだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-18 21:39:13