孫泰蔵さん 千宗室著「自分を生きてみる 一期一会の心得」(中央公論新社)を読んで考えた
裏千家第三代宗旦の軸に「一人虚を伝うれば万人実を伝う」という言葉があるという。一人が中身のないいいかげんなことをしたり顔でいいかげんなまま誰かに伝えれば、それがどんどん広まっていくうちに真実になってしまう、という意味なのだそうだ。
2010-09-15 08:28:59宗旦は茶の湯と禅は一つであるという「茶禅同一味」を説き、一生大名に仕官せず、清貧の生活の中で禅と茶道に徹した千家中興の祖。自分で体験も検証もせず概念でものを言うな、そして人が陥りがちな付和雷同を日々戒めよ、と説く宗旦の軸は、彼自らのとった生き様により軸を普遍のものにしたと思う。
2010-09-15 08:29:20一方、先日観たクリストファー・ノーラン監督、レオナルド・ディカプリオ主演の映画「インセプション」では、「アイデアはウイルスである。それは感染するものであり、他人に植えつけることが可能なものだ。」というくだりから映画の幕があがった。
2010-09-15 08:29:43ウイルスに対して免疫が働くように、人は自分のものでない考えに当初抵抗するが、しかし一旦それをかいくぐってしまえば、ウイルスが人体組織を借りて自らを複製するのと同様アイデアは自己の中で増殖する、と饒舌に語り、映画はこの「アイデア」にリアリティをもたせるべく圧倒的な映像で疾走した。
2010-09-15 08:30:06350年前一人の人間の手によって筆で書かれ、人々の驕りに対する戒めとして大切に継承されているわずか十数文字の軸。才能あふれる多くのクリエイターが最新のテクノロジー、莫大な資金を駆使して製作された映画。手法においてまったく対照的なこの二つが350年の時を超えて同じことを語っている。
2010-09-15 08:31:46「インセプション」は瞬時に世界中に情報を伝達するインターネットがここまで発展した現在だからこそ得られた着想、受け容れられた内容であると感じ、極めて現代的な作品だと思ったが、考えてみれば掛け軸はまさに最も抽象化の進んだ情報メディアであるし、宗旦は鋭い情報論を既に展開していたのだ。
2010-09-15 08:32:27現在、これだけ多くの人間がこれだけ多くの情報を同時に触れることはなかった未曾有の時代を迎えている。私たちはこの実にも毒にもなる情報に触れるため、この時代を生きていくための心構えを学び、考え、実践し、後に続く者たちに教えていかねばならないと思う。いや、彼らのほうがよっぽど上手かな。
2010-09-15 08:35:52