第一話 第二話:エレベーター 第三話:音が、ほら。
- C_N_nyanko
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「わざわざ語って聞かせるほどの話でもないんだけどね」 君は今日もそう言って、向かいの席に座った。 大学の食堂の奥、パン屋を兼ねたこぢんまりしたカフェがある。授業がなんコマかないとき、僕と君は大概そこにいた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:35:45「ふぅん」 お決まりの相槌を打つ。気が進まないように切り出す君が、本当は僕に何か話したくて仕方がないのだとよく知っているからだ。 「それで、どんな話なの」 君は頬杖をついて、少し視線を僕からそらし、言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:41:09「夢の中で、いつも同じ男に会うんだ。どんな男かは起きると忘れてしまう。だけど夢を見ているあいだは確かに、前と同じ男だと分かる」 「同じ夢なんて、まるで猿夢みたいだ」 「猿夢?」 君は少し不思議そうに聞き返した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:44:07「独り言だよ。気にしないで」 続きを促す。君の話の腰を折る気はない。君は続けた。 「男はいつも聞くんだ。君に夢はないのかい、叶えたい願いはないのかい、って」 「へぇ。何かないの?」 「昨日までは、多分なかった」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:47:54君は自信なさげだった。 「夢だからよく覚えていない。だけど今朝方、彼に何かを頼んでしまった気がする」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:49:50「嫌な感じがするの?」 「うん、少し」 だけど、と君は続けた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:50:55「話すほどのことでもない、さっきまでそう思ってたんだ」 さっきまでね、と、君は強調する。 「今、思い出したんだ、何を頼んだか」 そういう君の目は、炯炯として不気味だった。 「実は、とある願いがあったんだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:51:14「自分にはずっと、ある悪い願いがあった。これを口に出すと軽蔑されそうだから、誰にも話したことのない願いなんだ。それを、口に出してしまったんだと思う」 それはどんな願いだったの、と聞こうとすると、君は遮った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:54:22「男はこう言ったんだ。ただし願いを叶えるにはコストが必要だ。だが君は何も持っていない。だから自給自足をしてくれって」 君の顔が歪んだ。ひどく無様なほどに。 君は、ぽつんと言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 18:56:38「昔、愛した人が死んだんだ。その人に蘇ってほしかった。それでいろんなまじないに手を出した。バカバカしいとわかっちゃいたけど、望みを捨てられなくて、それで」 僕は君を見た。君は空を見た。 「――それで、どうなの」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 19:01:35答えはなかった。 君は突然前のめりに倒れた。君の頭にコーヒーがかかる。なのに君は、うつ伏せのまま動かない。 「わぁ」 僕は内心無感動なままに叫んだ。 「大変です、誰か、誰か」 そして、君に別れを言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 19:05:22その夜、布団に入ると誰かが隣に立っていた。 「やあこんばんは」 声をかけると、そいつはひとつ頭を下げた。 「お友達への贈りものです。お渡しください」 そう言ってそいつが示した先に、一人の人が立っていた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 19:07:33「ふぅん。蘇生はうまくいったんだね」 訊くと、そいつはおもしろがるように笑った。 「あなたも試しますか?」 「担保の用意が出来でもしたら考えるさ」 そう返事して、人の方を向いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 19:09:43「やぁ君、災難だったね。ところで僕がわかる?」 その問いかけに。 『君』は、小さく頷いた。 そういう訳で、僕は今、『新しい君』といる。 ほら、丁度。 君と並んで、君の墓前で手を合わせているところ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 19:15:16今君がいないから、僕がひとりで喋ろうと思う。 このあいだ、こんなことがあったんだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:03:17話す前に、例のエレベーターの構造について少し話しておこう。 ドアはガラスがはめてあって、向こうが透けて見える。正面の壁には姿見の鏡があるから、ドアに背を向けてたっても向こうから人が来たら分かるというわけ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:04:26さて。 エレベーター乗ってる時にさ、別のフロアで乗るの待ってる人がドアの向こういることあるだろ? 上り下り逆だと乗れないから一緒にはならないんだけど。 ある日も、そんな感じで外に人が立ってた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:05:43誰かいるなーって鏡ごしに眺めてるうちに、エレベーターは次の階に向かう。そしたら、そこでも誰かが待ってるんだ。連続なんて珍しいなんて思って、ふと、僕はあることに気付いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:06:31真っ赤な服を着たそいつが、ひとつ前のフロアで待ってた人と同一人物じゃないか、って。でもそんなに早くフロア移動できるはずがない。僕は一度は考え直した。 そうしたら、また次のフロアに、おんなじ人が立ってる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:07:28もうこれは気のせいじゃない、間違いなく同じ人だってわかった。けどそんなはずはないって、理性がいうんだよ。 鏡ごしに眺めながら訳が分からない。とにかく目は、ずっと鏡からそらさなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:09:06そこは目的フロアじゃなかったから、相手を連続して見てたのは二秒ぐらいなんだけど。そして次フロア、やっぱりその人立ってるんだよ。 じわじわ一階が近づいていて、僕はそろそろ降りなきゃならなかかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:09:56だけど降りるとなれば、どうしてもそいつと会わなきゃいけない。それは嫌だったけど、どうしようもなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-16 20:13:52