日露戦争〜太平洋戦争までの日本の歴史まとめ

日露戦争〜太平洋戦争までの期間は、第一次世界大戦によるバブル→戦後バブル崩壊→関東大震災や非正規雇用の増大といった点で現代と類似点があるので、これからを生きる上で参考になると思いまとめました。
大正時代 欧米 歴史 戦前 日本 中国 明治時代 太平洋戦争 日露戦争
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津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
全然関係ないけど、最近、日露戦争ご太平洋戦争までの歴史をボチボチ勉強してる。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
幕末から日露までは大体把握したけど、日露以降はよく知らなかった。学校でもあんまやらないしなー。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
でも勉強始めてみるとあまりやらない訳もわかった気がする、フツーに難しかった。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
しかし、現代を生きる人達は、日露〜太平洋戦争までを勉強するのはいいと思う。というのは現代と当時は類似した状況がちらほらある。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
幕末〜日露というのはドラマなどにはよくなるのだけど、これは昭和の高度経済成長期に類似していると思うので、正直、あまり参考にならないと感じていた
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
一方で、日露戦争後には第一次世界大戦を背景に日本はバブルを謳歌し、その後、世界恐慌で経済が混乱し、さらに、関東大震災を受ける。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
一部訂正:日露戦争後には第一次世界大戦を背景に日本はバブルを謳歌し、その後、戦後恐慌で経済が混乱し、さらに、関東大震災を受け、さらに、世界恐慌 http://t.co/tvWTK1U1QW
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
また、当時の経済というのは、ある意味今以上に自由主義経済だったそうで、会社が出した利益は基本的に株主(資本家)に分配されるものだった。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
結果的にサラリーマンの給料は上がらない一方、物価は上昇していた。多くの人々が非正規雇用&低賃金という環境に置かれた。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
そのような背景のため一般の人の間には不満が溜まっていた。それを受け入れたのは、軍国主義と共産主義。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
当時、経済的利権獲得のために海外に進出するというのは、列強と呼ばれた国々の間では普通の考え方であったし、共産主義は非常に素晴らしいと知識人は思っていた。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
ちなみに共産主義に触れる前に、大正時代には民主主義が素晴らしいと知識人は思っていた。しかし、おそらく自由主義経済に絶望したものと思われる。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
地主や小作人、資本家と労働者という階級があった当時は、経営を国有化してみんなに利益を分配するという共産主義は、それはそれは素晴らしいものに思えたのだった
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
当時はようやく政党政治が始まったばかりであった、しかし、政権をとるために相手の政党のスキャンダルを攻撃するなどに明け暮れグダグダだった。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
そんなことをしているうちに義憤に駆られた軍人が要人暗殺やクーデターを起こす。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
当時の政府というのは帝国憲法の不備のため立場は今ほど強くなかった。"国務大臣や帝国議会、裁判所、枢密院、陸海軍などの国家機関が各々独立して"wikipedia 天皇に直属していた。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
そのため政府の代表である総理は大臣を罷免することも軍隊の作戦を管理することも出来なかった。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
当時、中国は沿岸地域を主に英仏露独米日により租借地とされ半植民地化されていた、当然、反対運動が起きて各国領事館焼き討ちなどが起こる。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
当時中国は統一されておらず、蒋介石を筆頭に各地に軍閥が割拠していたが、その後、蒋介石が北京を占領して統一。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
軍内では対外進出推進派の若手が力を持ち、政府を無視して中国にどんどん進出。満州事変
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
中国における自国の利権が脅かされる英仏、米と日本が対立。独は一次大戦で負けたので中国利権は日本に移っていた。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
米は中国でそれほど大きな利権を持っていなかった(南北戦争してて出遅れたから)ので、既に利権を持っている国には門戸開放を要求したりしていた。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
結局、日本は欧米を無視して中国侵略を進めた結果、欧米との亀裂は決定的となり国際連盟脱退。
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
その後、日本のフランス領インドシナへの進駐に対して、米が対日石油輸出停止の経済制裁発動
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder
日米は外交交渉するが決裂。米からの最後の交渉文書ハル・ノートが1941年11月26日。12月1日対米開戦決定。12月8日真珠湾攻撃
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コメント

津駄 Masaki E. Tsuda @teuder 2013年5月21日
一部訂正:日露戦争後には第一次世界大戦を背景に日本はバブルを謳歌し、その後、戦後恐慌で経済が混乱し、さらに、関東大震災を受け、さらに、世界恐慌
津駄 Masaki E. Tsuda @teuder 2013年5月22日
まとめを更新しました。
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