夜間飛行番外　わるだくみ

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 我々の指揮官が敵国に捕まった時、彼の親友は盛大な舌打ちをした。副官であるもう一人の親友は馬鹿蓮見と叫んだ。俺は、と言うと、もう一人の尉官と顔を見合わせ盛大なため息を吐いた。やっちゃったねえあの人、というところだ。大体さ、何で指揮官が殿やっちゃうのさ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 俺の言葉に全くだと千石大尉は顔を顰めた。あいつが馬鹿なのは知ってたよ、けどそこまでとは思わないだろ八千草。あんたの予想の斜め上行く馬鹿でしょう、あの大佐は。…全くだ。で、どうしますか。もう一人の尉官、新藤が穏やかに副官に尋ねる。どうするもこうするも。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 副官の鳥羽中尉は苦々しげに呟いた。上に報告して、捕虜交換でもしてもらうしかないじゃない。そう簡単にいくかね。千石大尉は冷ややかに呟く。根拠は。まず、あの馬鹿は上層部のウケが大層悪い。…ああ。それから、あの馬鹿は多分脱走を試みる。わーありそう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep いっそ大佐が敵国に情報流してたらいいんですが。なっちゃん、さりげに怖いこと言うーなっちゃんと呼ぶな。少なくとも身の安全は保障されるって？別にあの人はこの国に未練もないでしょう、俺達と同じで。促され、俺も頷く。俺と新藤は移民だ。どの国でも卑しき民、よそ者。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そうしたら今度は向こうの国に縛られるでしょうね。彼がそれを望んでいるとは思えないわ。未練がないのは己の命？そうよ、馬鹿ですもの。さすが、あの馬鹿大佐を知り尽くした副官殿だ。それゆえ、表情も硬い。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 俺としては、あの人がこの国に戻る戻らないはともかく、生きてる方がいいんですが。俺の言葉に他の３人は顔を上げた。つまり皆、同じことを考えていたのだ。…それは連れ戻すんじゃなくて逃がすということになるな。新藤は淡々と言う。じゃあ交渉じゃなくて潜入した方が早いよな。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 千石大尉が俺を見ながら言う。何を考えてるかはすぐに分かった。 一応、上に報告に行ってくるわ。嫌々と言いたげに鳥羽中尉は立ち上がった。俺も行きましょうか。お願い。上の連中はこの美しい副官をあわよくば手篭めにしてやろうと考えてる馬鹿が多い。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そうなったところで、どうせ投げ飛ばされるのがオチだろうが、俺がいれば連中の気は逸らせる。俺じゃなくていいの？千石大尉が楽しげに言う。…大尉が行ったら上の連中血祭りでしょう。そんなことないさ。いいからなっちゃんと悪巧みしといて下さい、潜入はどうせ俺の役目でしょ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そのつもりで言い出したんだろう？他にいないじゃないですか。俺の言葉に千石大尉は笑う。せいぜいお前が楽できるように色々整えておいてやるよ。頼みますよ、あの大佐どうせ自分で状況悪くしてるでしょうから。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ねえ、鳥羽姐さん。何？何で大佐の副官になったの？アミダくじ。は？渡と私、どっちか副官になってってあの馬鹿に頼まれたからその場でアミダで決めたのよ。その情景が簡単に想像できて思わず笑う。なあに？……熱い友情に感激しました。そうでしょう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 大佐が敵国で捕まったと報告したら上官は嫌そうな顔をした。厄介な、と言いたげに。捕虜交換の手続きをと言っても案の定煮え切らない。部下達からは信頼の厚い負けなしの大佐はつくづく上の連中から嫌われてる。上の言うことなど一度も聞いたことがないのだから当たり前だが。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep まあ君がどうしてもと言うなら考えないことはない、などとお決まりの台詞と共に手を握ってきた上官に副官殿は艶やかな笑みで分かりましたとだけ答えていた。上官はこちらもちらりと見ていた。この見境なし。思わず心の中で毒づく。まあ予想通りの展開ですねえ。…そうでもないわ。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 多分上の連中はとっくに知ってたわ。大佐が捕まってること？ええ。じゃ、交渉してダメだったとか？どうかしら。…まさか交渉すらしてないとか。切り捨てるつもりなんでしょう。どうしてそこまで分かるんです。根拠はないわ、勘よ。俺達を幾度も救った副官殿の勘はまず外れない。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 命懸けで部下達を逃がし、敵に屈することなく名誉の戦死、とかいう筋書ですか。何とも陳腐で、安っぽいことだ。軍神がまた一人できるわね。うわ、崇めたくねえ。同感だわ。けれど、下手なことをされる前に死んでもらえたら、というのが上層部の意向なのだとしたら。頭が痛くなる。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 新藤はいつも眠そうな顔をしている。煙草を銜え、煩わしげに地図を広げてしばらく眺めていた。うちで一番無口なのはこいつだと思う。くれはも口数が少ないが今は立場上あれこれ喋ることが多い。佐官ともなればこの辺りにある司令部で身柄を拘束されて尋問されるかと思うんですが。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep が？大佐が大人しくしてるとは考えられないですね。元諜報部は肩を竦める。けれどあの段階で大佐は怪我をされていました。脱走が成功するとは思えない。言うねえ。もっとも、俺も同意見なのだが。それでも脱走を繰り返すな。捕まってるってこと自体が我慢出来ないだろう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep ならば何故あの状況で殿など務めるのだ、と殴ってやりたい。あの敗走はお前のせいではないだろうにと。何度も脱走を繰り返す馬鹿を閉じ込めとくのに適してるとこはあるのか。補給ルートの近くの峡谷近くにある城塞を指差される。随分外れだな。その分忍び込みやすいでしょう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep なるほど。他にないのか。地下牢があるのはここと、首都にある収容所です。地下牢ときたか。笑うと、新藤は淡々と告げる。何度も逃げ出すなら地価に閉じ込めておくしかないでしょう。それに首都は駄目です、人が多い。逃げ出したらすぐに紛れ込まれてしまう。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep お前が敵じゃなくて良かったよ。俺の言葉に新藤はうっすら笑みを浮かべる。ただいまー駄目だったーあ、なっちゃんまた眠いの？なっちゃんと呼ぶな。八千草に圧し掛かられ、新藤は不快そうに呟く。投げ飛ばしてこなかった？恋人に問うと八千草の方がお気に召したようよと笑う。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 姐さんの手を握った上で俺に視線送ってたんですよ。八千草の耳打ちに苦笑する。見境ないな。本当、大尉といい勝負で。そうかお前も帰ってこなくていいぞ。嘘ですごめんなさいちゃんと帰らせて下さい。くれはちゃん、こことここ、どっちにあの馬鹿いる？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 恋人は少し目を細め、ここ、と城塞の方を指差した。決まりだな、行ってこい八千草。待って、行くとは言いましたがえらい簡単に言いますね？どうやって忍び込めってんです。はい、辞令書。…なっちゃん書いたの？ああ、適当に奪い返して燃やしといてくれ。わあ達筆…いや、服は？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep 八千草の問いに、新藤は足元の紙袋を指差す。……なっちゃんさあ。なっちゃんと呼ぶな。諜報部にいた頃どんだけ働いてたの。結果がこれだ。目元の傷跡を指でなぞられ、ああ、と俺達は唸る。顔に傷のついた奴など、潜入が出来ないとお払い箱にされたところを大佐に拾われたからな。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep これでも恩は感じているんだ。淡々と新藤は言う。…本人に言ったことある？八千草の問いに対し、首は横に振られた。いいよ、あいつすぐ調子に乗るし。俺の言葉に酷い言い草ですねえと八千草は苦笑する。持ってけ、ついさっき調合し終わったから。小さい瓶を渡すと呆れ顔をされた。

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep …あんたらほんと、悪巧みってなると仕事早いですね。これって消毒薬？どうせろくな治療されてないだろうからな。思い切り沁みるやつにしてやった。わあ、親友思いだなーあとこっちは、睡眠薬。錠剤を二つ渡してやると八千草の銀色の瞳が煌いた。寝るだけですか？

ゆき。 @Yukilinus

@sasa_sep そりゃあ効き目次第だよ。了解。あ、大佐に伝言あります？ない。新藤があっさり言う。捕まるような間抜けは帰ってくるな。俺の言葉に八千草は笑う。間抜けはくたばれ。くれははもっと容赦ない。伝えます。