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イベント「電子書籍時代の同人誌」への批評家・佐々木敦さんの感想等

2010年9月12日に阿佐ヶ谷ロフトAで行われたイベントに関する感想等です。
ミニコミ 同人誌 電子書籍
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佐々木敦 @sasakiatsushi
阿佐ヶ谷ロフトのイベントですが、遅ればせながら感想を。まず最初に、あれって「電子書籍」と「ミニコミ」という二つの要素があって、本来は両者がクロスするテーマということであるべき筈が、おそらく集客への配慮と企画としての野心?によって、そこが曖昧になってしまった、ということがあるかと。
佐々木敦 @sasakiatsushi
「電子書籍時代にミニコミはどう変わるか/どうあるべきか?」みたいな話題に絞り込むとピンポイント過ぎるので、「電子書籍」と「ミニコミ」それぞれに固有のネタも振っときたい、という感じは、明らかに人選にも現れていたと思う。その結果、登壇者が増え、各々の発言が薄まる結果になってしまった。
佐々木敦 @sasakiatsushi
「電子書籍」と「ミニコミ」は、別々で十二分に成り立つテーマであるわけだから、時間的なヴォリュームを考えれば、内容を重視するなら無理にでもそこをリンクし、ヴァラエティを重視するならもっと総花的なノリで押し切るしかなかったのではないかと。それが結果としてどっちつかずに見えてしまった。
佐々木敦 @sasakiatsushi
いや、あのままでもいけたのかもしれないけど、問題は登壇者自身が、自分の役割をはかりきれぬままあの場に居ることで困ったり苛立ったりしてるのが客席にも伝わってきてしまったということだ。だから第二部で西田亮介さんが後半なんとか「電書」に話を戻そうとしてたのはよかった(なんなかったけど)
佐々木敦 @sasakiatsushi
でもまあ、テーマの風呂敷をむやみに広げて、なんでオレらはここに呼ばれてるんだよ笑?的な疑問を隠さない登壇者もキャスティングした結果として、あれだけの盛況になったことは疑いないので、企画者的にはよかったといえばよかったのかもしれない。実際、客席にもそうそうたる顔ぶれが居たようだし。
佐々木敦 @sasakiatsushi
個別の話に入って、まず第一部「電書」についてですが、あのイベントに限らず、いみじくも仲俣君がそんなようなことを言ってたように、僕にも現段階では、というかいつものごとく、まだぜんぜん「電子書籍」がブームなんではなくて、「電子書籍について云々する」のがブームなんだよな、と思いました。
佐々木敦 @sasakiatsushi
つまり「電子書籍」を特集した紙の雑誌が多少売れたり、「電子書籍」を論じた「紙の本」が売れたりする、ということでしか、今のところはない。いつの時代も、どんなとこにも、中身よりも状況や制度にばかり興味がある人たちはいて、そこに利得の問題も絡んでくれば、そりゃ盛り上がるよね、と思う。
佐々木敦 @sasakiatsushi
前にも書いたけど、僕自身は、「電子書籍」が出版なり何なりの何をどう変えるのであろうか、という推測よりも、電子書籍では何がやれるようになるのか、そして自分は何をやろうかな、ということの方に一足飛びに考えが向かってしまう。もちろんその為にインフラやシステムにかんする知識は必須だが。
佐々木敦 @sasakiatsushi
まあだから第一部はそういう勉強が出来ればいいなというつもりで聞いていたわけです。でも、そういう意味ではあんまり参考にはならなかった。壇上の散発的な発言を聞いてて考えたのは、「電子書籍」は「紙の書籍」の「ポスト」なのか、それとも「オルタナティヴ」なのか、という捉え方の違いの問題だ。
佐々木敦 @sasakiatsushi
「電子書籍」の台頭が、現在の出版不況と呼ばれる状況に対する、脅威になるのか、処方箋になるのか、という違い。もちろん実際にはどっちもなわけだけど、どちらにウェイトを置いているかというのは、置かれた立場によって微妙に異なってくる。
佐々木敦 @sasakiatsushi
僕は「電子書籍」は「紙の書籍」のストレートな代替物にも後裔にもならないと思う。現実には、ジャーナリズム/ハウトゥ/ビジネス/娯楽/カルチャーといったあたりと、とりわけ「情報」と「ヴィジュアル」に特化した雑誌メディアの要素は、今後はすごい勢いで「電書」に乗り換えられていくだろうが。
佐々木敦 @sasakiatsushi
だがそれでも、携帯するという点だけを取っても、文庫本や新書サイズのほうがKindleやiPhoneやiPadよりも使いやすいと感じる人や場合は残るだろう。また、「敢て紙書」ということの意義が、「本」へのフェティッシュも含めいろんな面で逆接的に浮かび上がってくることも間違いない。
佐々木敦 @sasakiatsushi
これは音楽のことで考えればわかりやすい。CDが売れなくなってきてから、まずアナログ盤が復活してきた。今ではアナログオンリーで作品を出してる人が結構居る。そして更なる段階として、驚いたことにカセットテープが復活している。カセットにデジタルダウンロードのURLが付いた新譜もある。
佐々木敦 @sasakiatsushi
デジタルが或る閾値を超えると、相補的にアナログの価値も回帰してくる。デジタルの便利さや良さは享受すればいいのだから、たとえばひとりのミュージシャンが、CDとダウンロードとLPとカセットで、それぞれ別のアルバムを発表する、ということがありになっている。「書籍」もそうなるのだと思う。
佐々木敦 @sasakiatsushi
けれども現在は、やっぱり「電書」は「紙書」に代わるもの、と捉えられてるように思える。それをネガティヴに受け取るかポジティヴに受け取るか、という違いはあるが。でも単純に考えて「紙書」で買うことも読むこともなかったひとが「電書」なら買う/読むって可能性への期待はどうして生じ得るの?
佐々木敦 @sasakiatsushi
そもそも日本の出版は、再販制度と取次/流通システムによって、異常なまでに過多な出版が為されてきた結果、一定の多様性が維持される反面、安易な商業主義とクオリティの軽視がまかり通ってきた。だから「電書」云々以前に、出版不況/雑誌不況は僕は不可避だし、歓迎すべきことだとさえ思っている。
佐々木敦 @sasakiatsushi
だからむしろ警戒しなくてはならないのは、これまで「紙書の時代」のホントは望ましくない部分をあれこれ利用していた者たちが、既得権益を維持するべく、これからの「電書の時代」にも先んじて手を打ってくる、ということだろう。そしてそれはとっくに始まっている。
佐々木敦 @sasakiatsushi
で、話が逸れたけど、第一部で言うと、清野雄太さんが「出版不況」と「電子書籍」を繋いで、これからの「新しい編集者像」を模索すべきなんじゃないか的な問いかけをしてたのが、ほぼ完全に不発に終わってしまったのは残念だったと思う。それはほんとうにそうなのだ。今こそ「新しい編集者」が必要だ。
佐々木敦 @sasakiatsushi
米光一成さんと小林央さんの電書部のプレゼンも、もすこしその理念と目標とかを聞きたかった。ただ僕が思ったのは、電書フリマという試みは、おそらくコンテンツという面だけを取れば、第二部でちょこっと西田亮介も言ってたように、別にメーリスとかsnsでもいいような気がする。
佐々木敦 @sasakiatsushi
だからむしろ「電書フリマ」のポイントは、ネット経由で受け取るにもかかわらず、わざわざ機会限定の対面式の販売方式を採用したということなんだろう。それはすごいオモシロいし、僕もやってみたいなと思ったりもするけれど、「電書」という問題系からすると、やっぱりトリッキーな感じはする。
佐々木敦 @sasakiatsushi
かつての「本屋まで行かないと買えない」が、ネットによって「どこでもいつでも買える」になってきた結果、逆に「この時間この場所に行かないと買えない」が良くなってきた、というのは、CDは売れないけどライヴは人が来る(ってのも最近はあやしくなってきたわけだが)というのと似た現象だと思う。
佐々木敦 @sasakiatsushi
ともあれ第一部の話に戻ると、dhmoがステージフライトのあまり自爆し続けるようになってから笑、ワケがわからなくなってしまった感は否めない。でもねえ皆さん、あの子はあんなことばっかじゃないんですよ。アラザル3と4を見てもらえれば彼の企画力と視点のユニークさはおわかりいただけるかと。
佐々木敦 @sasakiatsushi
でもまあdhmoは重々反省するように。
佐々木敦 @sasakiatsushi
阪根くんの司会についてだけど、あの状況を仕切るのは誰にとっても大変だったと思う。彼の立場からすると登壇者が上下左右バラバラなので、基本どういう態度で臨んだらいいのか悩んでる感も伺えた。その上で僕的に老婆心アドバイス?をするならば、第一に、もっと頻繁にツッコムべきだったと思います。
佐々木敦 @sasakiatsushi
話の腰をどんどん折ってもいいから介入してゆくべきだった。第二に、司会という役割に徹さなくてはみたいな気持ちは外して、積極的に阪根くん自身の意見も喋っちゃったほうがもっと面白くなった筈だ。司会だから目立ってはいけない、というのは間違い。司会は目立つくらいが丁度いい。遠慮しちゃダメ。
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