モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring VII~
- IngaSakimori
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「どういう……ことなんだろうな」 二輪販売店『ハング・オフ・モータース』は、志智(しち)の自宅から歩いていける距離にある。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:13:41それでも━━月曜の黄昏時に。 もうすぐ千歳が腕によりをかけた夕食ができあがるだろうという時間に、志智がVT250スパーダにまたがってその場所を訪ねたのは、亞璃須(ありす)の放った言葉が胸を騒がせてならないからだった。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:14:17「祇園田(ぎおんだ)おじさん」 「よう、シー坊か」 ちょうど作業の合間だったのか。それとも閑古鳥が鳴いているのか。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:14:33大人の商売事情というものは、志智に測りかねるところだったが━━ どちらにしても店主の祇園田宗義(ぎおんだ むねよし)はチェア代わりに仕立てた、フレームとシートだけのモンキーへ腰掛けて、のんびりしているようだった。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:15:37「なんだ、俺の言いつけを守って、さっそくオイル交換か? いい心がけだな。よーし、今月は余ってる試供品もないからな。 俺の奢りでG3をいれてやろう」 「いや、オイル交換はいいんだけどさ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:16:04「だったらプラグか? あー、言ってなかったけどな。そのスパーダはイリジウム入れてあるから、数万キロは楽勝で保つぞ」 「プラグ交換でもないんだ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:16:31イリジウムとはなんだろう。そんな携帯電話の名前を聞いたことが気がする。 頭の隅でそんなことを思いつつ、志智は祇園田(ぎおんだ)に訊ねる。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:16:48「教えてほしいことがあるんだ。2stのバイクって……速いのかい?」 「そりゃあ速いさ」 祇園田は即答する。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:18:07「なんせ2stだからな……まー、そりゃあよ。バイクなんてのは基本的に腕だ。 けどまあ、どうにも2stだとな。うん、まあ2stってのはな。速いんだよ。おお」 「……何となくそういうものだっていうことはわかるんだけど、詳しく知りたいんだ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:18:30「なんだ、2stに乗りたいとかそういう話か? やめとけやめとけ。バイク便にも使うんだろう。向いてないどころの騒ぎじゃないぜ」 「バイトの話じゃなくてさ……。 亞璃━━知り合いが言うんだよ。同じ排気量だったら、4stは絶対2stに勝てないってさ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:19:00「ほー。それで?」 「それって、本当に絶対なのか、ってさ。 俺にはよくわからなくて」 「勝つだの負けるだの言うってのは……ま、スピードのことだよな。 最高速━━それだけか?」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:20:04「いや、もっと総合的な意味での速さっていうのかな。 たとえば、結構長い距離で追いかけっこしたりとかさ……」 「まあ……正しいな」 祇園田(ぎおんだ)は時間のかかる話になる、とでも言うようにコーヒーを志智へ差し出した。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:21:02「今は便利な時代だ……2stと4stの構造の違いは……ま、パソコンで検索でもすればいい。 問題は実際に乗って、走って、どうかってところだよな。お前が知りたいのはよ」 「うん」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:21:23「2stは━━速い。なんで速いかってな。パワーがあるんだ。 で、どうしてパワーがあるかってな。4stの2倍ガソリンを燃やすのさ。だからパワーも出る。これが本質的なところだ。 そして、4stにはどうあがいても追いつけないところだな」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:21:58「なんせ向こうは2倍ガソリンを燃やすわけだ。そりゃ小手先の話じゃ、どうにもならない。 しかも、2倍ガソリンが燃えるわりに、構造が単純だからエンジンが軽いのさ……軽いバイクってのは、何をするにも有利なんだ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:22:22「そりゃあ、エンジンの排気量が同じだったら、4stにゃあ勝ち目がないよな……」 「そっか……」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:22:46「シー坊が生まれるよりずっと前……フレディー・スペンサーってライダーがいてな」 祇園田が指さした店内の一角には、B2サイズのポスターがある。 ゼッケン34。ラッキーストライクのロゴをあしらわれたスズキ・RGV-Γ500。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:23:36「あのライダー……シュワンツよりちょっと前だ。 まあ、ちょっとと言っても10年近いけどな。お前にとっちゃ、90年代前半も80年代も似たようなもんだろ」 「まあ、そうだけど」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:24:02「ああいう時代。ああいう丸っこいアナログな時代。 今ほど尖った感じのデザインじゃない時代さ……日本でもバイクのレースが大人気だった時代だ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:24:20「ホンダがな。4stのマシンで2stに喧嘩を売ったことがある。それも最高峰のレースでな。 で、それに乗っていたのはやがて世界チャンピオンになる男だった。それがフレディー・スペンサーだ」 「へぇ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:24:43「……『ファスト・フレディー』の名前を聞いて、「へぇ」だもんなあ……俺が年をとるわけだよな」 志智の何気ないつぶやきは、予想外のダメージを祇園田に与えたらしい。 なんとなくばつの悪い思いで、志智はやや酸味の強いコーヒーを口へ運びつつ、次の言葉を待つ。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:25:29「まあ、とにかくだ。 結果から言うと、そんな男が乗っても4st……つまりホンダのNR500は、ヤマハやスズキの2stに勝てなかったんだ。 最高峰レースで、ホンダが必死こいてそれだ」 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:25:55「そっか。やっぱり……どうにもならない、のかな」 志智の瞳はあくまで平静を装っている。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:26:11しかしそれはあくまでも装いだ。 薄皮一枚はがしてみれば、そこにあるのは大きな落胆である。 #mor_cy_dar
2013-05-23 12:27:22