西村京太郎氏の1978~83年/巨匠の知られざる転換期 by 小林史佳氏

 優しさと哀しみに満ちた社会派作品『四つの終止符』『天使の傷痕』によって世に出、新本格ミステリの先取りとしか思えない奇想の傑作『殺しの双曲線』『七人の証人』、さらには洒脱きわまりないパスティーシュ《名探偵》シリーズなどで、今も後進にリスペクトを受け続ける西村京太郎氏。  そんな氏の転換点が1978年の『寝台特急殺人事件』にあることは誰も知ることですが、それまでのマニアックでテクニカルな作風から、百万大衆を相手にするトラベル・ミステリー作家への変身は一気になされたものなのか。  この点にほぼ初めてと言っていい疑問を突きつけたのが、小林史佳さん @miu_pal です。これまで一塊のものとしてとらえられがちだった『寝台特急』以後の最初の数年間を、それ以降現在に至るまでの作風に転換する稀有な準備・実験期間としてとらえた論考をぜひごらんください。
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小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

そうした試みに次いで『寝台特急あかつき殺人事件』が登場するわけなんだけど、その前に、前年の82年に出されたトラベルミステリーの最初の短編集『蜜月列車殺人事件』に目を向けて見ると、このあたりの変化が、より分かりやすくなると思うんだ。

2013-05-27 00:28:26
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

『蜜月列車殺人事件』には「再婚旅行殺人事件」「あずさ3号殺人事件」「ゆうづる5号殺人事件」「新婚旅行殺人事件」の4本の短編が収められているんだけど、「再婚旅行」「ゆうづる5号」の2本は凡作でしかなく、読まれるべきは「あずさ3号殺人事件」と「新婚旅行殺人事件」の2本のみ。

2013-05-27 00:33:47
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

先に『四国連絡特急』を堂々たる本格と言ったけど、短編「あずさ3号殺人事件」もまた、堂々たる本格の傑作だった。短編らしいワンアイデアのみが光る作品なんだけど、アリバイ崩しもので、そんな方法もあったのか!と、読んであっと思わされる意外な方法で犯行ルートを作る驚きの発想の作品だった。

2013-05-27 00:44:25
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

そして、これが重要なんだけど、そのアリバイトリックに特殊な鉄道豆知識を一切用いていないというのがポイントなのね。理化学トリックや病理学的に解釈した人間の行動パターンを利用したトリックなど、特殊な知識を前提にしたトリックを用いた推理小説は、かつて盛大に書かれていたものの

2013-05-27 00:47:24
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

現代では、そうしたトリックはアンフェアであるとして、読者のほとんどが共有しない知識を前提にする推理小説は本格として評価されないという認識が作られてしまってる。もちろん、それをあえて逆手に取って、という作品もあるんだけど、伴道全教授への非難もそうした認識を前提にしたものなんだよね。

2013-05-27 00:52:28
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

『四国連絡特急殺人事件』「あずさ3号殺人事件」のトリックは特殊な鉄道知識に依存していない。だから、これらの作品を躊躇無く本格と呼べるように感じる。それでは、「新婚旅行殺人事件」はどうなのか?

2013-05-27 01:05:38
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

「新婚旅行殺人事件」のトリックは、読者が絶対に知りえない特殊な鉄道知識を土台にしているもので、だから、この作品が本格かどうかと問われたら、どう答えてよいものか、私はいささか迷いを感じてしまうと思う。だけど、「新婚旅行」は「あずさ3号」以上に素晴らしい作品だと、私は感じたんだよね。

2013-05-27 01:08:41
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

確かに「新婚旅行」は鉄道豆知識を土台にしたトリックを用いてる。だけど、トリックが解けた瞬間に、犯人の立てた犯行計画が、推理小説的としか言えないファンタジー溢れるイメージとして、ばっと浮かび上がってくるんだ。加えて、その方法でしか犯行を為しえなかったということが小説内で説明される。

2013-05-27 01:19:13
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

「新婚旅行」の犯人は、爆殺というとんでもない手段で殺人を犯すんだけど、なぜ爆殺でなければならなかったか。それから、一番感心したのは、20時着の列車なのに、なぜ16時という中途半端な時間に時限爆弾のタイマーをセットしたのかという謎、つまり終点間際の時間帯にセットしておけば

2013-05-27 01:21:47
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

乗客のほとんどは自分の席に座っているので、確実に狙った相手を殺すことが出来る。だけど、16時という時間では、殺害対象が席を立っている場合もありうるわけで、実際に殺害対象の二人のうち一人は、その時、食堂車に行っていて難を逃れているんだけど、このホワイダニットもトリックの解明とともに

2013-05-27 01:24:12
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

きちんと、その理由が説明される。16時でしかありえなかった理由というものが、トリックから逆算して導かれるんだ。奔放なイメージが必然のもとに配されるというのは、推理小説の詩美性の典型的なあり方のひとつではないかと思うんだけど、「新婚旅行殺人事件」には、それを強く感じたんだ。

2013-05-27 01:39:58
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

『寝台特急あかつき殺人事件』には、この「新婚旅行殺人事件」に至る試みが前提になっているように感じた。つまり、今までのように、プロットを大きく捻らずとも、ネタを大量投入しなくとも、ワンアイデアで、小粒のネタで、鉄道豆知識に依存したトリックで、それでも面白い推理小説は書けるのか。

2013-05-27 01:43:07
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

『寝台特急あかつき殺人事件』は、ほぼワンアイデア、それも鉄道豆知識に依存したトリックなんだけど(有名な路線らしく、鉄道マニアならすぐ分かるとも評されてる)、だけど、それでも推理小説としての感動を私はしっかりと感じたんだよね。この異常なイメージは推理小説でしか味わいえないものだと。

2013-05-27 01:50:43
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

これがおそらく、先日言った「作家がもう一手得た新しい手」であって、この年(83年)から始まる、ほぼ月刊ペースのトラベルミステリー量産体制を可能にしたもののひとつなのではないかとも思うんだけど、さてこの『寝台特急あかつき殺人事件』、作者も気に入ってるって証言があるんだよね。

2013-05-27 01:59:56
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

光文社文庫版『高原列車殺人事件』の新保博久による解説で、「女性セブン」85年10月24日号の読書欄に掲載された、西村京太郎自選のトラベルミステリーベスト10が紹介されているんだけど、その中に『寝台特急あかつき殺人事件』が入ってる

2013-05-27 02:04:40
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

他は『寝台特急殺人事件』『終着駅殺人事件』『ミステリー列車が消えた』『寝台特急「北陸」殺人事件』『特急「白鳥」十四時間』『蜜月列車殺人事件』『東 北新幹線殺人事件』『雷鳥九号殺人事件』『超特急「つばめ号」殺人事件』で、この時期までトラベルミステリーは35、6作出てたはずだから

2013-05-27 02:07:51
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

その35.6作のうちのベスト10ということになるんだけど、その中に入ってる。『夜行列車殺人事件』や『北帰行殺人事件』『日本一周「旅号」殺人事件』という「濃い」試みがなされた作品を落として、あっさり味の『あかつき』が入ってるんだよね。

2013-05-27 02:10:03
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

『夜行列車』や『北帰行』が入らない理由もなんとなく分かるんだけど、つまり、試みのすべてが成功しているわけではないので。でも、それらと比べると格段 にネタの薄い『あかつき』が入っているということに、作家がこの作品を書くことで得たものの大きさを、読者としても感じてしまうのですね。

2013-05-27 02:21:13
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

おまけ。『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の伴道全教授の鉄道トリック。あれ、そっくりそのまま使った作品が西村京太郎にもあるんだよね。短編で。読んだとき、ああ、あれか!と思った。ただ、西村も、さすがにこれは謎解きの対象には出来ないと思ったか、倒叙ものにして最初にトリックを明かしてる。

2013-05-27 02:34:50
小林史佳/みうぱる🌼🐟☀️ @miu_pal

それで、犯人の犯行が露見するまでを描くという趣向の作品だね。出来はまあ、取り立てて何か言うほどの作品ではないんだけど、その短編集の表題作はクイーン風のロジックが一箇所強烈に光る作品で読み応えがあるので、そっちはお薦め。

2013-05-27 02:37:47