【いのちの水】 福間健二 2facotory34

福間健二 @acasaazul

詩にも、シナリオにも、自信がなくなった。いい人たちがひどい目にあう悲しい映画をヴィデオで見て、ウイスキーを飲み、魚肉ソーセージを焼いて醤油をちょっとたらして食べた。三十歳。テーマがない。何も組み立てられない。アジアの音階の、快感。洟をかんだ。（いのちの水１）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

朝、乱暴に起こされ、普通に働きに行く。普通にというのは、向いてない仕事ばかりやる羽目になって、昼食はカレーライスの大盛り。これも前に書いたことだが、すごく普通のカレー。つまり、あまり辛くない。あの味も遠い思い出。いまはだれも起こしてくれない。（いのちの水２）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

あの子、かわいそうなのよ。まあ。ごはん、ちゃんと食べさせてもらってないみたい。そうなんですか。声だけの魔女が引っ越してきたばかりの人魚姫と話している。どの国の、どの王子のことか。美しい声を犠牲にしても渡れない川が流れていて、錯乱の鈴が鳴る。（いのちの水３）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

高崎の「三富士」でラーメンとミニカツ丼のセット。生きかえる。でも、そんな未来にたどりつくまで、あと何回、渡れない川の前に立ちつくして、水の精たちに不人情を責められるのか。スピリッツ。強いきみたちのなかに吹き込まれた「息」に、ここでため息。（いのちの水４）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

ゲイジュツは退屈だ。でも、いいと思うものも。それが一頁ずつ消えていき、そのたびに増える空き壜チームとの勝負。「誘惑する隣のおねえさん」になった人魚姫が早退して帰ってくる。勝てるはずもなくて、明るいうちからウイスキー。ピスタチオ、あったっけ？（いのちの水５）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

わたしがオニババをやっつけるお芝居、見に来てくれる？ たぶんひと眠りしてヘミングウェイの妹になった人魚姫がヘミングウェイに電話している。ハードボイルド。戦争に行く。「病める魂」になって帰ってくる。飲むしかない。あら、それじゃ愛してないんだわ。（いのちの水６）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

ハムエッグつくって、マーガリンを塗った食パンと野菜ジュースの、遅い朝食。天気予報のおねえさんも見て、今も昔も生きかえるのは簡単だ。散歩に出る。道端の小さな花たちにホッとする。これもあった。あれもある。がっかりするな。五月、緑が濃すぎるだけ。（いのちの水７）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

キャベツの塩漬けをつまみに、今夜はジンを飲む。どちらも魔女からの贈り物。ジンセイは、苦難の連続。ひとつが「なんとか終わったと思うともうつぎだ」と呟いて、この三十代前半、希望も目的もなくした愚か者は、本当の落とし穴に気づかない。胃が丈夫すぎる。（いのちの水８）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

書けなかったシナリオ。最後に人魚姫が父とその愛人を殺す。監督は、それを幻想シーンにすると言った。小さな秘密をかくして、表面上は何も起こらなくて快感もないアジアがつづく。それじゃブンガクじゃないですか。だから書けなくなったというわけではないが。（いのちの水９）＃2factory34

福間健二 @acasaazul

鈴が鳴り、木が揺れて、魔女がささやく。弱虫王子が穴に落ち、愚か者が川で溺れる。でも、いのちの水。もう一杯。威勢よく、ぐっと。だれの書かなかった作品の中だろう。愉快な人と飲んでいる。福間くん、自分が読みたいものを書けばまちがいないんだよ。（いのちの水10）＃2factory34