第三十一話:珈琲 第三十二話:くだん 第三十三話:箸
- C_N_nyanko
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「ちょっとした頼みがあるんだ」 そう言って、君は僕を喫茶店に呼んだ。洒落た店のムードに、僕はつかの間呑まれる。大人な君に張り合うようにして頼んだブラックコーヒーは、心底苦い。 「それで、頼みって?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:27:30君は一枚の写真を取り出してみせた。 「この女性が、この喫茶店にやってくるはずなんだ。そのときの様子を、教えて欲しい」 「なんでそんなことを。僕は探偵でもなんでもないのに」 「頼むよ、お前が頼りなんだ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:27:46君にそう言われては仕方ない。 「で、誰なんだこの女性は」 訊くと、君はため息をついた。 「悪い、今は言えない」 「じゃあいつか話せるの?」 「ああ、この一件が済んだら話せる」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:28:09どうにも妙な話だったが、僕は君の依頼を引き受けた。 それから数日この喫茶店に通っている。 写真の女はなかなか現れず、あった変化といえば、この店のココアが抜群に美味しいということに気がついたことぐらいだ。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:28:29一体いつになったら現れるんだと半ば諦めを抱きかけた頃、ようやく女は現れた。 女は以前に僕が頼んだのと同じ真っ黒の珈琲を注文して、テーブル越しに僕の前に座った。 「あの人の代理ね?」 女は僕を見ずに訊いた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:28:42「よく見て」 女は、珈琲に手をかざした。 途端、ぐにゅりと珈琲が変形する。驚く僕の目の前で、珈琲はスライム状になりにゅぅとマグから伸び上がった。 その先端が僕の方を向く。ぼこり、と、水泡が上がった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:29:14『橋の上』 水の底から響くような声がする。 『カラス』 『隣町』 珈琲はそう告げ終えると形を失って、ばしゃりとテーブルにこぼれた。 「今ので彼へのお告げは終わり」 女は呆気にとられた僕に向かって笑いかけた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:29:43「どうせあの男、私に会う気なんてないでしょう。お告げを聞いたらあなたの前からも雲隠れするわよ。じゃあ、珈琲の代金よろしくね」 女はそう言って、店を出ようとする。 「あの」 僕は彼女を引き止めた。そして、訊く。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:30:58「君は一体、何者?」 その問いかけに。 『君』は、妖しく微笑んだ。 そういう訳で、僕は今、『新しい君』といる。 明日にでも、君の予言を君に伝えるよ。 雲隠れされる前に、種明かしも願いたいしね。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-26 22:31:38「それにしても最近の客はみみっちいわね。昔ならもっと儲かったわよこの職」 君は僕の前に座ってケーキをぱくぱく食べている。 「もう5個目だよ?」 「何個食べようがあたしの勝手よ」 「お金払うのは僕だろ……」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 14:59:33君はぶすりといちごにナイフを突き立てる。 「あたしみたいな美人とテーブルを囲めてるだけ幸せと思いなさい」 君はニヤリと笑った。どうにも不得手なタイプだ。 僕は本題に切りこんだ。 「それで、君は予言者なのか」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 14:59:48「ええ。よく当てるわ。だけどたまにワザと外すの。百発百中なんて恐ろしいじゃない」 「それもそうだ」 同意すると、君はまたニヤリと笑った。 「ねぇ、どうして当てられるのか知りたい?」 僕は返事をしなかった。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:00:41君はひょいと僕の手を取って、自分の頭に当てた。 「よく触ってご覧、角があるでしょ?」 言われて、指でたどる。ゴツゴツした異質な指触りがした。 「あたしはくだんなのよ」 君は誇らしげに言った。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:00:51「くだん?」 「予言の天才よ」 「すごいね」 言ったものの、ぼくはくだんを知らないから実感はわかなかった。 「例えば、ウエイトレスは十秒後に転倒。二十秒後に新しく客が来る。一分後に後ろの席の男は張り手される」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:02:43「本当に?」 僕は店内を眺めた。 こちらへウエイトレスが歩いてくる。しかし、濡れたタイルの上でバランスを取れずに派手に転倒し、パフェを倒す。 ちょっとした騒ぎの中、新しい客がベルを鳴らして来店した。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:05:21「ほらね?」 君が微笑んだ背後で、男が女に殴られた。 「大したもんだよ」 僕は手を叩いた。あれこれ理由付けを考えるほど野暮じゃないし、偶然の一致にしては出来すぎだ。 けれどね、と、彼女は目を伏せる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:06:24「長くは生きられないのよ。だからもし私が散る時は、あんた、看取ってくれる?」 「縁起でもないこと言うんだね」 「わかってるんだもの、仕方ないでしょう」 そう言って君はひとつ欠伸をして、テーブルの腕に頭を乗せた。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:06:51「まさか今がその時だなんて言わないよね」 不安になって訊ねると、君は少し笑う。 「まさか。少し眠るだけよ」 長い睫毛をゆっくりおろして、君は本当に眠ってしまった。 やれやれ、どうしたものだろう。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:07:03寝顔を眺めるのも嫌じゃないんだが、と考えていると、突然君のケーキが二つに割れた。ぐにぐにと牛と人の形に変わる。 「はじめまして」 牛の手綱を引きながら、人のほうが頭を下げた。釣られて僕もおずおずと頭を下げる。 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:08:01「一体何者なんだ、お前たち」 「私たちは彼女のくだんの素です」 「もと?」 「彼女の告の力といったところでしょうか。眠っている間と予言の間、彼女の中から飛び出すんです。あなた先程私に触ったでしょう?」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:08:10訊かれて、少し考える。 「ああ、あの頭の角のことか」 「ええ、それです」 「なるほど、それで僕に何か用かな」 「実はお願いがあるんです」 またお願いときた。 「簡潔に、僕に叶えられる範囲で頼むよ」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:08:23言うと、人型はちょいと頭を下げて感謝の意を示す。 「実は彼女から出ていきたいんです」 思わぬ願いだった。 「お前たち、酷い目に遭いでもしたのか」 「いいえ。彼女が心根の良い人だから、死なれては寂しいのです」 http://t.co/Yoa5FrowrV #角川小説
2013-05-27 15:09:00